第44回日本呼吸器学会九州地方会教育セミナー抄録

慢性呼吸不全の治療と EBM

司会:国立療養所福岡東病院 相沢久道
   長崎大学第二内科   下田照文


 臨床医学は、従来の経験的なものだけでなく科学的根拠に基づいて行うことが推奨される(EBM;Evidence based Medicine)。これまで、慢性呼吸不全の多くは、さまざまな呼吸器疾患の非可逆的な終末像として捉えられ、それに対する対症的な治療と考えられる傾向があったことは否めない。近年、様々な臨床研究の結果、これまで非可逆的と考えられていた機能異常のいくつかはある程度の可逆性を示すことや、他の代償的機転によって機能的な改善が望めることが明らかになってきた。その反面、これまで経験的に行われてきた治療法のいくつかは無効であることも分かってきた。その結果、科学的根拠のある治療を客観的な指標を参考にしながら行うことにより、患者のQOL の向上や生命予後の延長も可能となってきた。
 そこで、本セミナーでは、慢性呼吸不全治療の現状について、 5 人の演者に酸素療法・人工換気・循環管理・感染対策・リハビリテーションなどの各治療法を、その科学的根拠に基づいて具体的に何を指標にしてどう評価しながら治療を進めていくのかにということを発表していただく。その上で、実際的な治療はどういう戦略の上に組み立てられるべきかについて考えたい。

1.酸素療法

沖縄県立南部病院呼吸器科 喜屋武幸男

 慢性呼吸不全における酸素療法の意義について、次のように整理して論じたい。

(1)生存期間に対する効果

  • 長期的効果はあるのか。
  • 疾患別、重症度別、性別などによる差はあるのか。

(2)酸素吸入による生存期間延長の背景

  • 呼吸生理学的機能、肺循環動態、QOL などに対する改善効果はあるのか。

(3)適切な酸素吸入時間および吸入量の設定

  • 持続的酸素吸入、労作時酸素吸入、睡眠時酸素吸入などをどのように使い分ければよいのか。
  • 酸素吸入量はどのように決定するのか。

(4)酸素療法による弊害

  • 炭酸ガス蓄積などの弊害はないのか。

(5)在宅酸素療法の実際

  • 在宅酸素療法の適応基準について
  • 酸素供給機器、吸入器具などの特徴
  • 現時点における諸問題点


2.人工換気

熊本中央病院呼吸器科 吉永 健

(1)慢性期における人工換気について

  • 在宅人工呼吸管理の実際

(2)急性増悪時の人工換気について

  • 気管内挿管下の陽圧換気(Conventional )とNIPPV (非侵襲的陽圧換気)の治療成績について


3.循環管理

九州大学大学院附属胸部疾患研究施設 井上博雅

(1)肺高血圧・肺性心

  • 慢性呼吸不全(特に肺気腫を主とするCOPD や肺結核後遺症)では、肺高血圧、右心不全・肺性心を合併すると予後が不良となることが知られている。慢性呼吸不全に伴う肺性心では、酸素投与により予後が改善することが報告されている。肺高血圧の治療には血管拡張薬等も用いられるが、COPD に伴う慢性呼吸不全の長期予後に対する効果は未だ不明である。
  • 今回は、酸素療法、減塩食、利尿剤などの一般的治療法のほか、最近注目されているprostacyclin やprostacyclin analogue 、一酸化窒素などを用いた血管拡張療法に関する報告を概説する。

(2)不整脈

  • COPD 患者には上室性不整脈や心室性不整脈がしばしば観察される。COPD に起因する不整脈や治療薬が原因と考えられる不整脈をまとめる。
  • 少数例の検討ではあるが、これまでの臨床研究報告をふまえて、COPD にみられる多源性心房頻拍などの頻拍症への対処について概説する。


4.感染対策

久留米大学医学部第1内科 木下正治

(1)感染予防

  1. 禁煙
  2. ウイルス感染
    • インフルエンザワクチン
  3. 細菌感染
    • 口腔の衛生
    • 去痰薬
    • 肺炎球菌ワクチン

(2)呼吸不全の急性増悪

  1. 原因
  2. 呼吸器感染症の関与

(3)感染症の治療

  1. 診断
  2. 抗菌薬療法


5.呼吸リハビリテーション

国立療養所南福岡病院臨床研究部 岩永知秋

 呼吸リハビリテーションはCOPDを主たる対象として、検討が進められてきた。これらのデータを集大成した1997年のACCP/AACVPRのEvidence-based guidelinesによれば、evidenceとしての科学性の高いほうからA,B,Cとランク付けしたとき、以下のような評価が与えられている(下記(1),(2))。

(1)リハビリ要素

  1. 下肢筋トレーニング:評価A
     運動耐容能を改善することから、リハビリの一つとして推薦される。
  2. 上肢筋トレーニング:評価B
     筋力・耐久トレーニングは上肢の機能を改善することから、リハビリに入れるべきである。
  3. 呼吸筋トレーニング:評価B
     科学的根拠からするとルチーンに行なわれるのではなく、呼吸筋力の低下と息切れを有する患者に対してのみ考慮されてよい。
  4. 精神心理学的、行動的、教育的アプローチ:評価C
     単一の治療手段としては短期的には有効である証拠がない。長期的には有用である可能性がある。

(2)リハビリ効果

  1. 呼吸困難の改善:評価A
  2. QOLの改善:評価B
  3. 医療資源の消費:評価B
     入院回数、日数を減少する。
  4. 生存率の改善:評価C

(3)問題点

 COPDに関する呼吸リハビリテーションの問題点は、AJRCCM(1997)のpro and conを引用すると

主要な批判:

  1. 呼吸リハビリそのものの有効性
  2. 費用効果比

その他の問題:

  1. 軽症へのバイアス
  2. 薬剤の影響(ことにステロイド)
  3. 各構成要素別の効果が不明

(4)今後の課題

 今後本邦で呼吸リハビリテーションが普及していくためには、以下のような課題を解決していく必要がある。

  1. 包括的呼吸リハビリテーションの有効性に関する科学的証左の集積
  2. 費用効果比
  3. 標準プログラムの作成
  4. リハビリ各要素に関する検討
  5. 在宅継続プログラムの作成
  6. COPD以外の慢性呼吸不全への有効性の検討
  7. 人材の確保と養成、施設の充実
  8. 保険点数の是正


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