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新聞にのるのは1つの血圧や脂質の値だけです。製薬会社が配るのはコレステロールや血圧の値を書いた表です。
しかし、ガイドラインは1つの数字ではありません。複数の危険因子を各々評価して、その組み合わせとして生じる生涯の心血管事故の危険比を判断する材料です。現在のガイイドラインでは、J-LITで示された様に危険因子の累積を重視します。コレステロールの値を書いた表にいく前に、まず患者カテゴリーと管理目標からみた治療方針を読んでみましょう。LDL-c以外の危険因子がなければA, 1つあればB1、4つあればB4です。
注にあるように、糖尿病はB3に、脳硬塞と閉塞性動脈硬化症(ASO)はB4に扱います。
ASOについては足背の動脈の触れ、間歇性歩行等の自覚症状をよく問診をし、ABIの測定を行いましょう。
カテゴリーCは既に冠疾患の既往がある場合です。
動脈硬化学会のガイドラインは、1次予防では主に生活習慣の改善を行い。3〜6ヶ月診ても改善が図られない場合、動脈硬化の発症の危険と投薬のメリットを良く推し量ってから、薬物療法を行うとしています。
ですが、カテゴリーCでは既に十分HMG-CoA還元酵素阻害薬を中心とした薬物治療の利点が確認されているので、薬物治療は生活習慣の改善と平行して行うように設定されています。日本循環器学会のガイドラインでも、LDL-c >125mg/dlでは直ちに投薬する方が望ましいとしています。日本循環器学会のガイドラインでは糖尿病もカテゴリーCに含めていますが、動脈硬化学会のガイドラインでは、まだ、そこまで踏み込んではいません。
今後、MEGA studyなどの日本人の治験成績が整えば、もしかしたら再検討されるかもしれません。日本人の糖尿病患者では、JDCSの中間成績によると約6〜8名/千人・年の冠疾患患者が発生していると報告されています。これをJ-LITという糖尿病に限定しないHMG-CoA還元酵素剤投薬コホート研究と比較すると、LDL-cコレステロール以外の危険因子を1-2個持った冠疾患既往者と殆ど同等の発症率を示しています(2次予防群:+1つ64名/千人・10年, +2つ88名/千人・10年)。
治療の背景となる疫学研究、0次予防・1次予防にもつながる非薬物療法(食事や運動など生活習慣)の細かい知識が詰まっています。
表4、5に食事と運動の療養の基本をしめしますが、裏付けとなる理論については、国試の参考書や内科の教科書では触れられない内容が細かく記載されています。
患者指導という近視眼的な利用法だけではなく、自分の健康管理・家族の健康管理のために一読する事をお薦めします。
日本人でも、幾つかの研究で総コレステロール220mg/dlを境に冠疾患の発症が有意に増加する事が示されています。
日本人では、従来白人に比べて冠疾患よりも脳血管障害が多いとされてきました。フラミンガム研究と久山町研究における心筋梗塞と脳梗塞の発症率をしめします。
例/千人・年 | 性 | フラミンガム | 久山町 |
---|---|---|---|
心筋梗塞 | 男性 | 7.1 | 1.6 |
女性 | 4.2 | 0.7 | |
脳硬塞 | 男性 | 2.5 | 10.8 |
女性 | 1.9 | 6.4 |
でも、現在は冠疾患が増加してきました。
高血圧は特に脳血管障害の強い危険因子です。高コレステロール血症は脳血管障害の危険因子の一つではありますが、冠危険因子としての意味合いがより強いです。
降圧剤が発達していなかった1960年代には脳出血の頻度が高かったです。その後、脳血管障害の全体の頻度は減り死亡例が少なくなりましたが、脳硬塞が占める割り合いが高くなりました。
最初は高血圧による細い動脈の硝子化が主でした。古いゴム管みたいに固くなり内径が狭小化し、視床などのラクナ梗塞を起こすタイプの脳血管障害です。これは、高血圧が主に働きます。ラクナ梗塞は小さい梗塞という意味ではありません。心房細動や頸動脈プラーク等、頭蓋外の因子が無い梗塞です。
しかし、冠疾患が増えるのと同じく、頸動脈や脳底動脈といった比較的太い動脈にコレステロールが沈着する粥状硬化症が増えてきました。粥腫は例えば頸動脈エコーで観察されます。粥腫による狭窄以外にも急性冠疾患症候群で見られるように粥腫の破綻による塞栓子の梗塞[ Artery to Artery Thrombus ]が最近は日本でも半分を占めるのでは無いかと報告されるようになりました。このような例では、脂質代謝異常や糖尿病が遠因となる割り合いが多くなります。
高血圧を合併した症例を対象としたASCOT-LLAではHMG-CoA還元酵素阻害薬が投与された群で脳血管障害の発症が少なくなっていますので、やはり高LDL-c血症の是正は大切です。
高血圧を合併する症例ではよりBMI25を上回る例が多く、総コレステロールと中性脂肪が高値で、低HDL-c血症をしめす例が多く見られます。このような例をメタボリックシンドロームと総称しています。
そのほか日本循環器学会では虚血性心疾患の一次予防ガイドラインとして幾つかの項目を列挙しています。
通常の高脂血症と分けて考える必要があるのは遺伝的背景をもった原発性高脂血症の患者です。
特に「家族性高コレステロール血症は別に考慮する」と謳われています。
若くして冠疾患を発症して、男性では約3分の1が虚血性心疾患になります。
LDL受容体ホモ欠損症ではLDL-c>500mg/dlとなり中学生の頃に冠疾患を発症します。
金沢大学の馬渕教授らの精力的研究により、へテロ欠損症では平均寿命が男性約60才、女性約70才で短かったと報告されています。
以上から、ヘテロ欠損症では男性で20才を過ぎたら女性では30才を過ぎたら、積極的な脂質降下療法を行う方が望ましいとされています。積極的に家族歴を聴き、兄弟の半分は該当する家族性高コレステロール血症の検査を薦めましょう。
まず、TC225mg/dl以上の高脂血症が、生活習慣病が無いにも関わらず存在し、血縁者に50才未満など若年で発症した冠疾患患者がいたら、強く疑います。アキレス腱の軟線撮影を行い、切断等の既往がないのに9mm以上の肥厚があるなどした場合は該当します。
治療法としてはHMG-CoA還元酵素阻害剤が選択されますが、妊娠の可能性のある若年女性や成長期の子供では陰イオン交換樹脂を使用します。LDL受容体活性が無い場合はHMG-CoA還元酵素阻害剤は無効ですのでLDL吸着療法などを積極的に行います。
その他にsmall dense LDLなどがおおいtype IIb, IVといった高脂血症をきたすFCHL(家族性複合型高脂血症)、ApoE2変異や欠損のためレムナントがLDL受容体(ApoBだけでなく、ApoEの受容体でもある)に親和性を欠き、いつまでもレムナントが鬱滞するIII型高脂血症も注意すべき高脂血症としてあげられています。FCHLやIII型高脂血症は生活習慣の改善によく反応します。中性脂肪が高く、フィブラート剤やニコチン酸が適応になります。
まず、どちらのガイドラインも禁煙を謳っています。
喫煙をやめれば危険因子は一つ減りますし、低HDL-c血症も改善するかもしれません。自分だけが止めれば良いのでしょうか?子供の尿中ニコチン代謝産物が多い程、子供のHDL-cは低いと云う報告があります。同居者や会社での副煙流も実は問題です。吸っている姿をみれば誘惑は断ちがたい物です。
減量をすることで降圧と脂質代謝の改善が図られます。5kgの減量が10mmHgの降圧に相当します。様々な降圧剤が上市されてますが、1剤で概ね10mmHg下がれば良い方です。減量すれば1剤少なくて済む訳ですし、脂質の改善もあればカテゴリーはAになるかもしれません。
どちらのガイドラインも野菜や果物の摂取を増やす事を薦めています。カリウムの摂取がナトリウムの排泄を促します。食物繊維は脂質やナトリウムの吸収を妨げます。
しかし、ジュースなどでは果糖の摂取が増え、中性脂肪値値には不利に働きます。また、食物繊維の摂取量が野菜の場合よりも減ります。
クリームシチューやスキヤキ、チャンプルーの形で、野菜をとっても塩分や飽和脂肪酸が抱き合わせの形で入ってくるので調理法に注意が必要です。
n-3系不飽和脂肪酸は、SREBP-1やPPARαを介して、中性脂肪値を低下する働きがあり、抗血小板作用をもちます。また末梢血管拡張作用があり血圧にも好ましい働きをもちます。残念な事に不飽和脂肪酸は易酸化性なので新鮮なものをとらないと意味が薄れます。
一時もてはやされたリノール酸などのn-6系の不飽和脂肪酸は一時的にLDL-cを低下させますが、長期的にはLDL-cは元に戻り、HDL-cを却って低下させる弊害が指摘されています。また、リノール酸からアラキドン酸に変換され、TXA2やロイコトリエン類などのアラキドン酸カスケードを活性化し、炎症を加速させる恐れが指摘されます。粥腫のマクロファージも活性化され、血小板も凝集しやすくなることが、推察されます。
多価不飽和脂肪酸は先に述べたように酸化しやすいのでLDLのなかでApoBを分断し酸化LDLにしやすくなる恐れがあるとも指摘されています。
1価不飽和脂肪酸とくにオレイン酸は酸化され難く加熱調理に向きます。LDL-c上昇作用がなく、HDL-c上昇作用があるとされ、幾つかの"地中海式食事療法 Mediterranean style diet"の前向き試験で効果が認められています。米国では推奨量が定められています。
単品での油脂の優劣は此処までにしますが、ガイドラインで述べられている一番大切な事は「油脂は食事摂取熱量の25%未満にするように努める」ことです。
コレステロール制限については変化しないノンレスポンダーを例に軽視する医師も居ます。しかし、レスポンダーは必ず居ます。ノンレスポンダーとみなされる方には生活習慣の改善が不十分な患者さんが多く含まれます。
運動についても、HDL-cの上昇効果も含めて大切です。しかし、週1回では運動による降圧や脂質改善効果は続きません。デコンディショニングのため3日くらいで効果が薄れます。特に強度が無くても毎日何かしらの運動は必要です。
競技性の強いゴルフ等では心事故が増えます。等尺性の運動をし過ぎて、CKが上昇し薬の副作用と見極めがたい例もまま目にします。
高血圧で47歳の男性Aさんであれば、年齢と性別という避けられない危険因子が1つ加わります。さらに、喫煙とHDL-cも低ければ、全部で4つ危険因子を持つ事になり、カテゴリーB4になります。
カテゴリーB4であれば、脂質管理目標値はLDL-c<120mg/dlとなります。
1次予防ですと3~6ヶ月は生活習慣の改善で様子をみます。この間に、喫煙に成功し運動などでHDL-cが40mg/dl以上になればカテゴリーB2になり、LDL-cが140mg/dlを下回れば脂質降下剤の投与は考慮せず、生活習慣の改善を継続する事になります。
このAさんを高血圧のガイドラインでみると高LDL-c血症と低HDL-c血症は「脂質代謝異常」として一括され、喫煙とあわせ危険因子2つになります。高血圧学会では60才以上を高齢者として危険因子にしていますので、「糖尿病以外の1~2個の危険因子あり」の欄に該当します。180/100mmHg以上が高リスクに分類されます。140~178/90~109mmHgでは中等度リスクであり、一か月は生活習慣の改善に努め、翌月140/90mmHg以上なら、薬物治療を考慮することになります。
Aさんの例では生活習慣介入後LDL-c<140mg/dlになり、禁煙で高血圧以外の危険因子は無くなり、高血圧患者のリスク層別化では「低リスク群」に改善されたことになります。
初診 | 生活習慣改善後 | ||
---|---|---|---|
総コレステロール | 238 | 209 | mg/dl |
中性脂肪* | 175 | 145 | mg/dl |
HDLコレステロール* | 32 | 42 | mg/dl |
LDLコレステロール | 171 | 138 | mg/dl |
体重 | 72 | 66 | kg |
BMI | 24 | 22 | kg/m2 |
ウエスト周囲径* | 88 | 84 | cm |
血圧* | 146/96 | 142/82 | mmHg |
空腹時血糖* | 109 | 97 | mg/dl |
喫煙 | あり | なし |
*メタボリックシンドロームの項目:介入前は"ウエスト周囲径"+高血圧+リポ蛋白異常で2つ以上のリスク因子をもちメタボリックシンドロームの診断基準をみたしているが、生活習慣に介入後は改善し、満たしていない。
高血圧と高脂血症が併発するなかに、ネフローゼの患者さんの場合があります。また、リウマチ性疾患や前立腺・乳腺の腫瘍などで他の診療科からホルモン療法を受ける場合も、高血圧と高脂血症が併発する場合があります。
前者の場合、より厳密な血圧脂質のコントロールが必要になります。
巣状糸球体硬化症による難治性ネフローゼに対しては、LDL吸着療法が有効で、保険適応があります。
他の腎疾患でも、腎動脈や葉間動脈の動脈硬化を防ぐ事で、腎硬化症の進展が予防できるかもしれません。脂質降下療法が有効です。
全身の動脈硬化の進展防止を考慮する必要があります。ただし、HMG-CoA還元酵素阻害剤やフィブラート系薬剤は腎不全を伴う場合横紋筋融解症を来し易くなるので、注意深い検討と観察が必要です。EPA製剤や陰イオン交換樹脂の使用から始める方が安全です。
甲状腺機能低下症の場合、高脂血症を来すほか、ALP, LDH, CKなども上昇する場合が多いです。不用意にHMG-CoA還元酵素阻害薬を使う前に甲状腺ホルモンを見て必要なら補充療法を検討しましょう。スタチンを使ってからCKの上昇に気がつき、すわ「スタチンの横紋筋融解症」と空騒ぎする例を、たまに見ます。