10年前21世紀初頭の話です。最新の知識は得られ無い。

脂質の生活指導

平成15年3月28日[]

食事療法

 HMG-CoA還元酵素阻害薬が出現する前にも幾つか薬があり、確かにコレステロールを低下させる作用があったが10%以下に留まり、食事由来のコレステロール20%を削減する事に勝る効果は無く、厳格に食事を守らないと治療目標に及ばなかった。
 HMG-CoA還元酵素阻害薬出現後、薬物療法の有用さ故に、食事由来はたかが20%と軽視する声も聞かれる。しかし、20%低下すれば治療目標が達成される患者も多く、薬を少ない量で済ます為にも、食事療法は重要である。動脈硬化学会ガイドラインは「治療手段はライフスタイルの改善によることを優先させた」との一文を入れており、循環器学会のガイドラインも食事療法に1項を割いている。
 また、500mg/dlを超える高中性脂肪血症を抑制するに足る薬はまだ開発されておらず、飲酒の制限も含めて、食事制限は重要な手段である。
 他の危険因子「肥満・耐糖能異常・高血圧・高尿酸血症」も脂質同様に等しく改善してくれる役割を担っている。理想体重当たり30kcal/kgのカロリー制限を行い。糖質蛋白脂質をバランスよく摂取する。

健康食品と脂質

 特定保健機能食品として幾つかコレステロールを下げると言う食品や中性脂肪を上げにくいという食品が知られている。
 しかし、絶対的なカロリー制限を引いた場合に有利であるが、特保食品を取れば取る程下がると言う程、画期的な物では無い。
 我々は治療の歴史の上で陰イオン交換樹脂を使用して来たが、胆汁酸の再吸収を抑制するためには食物繊維も有用である。摂取目標としては25gになる。
 植物ステロールのγオギザノールも使用して来たが、その効果は5%程度であり、HMG-CoA還元酵素阻害薬やフィブラート製剤に切り替わったので段々と使用されなくなって来た経緯がある。最近植物ステロールの入った食用油も売られておりコレステロールを上げにくいとしているが、過大な期待を患者に与えるのは好ましく無いと思われる。

抗酸化物質の取り方

 ビタミンEは高脂血症にも適応を取っている。抗酸化作用は動脈硬化に付随する酸化LDLを下げる上で有用に思えるが、種々の治験では抗酸化ビタミンの有用性を認めた研究はほとんど無い。  酸化脂質はリポ蛋白に含まれる脂溶性ビタミンのビタミンEによって還元されるが、その際酸化されたビタミンEはリポ蛋白表面で水溶性のビタミンCによって還元され再利用される。抗酸化作用はこのように単一物質によって補われるものではなく、複数の要素によって構成された網の目のような物である。薬によって投与されても1つの要素しか補われない。摂取する品目を野菜を中心に増やし、その結果、必要な抗酸化物質を取り揃えて、動脈硬化の抑制が達成される。野菜や果物の摂取では、疫学的に動脈硬化の抑制を認めているが、単一の食品に片寄って摂取するのは必ずしも良い方法では無い。

アルコール摂取

 麦芽・ホップや葡萄にフラボノイドなどの抗酸化物質が含まれているからといって、それをビールやワインの形でとって良いかというと別の話になる。
 ホメオスターシスの崩れていない健常人なら、少量のアルコールが入っても問題は生じない。アルコール摂取による末梢血管拡張によるインスリン抵抗性の改善や降圧作用も期待できるので、実際に節制された飲酒習慣を持つ集団は生活習慣病発症が少なく、寿命も長い。
 しかし、高尿酸血症のあるmultiple risk syndromeの患者ならば、ビールに含まれるプリン体摂取やアルコール摂取による尿酸の再吸収による尿酸上昇の害が、抗酸化物質の摂取による脂質酸化の抑制などの有益性を上回るとは限らない。アルコールはエンプティーカロリーとしてすぐ燃えるように思われているが、量が多ければ脂肪の合成に回される。その結果、脂肪肝や高中性脂肪血症を来す。野菜からでも取れる物を無理をしてビールやワインから取る必要は無いのである。

果物や果糖の摂取

 果物は野菜と同じ様に抗酸化作用に満ちている。カリウムも多く含まれており腎機能が正常ならば過剰なナトリウムを利尿してくれる作用も期待される。そのため、毎日80kcalの果物の摂取が勧められており、糖尿病教育入院でも毎日1品目お出ししている。
 ところが、果糖の様な五炭糖は筋肉や心筋と言った末梢組織では利用する事が出来ない。砂糖はブドウ糖1分子と果糖1分子からなる二糖類だが天然の栄養源として脳で用いる事ができるのは半分のブドウ糖だけである。
 そのため、果糖は肝臓に入り、中性脂肪に作り替えられたりケトン体として末梢組織に供給される。この過程で尿酸が産生される。過剰な果糖摂取があった場合、使い切れなかった中性脂肪は肥満や高中性脂肪血症につながる。高中性脂肪血症や高尿酸血症を来すようなら、いくら抗酸化作用に優れていても、有用性が弊害を下回る。カロリー摂取として過剰ならば、インスリン抵抗性を惹起して耐糖能を低下させ、肥満や脂肪肝の原因となる。作られたケトン体が多くて、インスリン作用不足があれば、蓄積してソフトドリンクケトーシス(ペットボトル症候群)と言う状態に陥る

脂質の取り方

 脂肪は摂取カロリーの25%未満を目標とする。30~50gを目安とする。過度な脂質の制限は脂溶性ビタミンの吸収障害を来す事も考え、LPL欠損症ホモ接合体でも無い限り30gは必要である。

 動物性油脂はLDL受容体活性を落としてLDLを上昇させる。また、マーガリンのようなトランス型の脂質も同様にLDL受容体活性を落とすのでLDLは増加し易くなる。
 植物性油脂はLDL受容体活性を高めてLDLを低下させるが、効果は一時的である。リノール酸は、代謝されたあとアラキドン酸カスケードに入り、炎症や血小板凝集を促進させる方向に働くなどを来し易くなるので過剰な摂取は好ましく無い。αリノレン酸はDHAやEPAに変換されるのでその様な影響は少ないと言われている。調理中や体に入ってからの脂質の酸化変性は、多価不飽和脂肪酸よりオレイン酸のような1価不飽和脂肪酸の方が影響が少ないとされている。そのため、飽和(S):1価(M):多価(P)の比を2:3:2に近付けるように摂取するのが望ましいとされる。
 EPAやDHAといった魚油は抗酸化能があり、代謝物が抗血小板機能を持つので有用と考える。しかし、青魚のコレステロール含量は牛や豚と変わり無く、過剰な魚肉の摂取があればSREBP1などを通じた脂肪酸合成の抑制と言う利点をコレステロール摂取と言う欠点が上回ってしまう事も懸念される。

 地中海諸国はスコットランドなどに較べて、心血管事故が半分程度と少ない。食習慣の違いを原因としてあげ、白人の研究で地中海ダイエットを推奨する報告は多い。地中海式ダイエットやオレイン酸摂取を推奨するのは、この様な疫学的な治験も影響している。しかし、残念ながら日本ほどには仏伊西の心血管事故が少ない訳では無い。オリンピック前には国民栄養調査で30gしか脂質を取っておらず、昭和50年代に到って、漸く50gを超えるに過ぎなかったからである。そのため、単純に地中海ダイエットを採用すれば、油脂や蛋白の摂取が増して、催動脈硬化作用が高くなる結果にならないとも限らない。絶対的な脂質の摂取量制限を忘れてはいけない。

幾つであれば投薬すべきか

 2002年の動脈硬化学会ガイドラインで(http://jas.umin.ac.jp/)は、「生活習慣の改善」を前提に、治療を個別的に判断するとして薬物治療開始すべきLDLコレステロール値は示されなかった。心筋梗塞二次予防ガイドラインを提言している循環器学会ではクラスIとして「LDLコレステロール値125mg/dlを超えた場合は薬物治療を開始する」事を推奨している。
 治療目標値はLDLコレステロール値で100mg/dlであり、総コレステロール値では180mg/dlを下回ることを、動脈硬化学会も循環器学会もガイドラインとして設定している。

薬の飲み併せ

 広く普及したHMG-CoA還元酵素阻害薬はp450酵素を使って代謝される物がほとんどである。米国ではフラボノイド摂取を図ろうと過剰なグレープフルーツジュースを飲用した患者で、simvastatinとの薬物相互作用による横紋筋融解症事例が報告されている。食品に限らずジギタリス製剤やCa拮抗薬、抗真菌薬の中には薬物相互作用を念頭に処方しなければいけない例が幾つかあるので留意する。
 作用機序からは当然であるが、陰イオン交換樹脂は胆汁酸を吸着するので、その過程で薬剤の取込みも押さえる結果になる事がある。ワーファリンなどがその例にあたる。
 患者さんへの服薬指導の折にはこの様な飲み併せの問題が生じて無いか、病歴聴取に努める。

副作用

 多くの患者に適応があるのはHMG-CoA還元酵素阻害薬とフィブラート剤であるが両者に共通した副作用として横紋筋融解症があり、cerivastatinが販売自粛した件は記憶に新しい。多くの治験では安全性を強調するがCPKで500IU/Lを超える場合は中止が望ましく、筋肉痛や褐色尿の有無は診察の折に確認したい。ただし、農作業などの肉体労働や運動療法を行うとCPKの上昇を招く場合があり、薬かそれ以外の原因か判断に迷う場合が多い。


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