10年前21世紀初頭の話です。最新の知識は得られ無い。

肥満と冠動脈硬化危険因子 2001年

 肥満とは体重とくに白色脂肪組織が過剰にある状態で、それにより臓器障害や検査値異常を伴う場合を肥満症という。過大な体重の負荷のために整形外科学的な障害や閉塞性睡眠時無呼吸症が発生するほか、「過剰なエネルギー」「不足する運動」という共通の土壌のもとに、代謝疾患「高血圧」「高脂血症」「糖尿病・糖代謝異常」「高尿酸血症」を肥満者にみる場合が多い。これらの危険因子の重複により、冠動脈や脳血管・下肢の動脈硬化症が進展していく。

 平成11年第20回肥満学会で提言された肥満症診断基準(図1)は、まずBMI≧25kg /m2を肥満とし、その中で、肥満に起因ないし関連する健康障害を合併するか、臨床的にその合併症が予測される場合で、医学的に減量を必要とする病態(疾患単位)を肥満症としている。高血圧と高中性脂肪血症を起こす確率が2倍になるのがBMI 25kg/m2、糖尿病が2倍になるのがBMI 27kg/m2、高コレステロール血症が2倍になるのがBMI 29kg/m2という疫学調査を背景としている。
 健康障害として1.糖尿病(NIDDM)・耐糖能低下、2.脂質代謝異常、3.高血圧、4.高尿酸血症・痛風、5.冠動脈疾患(心筋梗塞、狭心症)、6.睡眠時無呼吸症候群・Pickwick症候群、7.脂肪肝、8.脳梗塞:脳血栓、一過性脳虚血発作、9.整形外科的疾患(変形性関節症、腰椎症)、10.月経異常、不妊症が挙げられている。
 これらがなくとも、症候性肥満と、健康障害を起こしやすい肥満として内臓脂肪型肥満も、肥満症に含める。
 内臓脂肪型肥満はまずスクリーニングとしてウエスト(臍高部周囲)を測定し、男性で85cm、女性で90cm以上の場合、可能性が高いとして臍高部断面CTを撮影する。脂肪のCT値:平均±標準偏差の範囲を脂肪面積として内臓脂肪を測定し、100cm2以上であれば内臓脂肪型肥満と分類する。

 肥満症に特に影響を受けやすいのは高血圧と高脂血症のなかでも高中性脂肪血症である。危険因子の集積をしめす言葉の一つとしてReavenは、Syndrome X1.を提唱し、肥満・耐糖能異常(高インスリン血症)・高血圧・高中性脂肪・低HDL血症を徴候としてあげている。東京大学第三内科での虚血性心疾患の診断を目的に心臓カテーテル検査を受けた患者と性年齢を一致させた住民検診データをみても、BMIの増加に伴って高血圧と高脂血症の有病率は増加している(グラフ1)。

 高血圧は特に減量によって良い影響を受ける。様々な報告をあわせると、1kgの減量で1~1.5mmHgの収縮期圧の低下が得られる。減量に併せて、高血圧を有する患者では、塩分制限を行うとなお効果的と考えられる。塩分摂取は戦後徐々に減少してきたが、現在でも30才台で12.0g、60才台で14.4gに留まっている。塩分制限は日本高血圧学会の指針では7g/日を目安としている。

 糖尿病の罹患率は、現在の肥満の有無との相関がやや薄くなる。これは顕性の糖尿病に至った場合インスリン抵抗性のみならず分泌不全も関与し、肥満の状態を維持できないためでは無いかと考えられる。平成9年11月に実施された厚生省の糖尿病実態調査2.を見ると、糖尿病が強く疑われる482名のなかで、現在肥満であるのは135人(28.0%)に過ぎないが、肥満の既往でみると254人(52.7%)にのぼる(グラフ2)。

 肥満そのものが単独で動脈硬化性変化を来すかは、議論が定まっていない。我が国で行われている、シンバスタチンをつかい、虚血性心疾患の予防効果をている、JLIT研究の中間報告では、肥満が中立的な因子となっている。この集団は若年者があまり含まれておらず、そのため肥満の影響が及んでいないのかも知れないが、今後の解析が待たれる。東京大学第三内科での解析の場合、70才超と50才未満で見た場合、若年者では肥満者が多いのに対して、高齢者では影響が見られない(グラフ3)。このように、断面研究では否定的な結果になる場合が多く見られる。
 これは、かつて肥満があっても糖尿病の発症に伴い痩せを来したような症例が交絡するためであろう。肥満に時間を加味する、若くはインスリン分泌不全を除外するといった解析を行うことで、肥満は独立した心血管事故の危険因子として浮かび上がってくる。26年間追跡したFramingham Study3.では、若年発症の虚血性心疾患において肥満が単独で危険因子になり、1.9倍冠疾患が多いとしている。

 睡眠時無呼吸症候群(SAS; sleep apnea syndrome)とは、睡眠中の頻回の無呼吸(10秒以上の呼吸停止)のため、様々な臨床症状をきたす病態の総称である。無呼吸回数が一晩に30回以上、または1時間に5回以上と定義される。閉塞型・中枢型・混合型に分類される。多くは閉塞型で肥満者に多く、肥満低換気症候群(Pick-Wick syndrome)の形をとる。肥満者に心血管事故や高血圧がおこる一因となる。
 BurwellらはPick-Wick syndromeの八大徴候として、肥満・傾眠傾向・周期性呼吸・チアノーゼ・筋攣縮・多血症・右心不全・右室肥大を挙げている。無呼吸時に短期覚醒を起こし熟眠が得られず、激しい鼾を伴い、日中の傾眠傾向・易疲労感を起こす。病初期は自覚症状がないが、病気が進むと夜間の頻回の覚醒、異常行動、日中の知的活動の低下、性格変化を伴う。
 低換気・低酸素血症のため、肺血管床の攣縮があり肺高血圧と右心負荷が生じる。カテコラミン分泌過剰・低酸素血症に伴い、不整脈や心筋虚血を来し、高血圧・心不全・脳血管障害を合併する。特に睡眠1時間あたりの無呼吸回数が20回以上では心血管事故による死亡率が高く、突然死の原因になる事もある。
 欧米では数%の有病率がある一方、日本では1%以下とされているが、SASに対する関心度の違いによるものか不明である。発病は男性及び閉経後女性に多い。スクリーニングとして家族からの詳細な問診と簡易睡眠時呼吸モニター(アプノモニター)を行う。確定診断として終夜睡眠時呼吸モニター(ポリソモノグラフィー)を行い、重症度と中枢型・閉塞型の分類を行う。
 SASの診断がつけば、(1)中枢性疾患、内分泌疾患(甲状腺機能低下症など)、神経筋疾患などの基礎疾患の有無。(2)循環器疾患などの2次的多臓器障害の有無を検索する。治療としては扁桃肥大やアデノイドなど上気道の解剖学的狭窄があれば切除が有効である。評価が確立した治療法として、nasal CPAPがある。これは鼻マスクを通じ気道に陽圧をかけて上気道の虚脱を防ぐものである。閉塞型の原因の大きなものとして肥満があり減量を指導する。性格変化がある症例では心身医学的なアプローチが必要である。

 代謝疾患は、食事制限と有酸素運動を治療の根本に据えている。これは、肥満に対する対策と同様である。運動にせよ食事にせよ、単独で1000kcalのカロリー削減を行うのは極めて困難である。両者を組み合わせてはじめて、筋肉や骨塩などの減少を伴わずに、体脂肪量を減少することが可能となる。除脂肪体重(lean body mass)が減少すると、基礎代謝は減少し、いったん減量後に再び体重とくに脂肪量が増加してしまうweight cyclingの遠因となる。短期間に大幅な体重減少をしようとすると、やはり組織崩壊が生じて除脂肪体重も減少してしまう。
 除脂肪体重を維持しながらの減量は、運動と食事あわせて500kcalのカロリー削減を目標に長い時間をかけてゆっくり進める。白色脂肪組織は重さの80%が中性脂肪であり、500kcalでは約70gの脂肪組織の減少にしかならない。これは着衣や排泄の有無に隠れてしまうようなわずかな変化である。それでも、継続して続けることで1ヵ月で2kg強の減量が得られる筈である。それを待てないで「努力が報われない」と食事運動制限を放棄しないように動機づけを繰り返し行う必要がある。各食前と眠前の体重日内変動4.は間食・過食が胃内容物の重量増加として反映される。食行動の乱れが体重波形の乱れとして視覚的に認知でき有用であろう。
 食事療法では、基礎代謝にあたる熱量、筋肉の異化に傾かない蛋白、脂溶性ビタミンと必須脂肪酸として欠かせない油脂を、計算のもとに調理し摂取する。蛋白量としては1.0〜1.2g/kg、脂質として20gを要し、かつビタミンミネラルの必要量も満たす必要がある。通常の食事では1200kcalまでが限界であり、420〜800kcalのVLCD(very low caroly diet)を施行するときは必須アミノ酸・脂肪酸のバランスが保たれた特殊食品(Optifast)をもちいないと困難である。
 民間に流布する、単品に片寄った食品摂取を奨める減量法では、糖脂質代謝に必要なビタミン等の不足を来す可能性がある。また、過度の熱量制限はケトン体産生に傾くので、糖尿病や心疾患をもっている患者には適応を慎重に選択する必要がある。一般の減量の場合、至適摂取熱量としては、身長(m)×身長(m)×22×20~25kcalが広く採用されている。 食事制限を行う上で、高脂血症があれば食物線維の増量(25gから30gへ)とコレステロール制限(300mg/日)を組み合わせる。

 平成10年国民栄養調査結果5.によると、脂肪は戦後大幅に摂取が増加し、脂質(うち動物性脂肪)摂取量は20才で72.3g(37.9g)、30才台で63.5g(32.3g)にのぼる。これらの若年者において、昭和54年から平成10年にかけて、BMI25kg/m2以上が占める割り合いは15~19才で6.0%から11.4%に増加し、30才台で16.3%から30.6%に増加している。脂質が摂取カロリーに占める割り合は20才で29.9%、30才台で28.3%と至適とされる25%を大きく上回っている。脂肪の含む割り合いが多くなっている事が肥満増加の一因と考えられる。横軸に平成10年の脂肪摂取を横軸にBMI25kg/m2以上の肥満者の増加率をとると良く相関する(グラフ4)。
 摂取カロリー自体は15~19才で2174kcal、30才台で2020kcalと適正域であり、食事指導を行う上では穀物由来のエネルギー摂取を維持する一方で、油脂や清涼飲料水などに含まれる砂糖などの糖類の摂取を引き下げれば、ある程度の改善が得られるもとの考えられる。
 門脈中の遊離脂肪酸は肝臓でのインスリン感受性を低下させる。また、蔗糖や果糖は代謝に必要なフルクトキナーゼが肝臓にしか無い事から、肝臓で代謝されたのち余剰分が遊離脂肪酸と共にVLDLの合成にまわされる。末梢へのリポ蛋白の供給が増える一方で、インスリン抵抗性の状態では異化に必要なリポ蛋白リパーゼなどの活性が低下しており、結果として動脈硬化を惹起しやすいTG-richリポ蛋白の増加とHDLの低下に結びつく。この点からも単糖類と油脂の摂取を制限する必要が高くなる。平成8年度の国民栄養調査6.では普通の人は19.1%しか間食の習慣がなかったが、肥満者では36.6%にのぼっている。間食についても注意が必要である。

 有酸素運動の目安としては、1)苦しくない負荷(Borg係数10~13)、2)心拍数を指標とする負荷、3)嫌気性代謝閾値(AT: anarerobic threshold)などが挙げられる。厳密で科学的な指導の上ではATレベルを採用するが、日常臨床の上ではまず1)と2)を行う。 循環器・呼吸器障害がある場合、「苦しくない負荷」つまり症状が出ない負荷に基準を置く。肥満者の場合、過度の運動負荷をかけて整形外科的な障害を来す場合がある。体重や血糖コントロールを短期間につけようとしたり、インスリンや内服療法からの離脱を図ろうとして日常生活で継続するのが困難な運動量を自主的に行う例もあり、結果として事故に到る事もあり、運動処方を守るように指導する必要がある。
 平成8年度の国民栄養調査では普通の人は25.4%に運動の習慣があったが、肥満者では13.3%に留まっていた。運動習慣の無い肥満者の場合、開始時点では苦しくない平坦地の歩行を短時間行うようにする。徐々に負荷=距離と時間を増すようにする。運動習慣がついたら今度は心拍数を目安に必要な運動処方をこなすように目標を高める。30才では130拍/分、50才では120拍/分、70才では110拍/分が目安とされている。膝や腰に障害を抱え歩行が不適な患者も多くこのような患者には手や上半身の運動の中心にすえ、歩行訓練を通じて徐々に下半身のリハビリテーションを加えていく。最終的には、15分以上の持続した運動で300kcal/day以上消費できる事が望ましい。1万歩の歩行が約300kcalに相当する。
 筋肉内のGlut 4の発現が増強しインスリン抵抗性が改善され、運動によりNa排泄が増強され高血圧が改善する。直接のエネルギー消費のほか、上記のような様々なconditioningが冠危険因子を減少させる。また、運動を通じて、下肢の静脈還流を改善されて心機能が、上肢の運動で呼吸補助筋が増強されて呼吸機能が、それぞれ改善し、より高い負荷に耐えることができるようになる。

 以上のように肥満と動脈硬化症の関係を考える上で、Framingham Studyのように、肥満の既往・肥満状態の持続期間など時間の因子を含めた研究が求められる。逆に将来の動脈硬化や危険因子集積を予防するためには、未然に肥満を予防する必要があるだろう。糖尿病者の半分以上に肥満の既往があり、現在30才台の30%に肥満者がみられる事実は将来に暗い影を投げかけている。

 1.Reaven GM Role of insulin resistance in human diabetes. Diabtes 37 :1595 , 1988
 2.厚生省 平成10年糖尿病実態調査
 3.Hubert HB. Obesity as an independent risk factor for cardiovascular disease: A 26-year follow-up of participents in the Framingham Heart Study. Circulation ; 67 : 968, 1983
 4.Fujimoto K. Charting of daily weight pattern reinforces maintenance of weight reduction in moderately obese patients. Amer J Med Sci 303: 145, 1992.
 5.厚生省 平成10年国民栄養調査
 6.厚生省 平成 8年国民栄養調査
 厚生省の報告は<厚生労働省で参照下さい


[追記 2006-05-10 その後さらに危険因子の集積は進行しているPDF]

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