糖尿病の生活指導

2005年[]

初めに

 循環器疾患における糖尿病の影響は3つの段階に渡って見受けられる。
 まず、糖尿病者に閉塞性動脈硬化症(ASO)・脳血管障害(CVD)そして冠動脈硬化症(IHD)にわたる全身の動脈硬化症を持つものが多くみうけられる点である。
 つぎに、急性期に糖尿病者を診る上で通常の患者に較べて感染症や創傷治癒遅延が多く見受けられる点である。
 そして、細小血管症をもつ進行した糖尿病者に必要な配慮が必要な点である。糖尿病神経症の合併に伴い、起立性低血圧を来す患者では降圧療法を行い難い。網膜症の治療が終了していない場合には抗凝固療法の適応に制限が加わる。透析を必要とする進んだ腎症を持つ者もあるし、その場合心不全を来し易い。糖尿病者には無症候性心筋虚血や糖尿病性心筋症という病態をとる者もいる。

疫学とガイドライン

 地域での心筋梗塞の発症を見た研究では、日本では0.07件/千人・年の発症が認められる。事故を起こさない乳幼児や青年も含めた統計だが、欧米に較べて低い。simvastatin内服者を前向きに観察したJ-LIT研究での心事故率は、女性の割り合いが多いので実際よりも低く出ている可能性があるが、1次予防群で0.91件/千人・年で、二次予防でも4.45件/千人・年であった。これから中間結果が発表される、糖尿病者へのライフスタイル介入を行った厚生省班研究のJDCS(Japan Diabetes Complication Study)では4年で虚血性心疾患65名と脳血管障害53名の発症があり、6.31件/千人・年の心事故があったことになる。HMG-CoA還元酵素阻害薬内服者の二次予防と同様の高事故率にあたり、Finish Studyほど高率では無いが、非糖尿病者の二次予防群と糖尿病者の一次予防群はほぼ等しいと言う傾向は日本でも同じと考えられる。
 NIPPON DATEでの検討でも10mg/dlの血糖上昇で男性で6%、女性で5%の冠血管事故の増加が報告されている。そのため、日本糖尿病学会・動脈硬化学会合同委員会では血糖コントロールの目標を「可能な限りの正常化:HbA1c 目標≦5.8%、上限<6.5%」とおいている(table1)。日本糖尿病学会の基準の糖尿病型よりも低い値から心血管事故は増えることが報告されており、例えば久山町研究ではHbA1c 5.5%を越すと増加傾向が認められるので、目標が低く設定されている。

食事療法

 糖尿病の食事療法は他の生活習慣病と大きく変わる点はない。身長(m)x身長(m)x22で理想体重を算出する。入院中のように身体活動度が制限される場合は理想体重(kg)x25kcal、外来では日常生活の身体活動度によっては理想体重(kg)x25~27kcalのカロリー制限をお願いする。高血圧・高脂血症により塩分制限やコレステロール制限を加える事もあるが、これは糖尿病の無い患者でも同様である。脂質は20~25%、蛋白は25~30%、糖質は45~55%になるように、食品交換表に基づいて、様々な食品をバランスよく取る。
 糖尿病の場合、腎症が進展している場合もあり、その場合には野菜などカリウムの摂取や蛋白に制限を加える必要が出てくる。

運動療法

 運動自体で余分なカロリーを燃焼させるのも一つの利点である。20分以上続く有酸素運動をお願いする。ただし、1万歩でも200kcalに過ぎない。トレッドミルでも馴染みのあるMETsという言葉を患者さんへの説明に用いると理解が進むと思われる。
 それよりも、筋肉が増えて基礎代謝が増える事で、得られる効果の方が大きい。
 運動療法は様々な副次的な利点がある。インスリン抵抗性が改善するが、Glut4の発現の増加や筋肉などの末梢の血流の増加、安静時にも発熱量の多い筋肉の量の増加が、その背景にあると考えられる。また、運動療法で交感神経が賦活化されるとドパミンの増加が認められNa利尿を促すとされる。
 脂肪を燃焼させる有酸素運動は、理論的にはトレッドミル試験中に耳朶でも簡易に測定できる乳酸濃度を測定し嫌気性代謝閾値を求めてその速度を守って15〜20分続けて頂くのが望ましいが、もっとも簡便で存外に正確なのは「ニコニコしていられる」運動強度である。Borg係数で6~20の真ん中13が嫌気性代謝閾値に相当するとされている。ラジオ体操や平地歩行、階段昇降やトレッドミルを行って、16cmの直線の何処かを差して頂き、それを元にBorg係数を患者に教えて、このくらいの運動強度で週3〜4回行いましょうと指導する。


自覚的運動強度のスケール (Borg scale)(例) どんな気持ちか指を差して下さい

  6--7--8--9--10--11--12==13==14--15--16--17--18--19--20
(^ ◇^) (^ o^) ( ^ v^)(^^-^) (^ヘ^)(`_´)(;・・)(;`O´) (;>ω<)
なんでもない    運動して気持ち好い  ちょっと辛い    辛い   酷く辛い

 

あなたの自覚的な運動閾値 運動強度(METs)  運動・日常生活動作の例
---------------------------------------------------------------
                  1   テレビや読書
                  1.5   車の運転や事務
                  2.0   電車の中で立っている
                      電気掃除機や洗濯機の家事
                      台所仕事

                  3   草むしり
                      バレーボール
                      野球の野手

                  3.5   平地での自転車

                  4.0   ハイキング
                      平地での早足
 
                  4.5    雑巾がけ
                       布団の上げ下ろし
                       ラジオ体操

                  6.0   階段昇降
                       卓球
あなたの自覚的運動閾値           ゴルフ(丘陵)
*********************************************************
                  9.0    水泳
                       長距離走
                       バーベルやダンベル体操
----------------------------------------------------------------


基礎代謝率:睡眠中の代謝率(平均値)

15才で男性 31kcal/kg・日、女性 29kcal/kg・日
30才で男性 24kcal/kg・日、女性 23kcal/kg・日
60才で男性 21kcal/kg・日、女性 19kcal/kg・日


消費カロリーの計算例

30才65kgの男性が15分間ラジオ体操すると
Z(METs)x 時間(分)÷24(時間)÷60(分)x 体重(kg) x 基礎代謝率(kcal/kg・日)=消費カロリー(kcal)
4.5 (METs)x 15(分)÷24(時間)÷60(分)x 65kg x 31(kcal/kg・日)=94.5kcal


METsをみるとラジオ体操は4.5METsと運動強度が高い。職場のラジオ体操が省略される傾向にあるが、どんなに忙しくてもラジオ体操をする程度の時間はとれる筈であるので、「週末だけの運動」や「ジムだけでの運動」に陥らないようにお話しする。
 HDLコレステロールは運動で増加するが効果は3日が限界であり、筋肉量もデコンディショニングを来せば、十分な基礎代謝の増加は望めないので、毎日1万歩というわけに行かなくても、様々な種類の運動を取り入れて運動の無い日は作らないようにお願いする。
 運動の強度そのものよりも、特にゴルフのパターに見られるように、競技による心理的負担の方が心事故を引き起こし易い。食事運動の失敗を運動で取り戻すような過度の運動療法は、膝など障害を増やす恐れが高い。

薬物療法中のSick day指導

 具合が悪いのが感染症であれば、TNF-αなどの炎症物質がインスリン抵抗性を上げて、血糖を上昇させてしまう事が多い。尿糖だけで無く、他の体液(唾液、喀痰、腹水、髄液)も血糖に比例してブドウ糖濃度が上昇する。すると病原体の増殖速度があがる。宿主の免疫も白血球の遊走能や活性酸素産生能の低下を来す事が知られており、250mg/dlがその閾値と言われている。そのため血糖が高ければ菌血症の頻度も増加する。
 van den BergheはICUでの観察で菌血症の頻度を、平均103mg/dlの強化治療群では4.2%だが、平均153mg/dlの通常処置群では7.8%であったと報告している。ちなみに、心血管手術目的の入室者の死亡数を見てみると、強化治療群では10名(2.1%)だったが通常処置群では25名(5.1%)だった。慢性期のみならず、CCU/ICUでも厳格な血糖コントロールを行う必要があると思われる。
 経口血糖降下薬を使用している場合は、インスリン抵抗性改善薬(チアゾリジン誘導体やビグアナイド製剤)やαGI薬は休薬を原則とする。スープやジュースで消化の良い物でカロリーを補いながら、スルフォニルウレア薬などのインスリン分泌を促す薬は摂取カロリーに応じて減量しつつも継続する。1500kcalの指示のところ、グリベンクラミド7.5mg 3xなら500kcal取れたら2.5mg 1xのようにお願いする。
 インスリンを使用している場合は食事量が1/3未満であれば1/3量、1~2/3であれば半量を、2/3以上であれば通常量を使用して頂く。通常は食前にインスリンを皮下注射するが、Sick dayでは食事量によってインスリン量が異なるので、食後に打つようにお願いする。各食前の血糖測定をお願いして、血糖が200mg/dlを超えるようなら1〜2単位のインスリン増量を指示する。Basal-Bolus法を行っている患者では寝る前の中間型/持続型インスリンは極力通常量打って頂き。血糖が80mg/dlを下回る様であれば、1単位の補食の後にインスリン注射をして頂く。
 摂取が著しく困難であれば、内服療法中でもインスリン療法中でも、入院してブドウ糖とインスリンの入った補液を行い、速効型インスリンでスライディングスケールを施行する。

終わりに

 STOP-NIDDMやDPPといった糖尿病発症予防トライアルの成績では、薬物の効果よりも、強力な生活指導群の方が、良い成績を挙げている。それも、運動と食事の両輪が組み合わさった時に最大の効果を発揮している。
 生活習慣の介入は高脂血症や高血圧など他の危険因子の軽減にも役立つ。


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