化学物質を振り返る

2018年10月産業医講話

試薬瓶や廃液瓶の飽和有機溶媒濃度を考える

 真空引きやオーブンの排気部分などでは有機溶剤の濃度が高いことが有ります。  また瓶の中では蒸気が充満するので、蓋を開けて分注するときに瓶から立ち上る有機溶剤濃度は、瞬間的に高くなることが想定されます。瓶を開けるとき「しゅ」と音がすればそれだけ蒸気圧は上がっている訳です
。  温度や気温など、蒸気曲線の条件が様々なので、極端な例で計算します。瓶の中が単一の溶剤の飽和蒸気になっている場合で常温常圧(20℃1気圧)という場合です。
 呑めるアルコール、エチルアルコール100%の室温の飽和蒸気圧は59.3mmHgです。500mlの試薬瓶の中では7.8容積%のエタノール蒸気が最大含まれ得ます。
 これは一応燃焼範囲です。試薬瓶の口に種火をもっていくと瓶の中で引火してポンっと音がする筈です。ステーキを焼くときのボッという炎、フランベと一緒です。燃焼範囲から外すためには1200ml以上の空気で薄めてあげる必要があります。ppmの単位で表すと7万8千ppmになります。作業に関する許容濃度1000ppmに下げるには39リットルの空気で希釈する必要があります。
 なお、飲酒運転で捕まる0.15mg/Lというのは78ppmです。
 500mlの小瓶にガロン瓶から分注する作業はそれほど特別とは思わないでしょう。しかし、小瓶の中の気体が飽和蒸気圧の有機溶剤なら分注している最中の目鼻の空気は場合によっては作業許容濃度を超すこともあります。溢さないように近付けてみれば尚更です。分注する一斗缶やガロン瓶から出てくる蒸気もあります。廃液瓶に捨てるときは内容が判らないので蒸気の中味も不均一になります。8時間常にその作業をする訳では無いので、超過1秒即違反という訳でも無いですが、作業環境測定で検出されなくても、高い折はあると思い返して下さい。
詰め替えよりも塗布や形成・乾燥の作業の方が当然濃度が高く健康影響が高いのですが、分注ごときでも蒸気は漏れていることも忘れないで下さい。
 もちろん、飽和蒸気圧が高いということは、裏を返せば酸欠空気ということです。7.8容量%のエチルアルコール蒸気+空気なら、1気圧の場合酸素濃度は18.5容量%に減って居ます。容器の継ぎ足しで酸欠は心配しなくても良いですが、タンクやピット、オートクレーブだと酸欠の話も忘れてはいけません。
ましてや札幌のアパマンのジメチルエーテル多量廃棄爆発事件を引き起こしてはいけません。

化学物質防護手袋基発0112第6号 平成29年1月12日

 化学物質防護手袋は液体が染み込んで抜けるのを防ぐだけでは不十分です。
 浸漬試験はピンホールや融けないなどの条件を満たすためには必要です。
 しかし、表面に着いたミストやウエスからの汁は液体のまま手の皮膚に辿り着くだけではありません。気体として手袋の素材の中をすり抜けて行くのです。そのため、JISでは手袋の素材の通過時間を測定して有機溶剤ごとにどの手袋にどの素材を用いるべきか選択の助けにしています。防毒マスクと同じく、通過してしまう時間を破過時間といいます。480分なら通しにくい、10分して通してしまうなら避けた方が良いことになります。
 手袋会社は何を扱う時はどの手袋と言うチャートを用意しています。
 表面を洗い落としても、素材の隙間に入っている気体の溶剤が抜ける訳ではありません。
 極論を言えば手袋の中から高圧窒素で吹き飛ばすこともガスクロマトグラムを思えば可能なのかもしれませんが、製造者の品質保証を伴う訳ではありません。普通そんなことをすれば破けるでしょう。
 作業を中断しても使用可能時間は延びませんし、使用可能時間を超えた手袋は廃棄が推奨されています。
 破過時間は膜の性能なので、屈曲進展や摩擦など物理的な穿孔、溶剤との接触による素材の変性も、別途勘案して利用可能時間を個別に設定する必要があります。
 手袋の素材が良くても袖口から中に入り込むようなら湿布になってしまいます。テープで袖口を塞いでも、制服に有機溶剤が染みている様なら、防護の役は果たしません。
 ポーランドの電子顕微鏡写真と浸漬試験の抜粋です。自動車整備工場でゴム引きの軍手を8時間使うと機械油の浸透量が一桁増しています。第三種有機溶剤ですらこうですから、第二種第一種はどうでしょうか?目でピンホールを見るだけでなく、実体顕微鏡や電子顕微鏡でも、アセスメントしてみて下さい。
 三管理五管理で、健康診断は被害の検出でしかありません。保護具を提供するにしても、事前の計画で、どの物質を使う。その物質を透過し無い素材の手袋は何、実際の作業でどれだけ透過性が変わる。そのような事前のアセスメントが大切で、それにあった作業計画の策定が求められます。
保護が可能な破過時間は作業手袋ごとに定められ、洗浄だけでは駄目かもしれませんし、眼で見える穴ではなく、透過性の変化が保護具としての胆なので、作業者の教育だけでは無く、管理側の計画立案が肝要です。

腎機能障害

2018年11月産業医講話

高血圧

高血圧が続くと、腎臓の中の弓状動脈が硝子化して、腎臓に血が来なくなります。
圧を高くして、細い所を押し通そうとします。腎臓は正常血圧の積りでも、他の臓器が高血圧になり、心臓も無理して圧を高めるので心筋が肥大し、柔やかさが失われます。
硝子化や心肥大が起こる前から、血圧を下げてあげる事で、臓器は長持ちします。
心臓が肺からの酸素に富んだ肺静脈血を開いて吸い込むのですが、心筋が堅くなると拡張障害と言って引き受けられなくなります。そうすると肺にうっ血して酸素を十分運べなくなります。
腎臓が硬くなり、機能が落ちると塩分水分のバランスが取れなくなります。心肥大の浮腫と腎臓の浮腫が相俟って、息切れを起こし易くなります。
心不全や腎不全になってからの治療は困難です。予め降圧薬を呑んで心臓と腎臓を労わりましょう。
心不全や腎不全が発症してから食養生を学んでも実践は困難です。子育て食育から、若くて高血圧も糖尿病も無いうちから、調味料に頼らない食事を積み重ねましょう

糖尿病・高脂血症

毛細血管が破綻しタンパクが漏れ出します。それが進むと、糸球体が線維化を起こします。糸球体の数が減るごとに濾過率が低下します。線維化は間質の尿細管にも生じて血が酸性に傾き老廃物が貯まる尿毒症に至ります。
毎年1万人の糖尿病患者が透析導入されます。健診でみつかる蛋白尿(顕性たんぱく尿)から腎不全への進行を回避するのは至難の業です。
糖尿病の投薬を忌避し続けて蛋白尿が出てから治療を始めても透析を免れるのは困難です。
血糖だけでは無く、微量アルブミン尿や眼底も定期的に診察しながら、必要な時期には必要な薬物治療を行い。薬物治療を中止する時期があっても、アルブミン尿や眼底の検査は絶やさないようにしましょう。
糖尿病は血管の動脈硬化を起こすので入口の腎動脈にコレステロールから生じる粥腫による動脈の狭小化を伴う事もあります。
大動脈や心臓の弁の石灰化・粥腫・血栓や稀に血管に感染した菌塊が、剥がれて飛来する塞栓症で、腎臓の梗塞を起こすこともあります。

尿酸・尿路結石

尿酸は、痛風と言って関節炎が有名ですが、腎臓にも蓄積します。尿細管の周りにキラキラ光る針の様に結晶になって刺さります。
その結果起きる腎不全を痛風腎と言います。
尿酸は尿に捨てます。しかし排泄された尿酸は脱水の状態だと再吸収されやすく血の中に戻ってきてしまいます。アルコールの中のプリン体より飲酒に伴う脱水による再吸収の方が高尿酸血症の要因としては高くなります。
尿に捨てた尿酸は水分が少ないと溶けません。肉の中の硫黄が硫酸となって尿に排泄されます。タンパクが多いとおしっこが酸性になって尿酸が溶けなくなります。野菜の中の重曹も尿の中に出てきます。重曹は尿酸を溶かしますが、野菜が少ないと尿がアルカリ性にならないので、やはり尿酸が溶けません。溶けないと排泄低下で高尿酸血症になるほか、尿の中でコーヒーの溶け残りの砂糖の様にジャリジャリした結晶になりやがては結石になります。動けば痛いし血尿も出ますが、尿路を塞ぐと腎後性腎不全になります。
シュウ酸(野菜のアク)も尿路結石の原因になります。茹でる、カルシウムと一緒に茹でたり食べると、シュウ酸カルシウムになって、シュウ酸が吸収されずに、そのまま便に出て行ってくれます。

尿細管障害

有機溶剤は尿細管で再吸収されてしまいます。その時、尿細管の上皮の中で局所的に有機溶剤の濃度が高くなり、有機溶剤のもつ発がん性などが顕著に出易くなります。
蛋白尿や血尿がみられるほか、酸塩基平衡を司る尿細管障害で血が酸性に傾き、低カリウム高クロール血症になることもあります。
馬尿酸など肝臓で代謝された有機溶剤は尿細管から酸として分泌して棄てられます。尿細管が痛むと廃棄できずに血中に残り易くなります。
資材としての有機溶剤に限らず、タバコのタールも尿路に排泄されます。そのため、有機溶剤による発がんと同じく、喫煙者は膀胱がんや腎盂がんが多く見受けられます。

運動と熱中症・横紋筋融解・溶血

無酸素運動(50mダッシュや剣道)では腎血管の攣縮(痙攣)による、血尿の無い腎不全があります。この時、腎臓が酸欠になるので腰痛も伴います、湿布を含む痛みどめは腎血流を更に落とすので腎不全を加速します。
マラソンや熱中症では脱水に伴う腎前性の腎不全に、筋肉の融解で出て来たミオグロビンが尿細管に詰まる腎後性の腎不全が重複します。ミオグロビンのためにコーラのような濃い褐色の尿になります。地震で建物に押し潰されたり生き埋めになった時は同じように挫滅した筋組織が腎不全を起こすことが知られています(クラッシュシンドローム)
溶血性大腸菌(O157)などの食中毒では、菌が出す志賀毒素が内皮機能を低下させ、血栓が出来やすくなります。赤血球を壊して、ヘモグロビンが尿に出てきます。コーラのような濃い褐色の尿になります。下痢と混ざると区別しにくいですが、糸球体の内皮が損なわれると腎機能が低下し、脳血管の内皮が損なわれると意識障害や痙攣が起きます。
十分な補液で洗い流す様にしてあげて、脱水を改善するのですが、腎機能が落ちてしまうと透析するしかありません。

検診で調べるのは尿糖・蛋白尿

健康診断で蛋白尿があったら、血尿を伴っているか?再検査しましょう。
血尿や様々な円柱と言う沈渣を伴っているときは、免疫に起因する糸球体腎炎になっている場合があります。
アルブミンが主体の時で血尿を伴っているときは、IgA腎症などさらに細かく調べて行きます。
アルブミン以外のL-FABPやNAGなどが高い時は間質(尿細管)が原因になります。
免疫の病気のうち、関節リウマチなど膠原病では尿細管の線維化が主座の事があります。

過重労働面談

2018年12月産業医講話

平成31年4月の法改正で年間残業時間上限の枠が設定されます。今までは法ではなく大臣告示でした。
長時間労働者への産業医の関与を強化し、産業医による面接指導等が確実に実施する必要があり、上限を設定しない管理監督者や技術開発担当者についても、労働時間管理を電子的に行い帳票を整理する必要があります。出勤簿のような形ではなく、証拠能力の高い方法を整備する必要があります。
新商品開発などについても、労使の協議機関である労働時間等設定改善委員会を独立して設置し、合意を文書に残す必要があります。今までは指針でしたが「新商品だからノーカウント」ということや指摘されてからの遡及的整備は不可です。

長時間労働者への産業医の関与を強化し、産業医による面接指導等が確実に実施されるようにするため、下記の点が変更されます
【変更点1】事業者が全ての労働者(管理監督者やみなし残業代対象者も例外にしない)の労働時間の状況を把握
【拡充】 ※ガイドラインから法律に格上げ
【変更点2】事業者が産業医に残業時間80時間/月超の労働者の情報提供
【拡充】 ※省令から法律に格上げ
※面接指導の対象となる残業時間の基準を100時間/月超から80時間/月超に強化
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