日本循環器管理研究協議会雑誌Vol.34 No.2 Apr.1999
10年前の総説です。最新の事情を個々情報収集し直して下さい。
始めに
糖尿病患者を含めれば、インスリン抵抗性=高インスリン血症ではない。インスリン分泌不全をともなう場合でも、インスリン抵抗性は存在することが多い。
非糖尿病者では高インスリン血症がインスリン抵抗性の指標となりえるが、正確なインスリン感受性を知るには、SSPG, glucose clumpなどの検査が必要である。
肥満、高血圧、高脂血症の合併がある場合、インスリン抵抗性を共通の背景としている場合が考えられ、動脈硬化症(虚血性心疾患や脳血管障害など)を発症する基盤となっている。
1)インスリン抵抗性評価法
1-1)IRI値、c-peptide値
空腹時IRIは2~10μg/dlが正常であり、それをこえる場合、インスリン抵抗性をインスリン過剰分泌で代償していると考える。空腹時は正常でも、食後高血糖にたいして代償するために2時間値のインスリン追加分泌の上昇する場合もあり、指標として採用する論文も多い。どちらも、分泌不全を伴う場合は必ずしも有効な指標とならない。
1-2) Σ0->180 IRI (1)
空腹時のみならず、負荷後のインスリン分泌も検討できるので、OGTTでのΣBS, ΣIRIの検討は有用である。インスリン分泌が遅延する場合があるので、180分まで30分おきにIRI, BSの両方を測定する。1-3)HOMA-R ( homeostasis model assessment (2))
HOMA-Rも疫学的研究で良く用いられる。一回のみの採血で費用も含め、負担が少なくてすむ。進行した重症の糖尿病患者を対照に含めるとglucose clampなどとの相関性が低下することがある。糖毒性や膵疲弊のため、進行した重症の糖尿病患者では、内因性インスリンの分泌不全のため、値が低く出る可能性があるためである。HOMA-R=IRI (μu/ml ) ÷ 22.5 e -ln FBS(mmol/L)が用いられるが、HOMA-R=IRI (μu/ml ) ×FBS (mmol/L)÷22.5やHOMA-R=IRI (μu/ml ) ×FBS (mg/dL)÷405をしようする施設もある。2)グルコースクランプ(図1)
グルコースクランプ(3)は、血糖を200mg/dl(若くは空腹時血糖+125mg/dl)に保つhyperglycemic clampと血糖を100mg/dlに保つeuglycemic-hyperinsulimenic clampに大別される。hyperglycemic clampでは15分間隔での採血でインスリンの初期分泌とclamp staegでのインスリン濃度からインスリン分泌予備能がもとめられる。
euglycemic-hyperinsulimenic clampは血中インスリン濃度を100 micro u/mlに保った時、肝臓での糖放出が10%以下抑えられる(0.2~0.4mg/kg/min)。1.0mU/kg/minまたは40mU/m2/minのインスリン注入速度で目標インスリン濃度に到達できる。血糖が一定であれば、外部からの糖注入率(GIR; glucose infusion rate)が、筋を中心とした末梢での糖吸収率と看做すことができる。GIR(mg/kg/min)がインスリン抵抗性の指標のM値となる。実際にはインスリン濃度は患者間・アッセイ間で異なるのでM値(glucose metabolism)をsteady stateでの血漿インスリン値で割ったM/I値、steady stateでの血糖でM値を割ったMCR(glucose metabolic clearanse rate)も併用する。
血中インスリン値によりM値に容量依存性に変化するので、two-dose set up clampを行い2つの異なるインスリン濃度(IRI)に対するM値の変化の傾きS1p; (M2-M1)/(IRI2-IRI1) x BSを採用する施設もある。その場合前半のインスリン注入速度は0.56mU/kg/min、後半のインスリン注入速度は1.12mU/kg/minとする。
肝臓での糖新生を正確に見るためには、3Hブドウ糖を非放射性ブドウ糖とともに注入しトレーサーの消失率とGIRの差から糖新生を測定する。 OGTTを併用することで、肝でのブドウ糖吸収率 hepatic glucose uptake (HGU) を算出することもできる。steady stateに到達した後、経口ブドウ糖負荷を行う。GIRの減少の和;ΣΔ GIRが末梢への吸収分になる、経口摂取したブドウ糖(x)との差、X-ΣΔ GIRが肝臓への取り込みに相当する(4)。
18F-2deoxy-D-Glucose(FDG)をトレーサとしてPETを用いて、心筋や骨格筋の特定部位のブドウ糖取り込み能の検討が行われている。hyperinsulinemic-euglycemic clampを施行し、stedy stateに入ったあとFDGを緩徐に静注する。血中FDG濃度をバックグランドとして補正しながら、経時的に関心領域のFDGを測定する(5)。また、 [1-13C]glucoseを使いmagnetic resonance spectroscopy (MRS)を用いて、肝でのグリコーゲン合成を測定する方法も、報告されている(6)。
3)SSPG:stedy state plasma glucose法
最初はエピネフリンを使用した方法としてShiao-Wei Shen らの開発された。エピネフリンによりインスリン・グルカゴン分泌を抑制するのだが、末梢へのエピネフリンの作用によるインスリン抵抗性の上昇が問題であった(7)。現在では、もっぱらOcteroide acetate (サンドスタチン)をもちいる変法が用いられる。 正常値は何れも100mg/dl前後とおもわれる。90~120分以降のsteady stateの1点または複数点の平均をSSPG(mg/dl)として評価する。
3-1)Octeroide acetate をもちいる場合(8)
12%ブドウ糖液に塩化カリウムを5mEqになるよう加え、5ml/kg/minの速度で点滴する。
試験開始時に7.5mU/kgの速効型インスリンを急速静注し、シリンジポンプを用いて側管から、0.77mU/kg/minの速効型インスリンと150μg/body/2hrのサンドスタチンを持続注入する。0分, 30分, 120分の三点で血糖を測定する。開始後2時間弱で血糖が定常状態になるので、血糖2時間値をSSPG値(正常値<110mg/dl)として用いる。グルコースクリアランス=600/SPSS(ml/kg/min)を換算式として、グルコースクランプ法と比較検討可能である。グルコースクリアランスは正常値54~160となっている(図2)。
3-2)Somatostatin をもちいる場合(9)
ブドウ糖を6mg/kg/minで持続点滴する。速効型インスリンHumalin R を0.77mU/ kg/minで持続点滴する。 somatostatin 125μg を検査開始時に静注し、somatostatin 250μg/hrで持続点滴する。75gOGTTで正常型の場合:73+/-8mg/dl, IGT:137+/-23mg/dl, 未治療の糖尿病型:184mg+/-24mg/dl が参考値である。
4)IVGTT/minimal model test:
早朝空腹時に体重あたり0.3g/kgのブドウ糖を静注する(10)。肝の糖新生のため、euglycemic hyperinsulinemic glucose clampとの相関が0.54と低いので、20分目にトルブタミド300mg/body(11)、もしくは速効型インスリン50mU/kgを静注する変法がある。こちらは、clampと相関が0.85~0.9と高い。
1分から5分毎に30回以上血糖を測定し、血糖消失曲線を描き、Pacini, Bergmanの開発した専用の解析ソフト(MINIMOD(12))を用い非線形最小二乗法モデル(Marquardt algorithm: minimal model(13))にあてはめて、インスリン感受性 SI.を算出する。
75g OGTT境界型の患者では少ないが、糖尿病型の患者では、静注後急速に600~800mg/dlまで血糖が上昇し、頭痛悪心を覚えることが多く、注意を要する。(図3)
5)insuline torelance test (ITT)
インスリン受容体異常症ではインスリン抵抗性をしめす。異常インスリン血症では正常から過敏反応まで様々である。インスリン抗体を持つときは低〜無反応である。低血糖に伴う、拮抗ホルモンの分泌の影響を受け、糖尿病合併症が低血糖時に悪化する可能性がある。
5-1) K index of ITT(KITT)は、r=0.881とグルコースクランプとの相関がよく、短時間で低予算で施行可能である(14)。(図4)
前日までは普通の食事をし、一晩絶食とする。当日空腹で内服やインスリン注射を止めた状態で試験をする。0.1 u/kgの速効型インスリンを静注する。採血は、開始前と3, 6, 9, 12, 15 分の6点行う。試験後の低血糖を防止するため、ブドウ糖液の静注や50gのトレーランGなどブドウ糖液を飲んでもらう。
血糖消失曲線を描き、最小2乗法で半減期;T 1/2(分)を求め、KITT = 0.693 / T 1/2 となる。正常は5〜6% / minとなる。
内因性インスリンに依存しないので、インスリン欠乏状態のインスリン抵抗性も明らかになるが、低血糖による拮抗ホルモンの分泌でインスリン抵抗性が過大評価されたりることもある。低血糖による糖尿病合併症の増悪の可能性にも配慮する必要がある。
5-2)insulin sensitivity indexは[開始時血糖ー最低血糖](mg/dl)÷最低血糖になるまでの時間(分)でしめされる。またブドウ糖の半減期を用いることもある。
最後に
人工膵臓の実施料は5000点であり、拘束時間は2時間を超え、hyperglycemic clampやtwo-dose set up clampを施行したり肝糖放出率をみるためには更に2時間の試験時間の延長が必要となる。低血圧・低血糖や高血糖の事故も皆無ではない。インスリン抵抗性の測定が、本当に治療上不可欠であるという証拠はEBM(evidence based medicine)の上では証明されていない。様々な試験法を述べてきたが、負担を被る患者への説明と同意を十分に取り結ぶ事を忘れないよう心がけたい。
参考文献
(1)Yamada N. et . Increased risk factors for coronary artery disease in Japanese subjects with hyperinsulinemia or glucose intolerance. Diabetes Care.1994 Feb; 17(2): p107-114
(2)Matthews DR. et al. Homeostasis model assessment: insulin resistance and beta-cell function from fasting plasma glucose and insulin concentrations in man. Diabetologia.1985 Jul; 28(7):p412-419.[pdf]
(3)DeFronzo RA. the Glucose clamp technique : a method for quanifying insulin secretion and resistancce Am J Physiol .1979; Vol. 6.237 :E214-E233.
(4)Kawamori R. et al . Effect of strict metabolic control on glucose handling by the liver and peripheral tissues in non-insulin dependent diabetes mellitus. Diab. Res. lin. Pract. 23:155-161.1994
(5) Yokoyama I. et al. Organ-specific insulin resistance in patients with noninsulin-dependent diabetes mellitus and hypertension. Journal of Nuclear Medicine. 39(5):884-889, 1998.
(6) Beckmann N. et al. Noninvasive observation of hepatic glycogen formation in man by 13C MRS after oral and intravenous glucose.Magnetic Resonance in Medicine. 29(5):583-590, 1993 .
(7)Shiao-Wei Shen et al. Comparison of impednce to insulin -mediated glucose uptake in normal subjects and in subjects eith latent diabetes J.Clin Invest . 1970; Vol.49. p2151 -2160
(8)Harano Y Improvement of insulin sensitivity for glucose metabolism with long acting Ca channel blocker, amlodipine, in essential hypertensive subjects. Metabolism. 44:p315. 1995
(9)Harano Y et al. Glucose, insulin and somatostatin infusion for the determination of insulin sensitivity. Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism., 1977 Nov.; 45(5):p1124-7(10)Bergman RN.et al. Physiologic Evaluation of Factors Controlling Glucose Tolerance n Man. Journal of Clinical Invest. 1981; 68..p1456-1467.
(11)Beard JC ,Bergman RN. et al, The Insuline sensitivity index in Nondiabetic man. Diabetes 1986 Vol.35 March p362-369
(12)Pacini G,Bergman RN. et al.a computing program to calculate insulin sensitivity and pancreatic responsivity from the prequantly ampled intravenous glucose tolerance test. Comput Methods Programs Biomed 1986: 23:p113-122
(13)Marquardt DW, An argorithm for least-squares estimation of nonlinear parameters. J Soc Indust Appl Math, 1963; 11:431-441
(14) Bonora E. et al. Estimates of in vivo insulin action in man: comparison of insulin tolerance tests with euglycemic and hyperglycemic glucose clamp studies. Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism., 1989 Feb;68(2):p374-378.
経口ブドウ糖負荷試験による、インスリン抵抗性の評価法が幾つか試みられている。
一つは重水素を含んだブドウ糖による糖負荷試験でBeysen Cらが研究している[a]。 ブドウ糖が細胞に取り込まれて、糖代謝の結果でてくる血清中の重水を測定し、0時間から3時間までのインスリンのAUC(エリア・アンダー・ザ・カーブ)で割る。
また、ピロリ菌の呼気試験でも用いられる炭素13を含む、ブドウ糖で糖負荷試験を行い、呼気中の炭素同位体比で、糖代謝を検討する方法も、Lewanczukにより提唱されている[b]。
Clapperton ATらがIVGTTでも重水や炭素13での検討を行っている[c][d]。Banerjee Dらが都市部での13Cテストとインスリン抵抗性の検討をインドで行っている[e]。
[a]Whole-Body Glycolysis Measured by the Deuterated-Glucose Disposal Test Correlates Highly With Insulin Resistance In Vivo. Diabetes Care May 2007 vol. 30 no. 5 1143-1149
[b]Comparison of the [13C]glucose breath test to the hyperinsulinemic-euglycemic clamp when determining insulin resistance.Diabetes Care. 2004 Feb;27(2):441-7.
[c]Measurement of insulin sensitivity indices using 13C-glucose and gas chromatography/combustion/isotope ratio mass spectrometry.Rapid Commun Mass Spectrom. 2002;16(21):2009-14.
[d]13C- and 2H-labelled glucose compared for minimal model estimates of glucose metabolism in man. Clin Sci (Lond). 2005 Dec;109(6):513-21.
[e]Correlation of a [13C]glucose breath test with surrogate markers of insulin resistance in urban and rural Asian Indians.Metab Syndr Relat Disord. 2009 Jun;7(3):215-9.