脂質降下療法と血管内皮機能

10年前21世紀初頭の話です。最新の知識は得られ無い。
現代医療第34巻増刊IV p2691-7 2002年

脂質降下療法と血管内皮機能

微小循環と脂質降下療法
 脂質降下療法による血管内皮機能の改善は古くから検討されている。一番簡便で非侵襲的なアセチルコリンによる前腕血流の増加は、アフェレーシス、フィブラート、HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン)、そしてニコチン酸やエコサペンタ酸によっても観察されている。最後の2つはプロスタグランジンを介するもので、閉塞性動脈硬化症の症状の寛解については保険適応を受けている。
 アフェレーシスについては脂質降下と内皮依存性血弛緩反応能はよく相関しており、脂質降下が血管内皮機能を直接改善することを裏付けている。
 一方、スタチンについては、治験によって脂質を低下させた以上の、臨床的な血管イベントの抑制が観察され、この効果:Pleiotropic effectの解明に向けて検討を重ねるうちに、特に内皮型NO産生酵素(eNOS)がもたらす臓器保護効果とスタチンの関係が特に注目されるようになった。また、証明されてはいないが、Jickらの主張するスタチンの痴呆発症減少効果もeNOSの関与が示唆されている[1]。
 動脈硬化症については、狭窄による血流低下という側面の他に、血管壁の炎症や血栓症としての側面も持っている。血管壁への単球の接着や粥腫への遊走が抑制されれば、プラークの安定化が期待できる。また、抗血栓作用のあるt-PAが保たれ、PAI-1などの血栓惹起性因子が少なければ、血栓症も予防され得る。血管内皮からは、収縮作用の強いエンドセリンー1(ET-1)も分泌されているが、スタチンやフィブラートによりET-1の発現抑制が観察されている。場としての内皮の健全性が心血管事故の減少につながるであろう。

アフェレーシスによる効果
 LDLアフェレーシスは体外循環でLDL分画を吸着する方法である。LDLアフェレーシスをすると脂質降下による粥腫の退縮を来す、以前に閉塞性動脈硬化症の症状の寛解が得られる。幾つかの臨床研究の結果、アセチルコリンによる内皮依存性血管拡張が認められ、その効果はNOの産生に強く相関していた他、血中の酸化LDLやLDLの減少率とも相関していた。一方で、硝酸薬投与による血管拡張は変化が見られなかった[2]。
 アフェレーシス後には、単球の接着も60%減少するという報告もある[3]。E-selectin,VCAM-1, ICAM-1といった接着分子の血中濃度もアフェレーシス後、2~4日で低下していた[4]。この事から、内皮の拡張予備能だけで無く、血管壁での炎症も抑制されていると考えられる。

フィブラートによる効果
 bezafibratesを用いた、Jonkersらの検討では、ET-1濃度の低減とcGMPの上昇が認められ、僅かに投与群での血圧の低下が観察された[5]。
 フィブラートの作用により、PPARαは血管内皮に単球が接着させるのを促すICAM-1, VCAM-1といった接着分子の発現も抑制させている。また、nuclear factor-κ Bの抑制を介して、血管内皮や単球での炎症にまつわるサイトカインIL-6の発現を抑制する他、血小板凝集を促進させるCOX-2やET-1の発現も抑制させていると考えられている。

スタチンと血管新生
 動脈硬化の臨床では虚血の改善が側副血行路の発達によって得られる事が知られており、血管新生を促す治療として骨髄幹細胞移植やVEGF,HGFの遺伝子治療が試みられている。スタチンにおいて血管新生が見られるか否か、検討した動物実験の紹介をする。
 simvastatinの投与にて、ブタの実験では冠血管の外膜にある栄養動脈(vaso vasorum)の血管新生が認められる。この実験では、VEGFの発現は正常対照と差がなかったと報告されている[6]。ウサギの下肢動脈結紮実験においてもスタチン投与群での側副血行路の発達がしめされた[7]。βガラクトシダーゼを発現させた骨髄をマウスに移植し、スタチンを投与した上で、角膜において新生血管を検討した所、移植された骨髄由来の血管内皮前駆細胞の関与が示唆された[8]。スタチン投与群での血管新生が促進されており、スタチンに前駆細胞を動員する効果が期待される。
 Matrigel上で血管内皮細胞を培養した場合、毛細血管様に成長するものがAtrovastatinの添加で多く認められた。eNOSの発現は影響されていなかったが、eNOSのリン酸化による機能の変化が、血管新生に関与するのでは無いかと考察されている[9]。eNOSをリン酸化させる酵素としてAkt(protein kinase B)というセリン・スレオニンキナーゼの働きが研究の対象として注目されている。このAktはフォスファチジル・イノシトール3キナーゼ(P3IK)を介してスタチン存在下で活性が高まっている。Aktはまた血管内皮前駆細胞の動員や血管内皮のアポトーシスの抑制を通じて、内皮障害を抑制する方向に働いていると考えられ得る。

 スタチンによる血管新生については、ヒトでの報告はなく、in vitroや動物実験に留まっており、臨床応用に足る効果が実際に安全に利用できるか評価が定まっていない。ヒトにおいても同様の効果が認められるとすると、心筋などの毛細血管網の形成など側副血行路の発達に寄与し、マウスなどで示された様に虚血後の心筋の再構築 (remodeling)にも良い影響を与えるであろう[10]。

スタチンと血小板凝集能の抑制
 スタチンによる血小板凝集の抑制についてはトロンボキサンB2 (TXB2) やGMP-140の抑制を通じて、ADPによる刺激での血小板凝集が改善しているという報告がなされている[11]。また、atrovastatainをマウスに投与すると、1時間の中大脳動脈閉塞後の梗塞サイズが38%減少したとする報告がなされている。この実験では、eNOSの発現が血小板において亢進し、一方で血小板第四因子(PF4)とβートロンボグロブリン(β-TG)の血漿中の蛋白量が減少していた。これらの事から、梗塞サイズの減少には血小板機能の影響も関与していると考えられる。PF4とβ-TGの変化はeNOSノックアウトマウスでは観察されなかったので、スタチンのもたらす血小板凝集抑制作用はeNOSを介していると想定される[12]。

スタチンとエンドセリン
 スタチンはエンドセリン産生にも影響を与えている。fluvastatinはヒト臍帯由来の血管内皮細胞での検討で、0.01~1μmolの濃度でエンドセリンの産生を抑制する一方で、血管を拡張させる方向に働くプロスタサイクリン産生を高めた[13]。simvastatinを用いた検討でも培養ウシ血管内皮細胞でのpreproendothelin-1の発現を最大70%、ET-1濃度を最大50%抑制された。simvastatinによるET-1の抑制はコレステロールや酸化LDLの添加では、みられなかった。メバロン酸の添加で抑制効果は打ち消された事から、simvastatinによる、preproendothelin-1遺伝子発現抑制にはRho蛋白を介する機序が想定されている[14]。
 ヒトにおいて、以上のような細胞での実験結果を実際に応用可能であろうか。
 中村らは、cerivastatinを投与した2型糖尿病患者で、ET-1の減少と平行して、尿中微量アルブミンの減少が観察したと報告している[15]。
 Gloriosoらは、中等度高血圧と高脂血症を合併した患者を対照にしたpravastatinを用いクロスオーバー試験にて、収縮期血圧が8mmHg低下するという結果を示した。ただし、彼らはエンドセリン-1濃度の変化と血圧の変化には相関がなかったと報告している[16]。
 両者は、研究対象も使用したスタチンも異なるが、意見の一致が見られていないので、スタチンとエンドセリンの関係については、今後も慎重に検討が重ねられるべきと思われる。

スタチンとeNOSの関わりについて
 江頭らは脂質降下療法の目的でpravastatinを投与中の患者を対象に冠動脈造影を行いアセチルコリン(Ach)を注入しAchによる冠血流量と冠動脈径の変化を検討した。平均総コレステロールは前値の272mg/dlから187mg/dlに改善し、pravastatin投与前に較べて投与後の方が冠血流量が多かった。Achによる冠攣縮もpravastatin投与後は軽減していた。血管内皮非依存性の変化を示す亜硝酸剤やpapaverineでの検討では、pravastatin投与前後での有意な差は認められなかった。また、スタチンを投与していない患者(平均総コレステロール218mg/dl)ではAchへの反応に変化は見られなかった[17]。[図1]
 この報告の他、非侵襲的な検討としてAch依存性前腕血流増加などの検討により、スタチンがeNOSを介して血行を維持する方向に働くのではないかと考えられる様になった。
 様々な培養系での検討でも、eNOSの発現がスタチン存在下で増強される事も示唆されており、Rhoを介していると推察されている。一方で、Aktのリン酸化を受ける事で活性が高まるとされている。eNOSは酸化ストレスなどで抑制をうける。例えば、培養ウシ血管内皮細胞にoxLDLを添加するとeNOSは5割強抑制される。スタチンを投与するとeNOSの抑制が緩和される。血管拡張に働くeNOSが亢進し、ET-1が抑制される事で、血行動態は改善する方向に向かうと考えられる。

 脳血管でのeNOSの役割について幾つかの実験を紹介する。
 脳血流を検討した場合、予めmevastatinを投与されていたマウスでは最大30%脳血流量が増加しており、eNOSの蛋白量とmRNA量のいずれも増加していた。2時間の中大脳動脈結紮後の梗塞サイズを検討すると、20 mg/kg を14日投与していた場合26%、28日投与していた場合37%の梗塞巣減少効果が認められた。梗塞サイズと血中総コレステロール濃度の間に相関は見られなかった[18]。
 レーザードップラー血流計での脳血流を測定した検討では、L-arginine刺激にeNOSノックアウトマウスは反応しなかった。野生型の対照としてSV-129マウスを検討すると、L-arginine刺激後に26%増加した。さらにsimvastatin 2mg/kgを14日投与するとL-arginine刺激後に38%の血流増加が観察された。実際の脳血流量は 86 +/- 7 mL/100 g・分 から119 +/- 10 mL/100 g・分に増加していた。ここでもスタチン投与で脳血流量が増加し、eNOSの関与が示唆されていた。また、動脈結紮後の梗塞部位での血流量もsimvastatin群の方が保たれていた[19]。梗塞サイズの減少はeNOSノックアウトマウスでは観察されないことから、eNOSの発現増強は脳梗塞において保護的に作用していると考えられる。

 ヒトではスタチンによる脳梗塞の予防については、現在の所、虚血性心疾患患者での新規脳梗塞発症を予防する効果が確認されている。残念ながら、心血管事故を起こしていない患者での1次予防効果は確認されていないが、高齢者に於ける認知能力の維持(PROSPER)や脳血管障害後の再発予防効果(SPARCL)での検討結果が待たれる。
#PROSPERでは脳梗塞や認知機能の維持については差はでなかった。

スタチンと小分子量G蛋白
 スタチンは、その名の通りコレステロールの合成の途中でHMG-CoAを代謝する酵素を阻害して、メバロン酸を減少させる。
 コレステロール合成経路の下流にあるファルネシルピロリン酸(FFP)はRasを修飾し活性化させる作用が知られており、ゲラニルゲラニルピロリン酸(GGPP)は、RhoやRapなど修飾する。これらの小分子量G蛋白は細胞の分化増殖に関与している。
 イムノブロットアッセイの検討ではRhoのゲラニルゲラニル化をスタチンが妨げることが報告されている。これらのG蛋白修飾抑制は中間代謝産物であるFFPやGGPPなどの減少によると考えられている。メバロン酸投与により、eNOSの亢進などRhoを介した効果が、多くの実験で減弱する事が観察されている[図2]。

HMG-CoA
↓�スタチンによる阻害
メバロン酸



ファルネシルピロリン酸 → ゲラニルピロリン酸
 ↓      ↓     + イソペンテニルピロリン酸
スクワレン  Rasのファルネシル化       ↓
 ↓                ゲラニルゲラニルピロリン酸
コレステロール                 ↓
                  Rho, Rapなどのゲラニルゲラニル化

┌────────────────┬─────────────────┐
│  ゲラニルゲラニル化蛋白   │    ファルネシル化蛋白    │
├────────────────┼─────────────────┤
│                │                 │
│  Rho (細胞骨格の維持)    │   Ras (細胞増殖・分化)    │
│                │                 │
│Rap(血小板活性化・ラジカル産生) │   イノシトール3リン酸5リン酸│
│                │                 │
│  G 蛋白γサブユニット    │   ペルオキシゾーム      │
└────────────────┴─────────────────┘

 個々の現象を捕らえると血管内皮機能の改善など、「良い副作用」をもたらしている様に見受けられる。しかし、Rhoの場合は細胞骨格に関わる蛋白であるなど、これらの小分子量G蛋白は生体の維持に広く関与している。過度に干渉することで、全体のバランスを崩す事がないか、Pleiotropic effectの臨床応用には、注意深く臨床知見を集積してからの方が、無難であろう。

終わりに
 微小循環は、eNOSなどの血管拡張予備能、t-PAなどの線溶系の促進とPAI-1などの凝固系の抑制、炎症細胞の侵入を促すICAM-1などの接着因子の発現など、多様な機能が組み合わさっている。何れの系においても、スタチンを初めとする脂質降下療法は、血行動態を改善する方向に働いており、有用と考えられる。

 スタチンの持つ脂質降下作用は、コレステロール合成の阻害には直接起因しない事を銘記する必要がある。特に肝細胞内で、細胞内コレステロール減少によって半ば代償的にLDL受容体の発現亢進を起こし、LDLのクリアランスを増加させる事で血中のLDLコレステロールの減少が達成される事に留意すべきであろう。そして、開発当時からげっ歯類とヒト・ニワトリの脂質降下作用の違いが指摘されており、種差の問題も解決しないといけない。
 我々の総コレステロール値は160mg/dl以上あるが、in vitroの実験では培地に10%のウシ血清が加わっているに過ぎない。健康牛の総コレステロール値は150mg/dlで、細胞培地中のコレステロールは我々ヒトの値に比較にならない程低い。多くのin vitroの実験ではメバロン酸の添加での作用減弱が記載されているが、培地には通常含まれていない。

 薬物の投与のみではなく、他稿で述べられていると思われるが、食事療法や運動療法についても、eNOSの発現増加など同様の改善効果が報告されているので、生活習慣の改善がまず第一に求められる事を忘れてはいけないと思われる。


文献

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