糖尿病における心疾患

循環器疾患 最新の治療 2004-2005

糖尿病と心血管事故の疫学

 糖尿病者へのライフスタイル介入を行った厚生省班研究のJDCS(Japan Diabetes Complication Study)では4年で虚血性心疾患44名と脳血管障害40名の発症があり、6.1件/千人・年の冠血管事故と5.3件/千人・年の脳血管障害があったことになる。ちなみに高脂血症患者への介入試験であるJ-LITは1次予防群0.91件/千人・年であり、2次予防群では二次予防でも4.45件/千人・年であった。虚血性心疾患2次予防群の心血管事故再発頻度と糖尿病者の1次予防群の心血管事故発生頻度はほぼ等しいと言える。
 では、どの位の期間に渡り高血糖が続けば虚血性心疾患をを含む心血管事故を発症するのであろうか。
 早川らが虎の門病院で1型糖尿病患者(n=102名)を検討した。16.7%に心血管事故をみとめ、うち虚血性心疾患は9.8%(10例)に発症した。10年未満の群には心血管事故は認めなかったが、10~20年22%(6/27)、20~30年30%(6/20)、30年以上56%(5/9)と罹患期間が長いほど頻度が増多していた。
 2型糖尿病の場合は発症時期が特定し難く、また発症前に境界型糖尿病を含む耐糖能異常や他の危険因子の合併を呈しているものも多い。その時期も動脈硬化は進行し、はっきりと糖尿病罹病期間と心血管事故の関連を掴むのは困難である。その点1型糖尿病における早川らの検討は示唆に富んでいる。
 最近我々は33才で左前下行枝の完全閉塞を来した女性を経験した。この症例では14才から2型糖尿病に罹患し高脂血症を併発していた。若年で2型糖尿病を呈する患者は近年増加しており、1980年代は5名/10万人・年であった中学生の2型糖尿病の有病率は90年代に入り10名弱/10万人・年となっている。短い糖尿病罹患期間では大血管症を発症し難いと言うものの、30才で糖尿病罹患期間15年と言う人口は増加しつつあり、若年で発症する虚血性心疾患例も増えると思われる。この意味でも糖尿病の0次予防・心筋梗塞の1次予防を強力に推進する必要がある。
 日本糖尿病学会・動脈硬化学会合同委員会では血糖コントロールの目標を「可能な限りの正常化:HbA1c 目標5.8%以下、上限6.5%未満」とおいている(表1)。日本糖尿病学会の基準の糖尿病型よりも低い値から心血管事故は増えることが報告されており、例えば久山町研究ではHbA1c≧5.5%を越すと増加傾向が認められるので、目標が低く設定されている。UKPDSでの検討でも細小血管症に較べて低いHbA1cから大血管症の発症頻度が増加している。


table1;糖尿病における動脈硬化危険因子の診療目標 

 ー日本糖尿病学会・日本動脈硬化学会合同委員会ー
         (糖尿病44巻9号p777-781)

1)血糖コントロール
可能な限りの正常化
目標≦5.8% 上限<6.5%

2)高脂血症
心疾患を有する患者;カテゴリーCと同等
LDL-C<100mg/dl, TC < 180mg/dl
HDL-C≧40mg/dl, TG < 150mg/dl

3)高血圧*
高血圧学会ガイドライン130/85mmHg未満

140/90mmHg以上の場合は生活習慣と
血糖管理に平行し同時に薬物療法を開始する。

130-139/85-89mmHgでは生活習慣と
血糖管理を行い、3-6か月の経過観察の後
薬物療法を検討する。

4)その他の危険因子
禁煙を厳守
肥満の改善 (BMI kg/m2)
目標≦22 上限<25

[附記] 境界型糖尿病の場合はカテゴリーBとみなす

* 1g/日以上の尿蛋白を伴う糖尿病性腎症のガイドラインでは125/75mmHg未満


UKPDS

糖尿病性心筋症・心不全

 鄭の報告によると、糖尿病の患者は拡張障害が認められ、虚血性心疾患の合併により収縮障害も認められた。網膜症の有無で比較した場合、収縮能の指標では差が生じなかったのに対して、拡張能の指標では有意差が認められたことから、拡張能のmicroangiopathyの関与が示唆された。
 向笠は僧帽弁閉鎖不全の頻度が糖尿病者で増加している事を報告した(DM20%,対照9.9%)。拡張能の低下と容量負荷が原因としている。その背景には毛細血管レベルでの血管障害がおこり心筋が線維化を起こしているのでは無いかと考察している。
 領家は剖検で糖尿病群では心重量341gと重く心筋線維も20μmと太くなっていることを指摘した。そして60~150μmの心筋の内膜や中膜に増殖性の変化を認め間質線維化・血管周囲線維化が糖尿病による心筋内細小血管病変として典型的な所見であると報告した。
 紀田も糖尿病患者のうっ血性心不全の頻度が6.7%(97例)と高いことを指摘している。女性では男性の2.5倍の頻度で見られた。心不全群では当然ながら虚血性心疾患(93.7%)や腎症(54.6%)の症例が多かったが、網膜症も関係しており前増殖性網膜症以上の男性15.5%・女性28.3%に心不全の合併を認めていた。心不全群では神経障害の指標の一つのRR間隔変動係数が有意に低値であった(CVRR (%); 2.4+/-1.2 vs 1.5+/-0.9)。
 虚血性心筋梗塞後の心不全は糖尿病者の方が合併頻度が高い。糖尿病性腎症が進行すると慢性糸球体腎炎の患者よりも早い時期に溢水をきたして早期に除水を必要とする例がある。インスリン作用不足によるNa貯留が原因の一つとされるがこのような心筋障害も背景に挙げられると思われる。
 この様な潜在性の心疾患を検出する簡便な方法は無いであろうか。門脇らは多施設で糖尿病患者のヒト脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)を検討し、心疾患がある群のみならず、腎症・網膜症・神経障害を有する群でも対照よりもBNPが有意に高い事を指摘し、細小血管症を持つ群には潜在的に心筋障害などが含まれと思われる。BNP≧20pg/mlをカットオフ値として感度62.7%,特異度75.0%で何らかの心疾患や心筋障害の有無を予測し得るとしている。

糖尿病の遺伝子異常と循環器疾患

 CD36は主に血小板や単球に発現し、長鎖脂肪酸の取り込みに関与し酸化LDL受容体の一種である。ChenやCollisらはインスリン抵抗性改善薬のノスカールを投与することで動脈硬化モデル動物での粥腫の退縮をみとめ、CD36の発現が増加している事を指摘している。臨床でも頚動脈中膜肥厚での検討にてインスリン抵抗性改善薬が動脈硬化を抑制することが報告されている。インスリン抵抗性改善薬によるCD36発現は、血糖改善とは違うPleiotropic effectとして注目される。 
 チアゾリジン誘導体はPPARγを介してCD36の発現を亢進させ、oxLDLの取込む。この事は一見動脈硬化巣にある単球の泡沫化を促進させるように思われる。しかし、一方でHDLの増加がみられるように、PPARγ→LXR→ATP-binding cassette transporters(ABCA1)とコレステロール逆転送系の働きも チアゾリジン誘導体によって亢進されている。そのため、泡沫化するどころか、動脈硬化巣のコレステロールの沈着が防がれる、良い結果をもたらすのではないかと考えられる。
 Tobaらの報告ではCD36遺伝子異常は循環器外来の患者296名中type I:12名、type II:16名に認められたと言う。Chibaによると健康ボランティアをフローサイトメトリー法で検討したところ、790名中、type I: 4名0.5%でtype-II:45名5.7%であった。
 CD36欠損症は特に非対称性中隔肥大(ASH)を伴う肥大型心筋症(HCM)での遺伝子異常の一つとして注目されている。また拡張型心筋症でも頻度が多いが、ASHの無いHCMではCD36欠損症が観察されなかったと言う(Tanakaら:HCM with ASH 37.9%, DCM 9.1%, HCM without ASH 0.0%)。
 Miyaokaらは5名の患者にグルコースクランプ法を施行し、CD36異常症のヒトにインスリン抵抗性が存在していると指摘している。
 ただし、心筋シンチグラムで発見されたCD36欠損症患者を多くサンプルに含むとバイアスがかかると言う反論もある。虚血性心疾患患者には、インスリン抵抗性の高い場合がしばしば見られると言う指摘である。Chibaらは75gOGTTでは、遊離脂肪酸に変化が見られたものの、CD36の有無による耐糖能やインスリン抵抗性の違いは認められなかったとしている。
 IizukaとGotodaらは、SHRでみられるCD36の異常がNIHに分与された系統のみで見られ、日本のよりオリジナルに近いIzumo系統ではCD36の異常がないのに、NIHの系統と同様のインスリン抵抗性を示すことを明らかにしている。この点でもCD36とインスリン抵抗性の関連については、一般人口を対象に大きな規模での検討が必要である。
 心筋症を来しうる他の糖尿病関連の遺伝子異常としてミトコンドリア変異症が挙げられる。これはCD36と対照的にインスリン分泌低下を来す。低身長で難聴を伴い母系遺伝の糖尿病を持つ場合、ミトコンドリア心筋症の可能性を考える必要がある。

急性期の血糖コントロールと予後

 効果的な血糖コントロールがはかられた場合、単に動脈硬化を阻止するばかりでは無く、感染症や脱水による腎前性腎不全など副次的な障害を避ける事ができる。
 糖尿病の場合は易感染性や創傷治癒遅延を伴いやすい。静脈グラフト採取部位や胸骨正中切開のたかいを起こす場合もある。治療に時間が掛かる間に褥瘡を呈する例もあるであろう。この様な場合難治性であり、長期に渡る抗生剤の投与の結果、多剤耐性の細菌感染症(MRSEやVRE,緑膿菌やセラチア感染症)を抱えて難渋する例もある。宿主の免疫も白血球の遊走能や活性酸素産生能の低下を来す事が知られており、250mg/dlがその閾値と言われている。そのため血糖が高ければ菌血症の頻度も増加する。
 van den BergheはICUでの観察で菌血症の頻度を、平均103mg/dlの強化治療群では4.2%だが、平均153mg/dlの通常処置群では7.8%であったと報告している。ちなみに、心血管手術目的の入室者の死亡数を見てみると、強化治療群では10名(2.1%)だったが通常処置群では25名(5.1%)だった。菌血症の発症や抗生剤使用期間の短縮を認めており、CCUやICUの院内死亡の減少にも結びつくと考えられる(表2・グラフ2)。
 FurnaryとZerrらもCSII(持続インスリン皮下注入)で血糖を200mg/dl未満にコントロールすることで、胸骨やバイパス採取部位の 術後の感染症を2.4% (24例/990例) から1.5% (9例/595例) (p < 0.02)に改善することに成功している。また、CSIIと通常のスライディングスケールによる強化インスリン療法との比較では、CSIIでは0.8% [12 of 1,499]に対して強化インスリン療法では2.0% [19 of 968] (p = 0.01)と胸骨への感染の頻度を減じる事が出来た。
 折角のPCIや冠血管バイパス術が周術期の併発症で台無しにならないように、血糖管理を心掛けたい。

In hospital death rate

表2 ICUでの厳格な血糖コントロールでの併発症の減少 (van den Berghe,G. NEJM 2001)


ICUでの強化療法での予後改善
従来治療群強化治療群
総数783名785名
血糖値(ブドウ糖200~300g/日の点滴治療中)153±33mg/dl103±19mg/dl
糖尿病の既往103名(13%)101名(13%)
総病院死85名(10.9%)55名(7.2%)p=0.01
心臓手術を目的としたICU入室者の死亡25名/493例10名/477例 p=0.013
14日以上の在室123名(15.7%)87名(11.4%)p=0.01
14日以上人工呼吸から離脱出来なかった患者93名(11.9%)57名(7.5%)p=0.003
血清クレアチニン 2.5mg/dl以上の患者96名(12.3%)69名(9.0%)p=0.04
血液浄化療法が必要な患者64名(8.2%)37名(4.8%)p=0.007
菌血症の患者61名(7.8%)32名(4.2%)p=0.003
10日以上の抗生剤使用134名(17.1%)86名(11.2%)P<0.001

従来治療群は215mg/dlを超えた時に180~200mg/dlに維持するように、強化治療群は110mg/dlを超えた時に80~110mg/dlを維持するように、速効型インスリンをポンプで静脈に持続注入した。注入量は1~4時間おきに血糖を測定して検討した。


急性期・亜急性期の栄養管理と血糖管理

補液について

 糖尿病は血糖が上昇する病気であるが、同時にホメオスターシスが崩れた状態とも言える。循環動態が安定せずアシドーシスを起こし易い不安定な状態では、生理的にどの組織でも代謝できるブドウ糖が望ましい。
 健常な心筋では60%以上のエネルギーを脂肪酸のβ酸化から得ている。虚血が生じている場合、脂肪の燃焼が心筋で抑えられている事は、stunned myocardiumを123I-BMIPPシンチグラムで検出できる事から御理解いただけると思う。またFDG-PETで示されるように虚血心筋は解糖系でエネルギーを得ている。虚血の程度により次第に嫌気性解糖に傾く。病気が進行している程、ブドウ糖を栄養源として必要としている。食止めの折には、インスリンを併用したブドウ糖を200~300g/day程度含む補液が望ましいと考えられる。しかし、インスリン作用がなければ心筋には十分なブドウ糖は取り込まれない。
 まず、糖尿病を指摘されているが軽症の場合は、10gのブドウ糖あたり1単位のインスリンを補液中に加える。ST3 500ccの場合、約20gのブドウ糖が入っており2単位と言う事になる。既にスルフォニルウレア剤を多く用いていたり(オイグルコン7.5mg/日など)、インスリンを10単位/日以上使用している場合は、5gのブドウ糖あたり1単位のインスリンを補液中に加える。
 血圧の低下への対応や利尿に水分負荷を必要とする時は、糖の入っていない生理的食塩水や乳酸加リンゲルを側管から加えて対応し、ブドウ糖とインスリンの入ったラインは一定の流量で与える。
 一日3〜4回定期的に血糖を測定して、スライディングスケールを適応し、翌日はスライディングスケールに使ったインスリンの半分のインスリンを補液中に混注しておく。
 より決め細やかに血糖を調節したい時は、生理的食塩水で希釈したインスリンのラインを別に設けて、その時の血糖値に併せて持続側管注入する(fig1)。

Insulin infusion

その際以下の4点に留意する。
1)スケールのインスリンは「0」にはしない。
2)輸液にはブドウ糖を最低100g/day用い、グルコース10gあたり1単位の速効型インスリンを点滴バックに加える。
3)速効型インスリン25単位と生理的食塩水100ccを併せたものをポンプで点滴する。
4)吸着防止のための工夫(アルブミンフラッシュなど)は不必要である。インスリン自体で飽和する。

責任インスリンとスライディングスケール

 一般にスライディングスケールはその注射をする直前の血糖値を元にスケールが決められている。
 しかし、今打った速効型インスリンは4〜6時間効力が残存し、思わぬ時間に低血糖を来すのでは無いかと、インスリンの打ち方が控えめになる事がしばしばである。
 良く考えて頂きたいのは、今の高血糖はその前に入るべきインスリンの不足で生じている、「結果としての高血糖」だということである。結果を生じるインスリンを責任インスリンという。
 昼前180mg/dl、夕前199mg/dlと、スケールによってはインスリンを使用し無い場合もあるかも知れないが、食後2時間を観察すれば300mg/dlを超える高血糖を呈していないとも言い切れない。「観察されていないから、問題無い」とは見なせない。
 そのため、スライディングの他に、決まって打つ定時インスリンを用意する。体重当たり0.1~0.2単位/kgのインスリン、体重60kgならば6~12単位のインスリンを3分割し(R2-2-2-0 から R4-4-4-0) 各食前に注射する。
 夕方にインスリンをスライディングで使用したならば、次の日はその前の昼の時間帯に先回りして責任インスリンにスライディングで用いたインスリンの半分を上乗せして使用する様にする。


1)曽根博仁:循環器専門医 10(2) p.309 2002
2)早川明子;糖尿病vol.41 no.10 p869
3)日本糖尿病学会・日本動脈硬化学会合同委員会;糖尿病vol.44 no.9 p.777
4)UKPDS 35: Irene M; BMJ vol.321 p.405
5)鄭廣模;日医大誌 vol.58 no.5 p518
6)向笠浩司;日本内分泌学会誌 vol.76 suppl.1 p.70
7)領家由信;四国医誌 vol.45 no.6 p.497
8)紀田康雄;糖尿病vol.44 no.11 p.867
9)門脇孝;糖尿病vol.44 no.12 p.927
10)Chen Z; ATVB vol.21 no.3 p372
11)Collis; ATVB vol.21 no.3 p365
12)Toba K;Exp Hematol vol.29 no.10 p.1194
13)松澤佑次;日内誌 vol.91 suppl. p18
14)Tanaka T; J Mol Cell Cardiol vol.9 no.1 p.121
15)Miyaoka K; Lancet vol.357 p.686
16)Gotoda T, IIzuka Y; Nat Genet. 22(3):226
17)Chiba H; Lancet vol.358 p.243
18)van den Berghe; NEJM vol.345 no.19 p.1359
19)Zerr KJ; Ann Thorac Surg vol. 63(2): p356-61
20)Furnary AP; Ann Thorac Surg vol. 67(2): p352-60


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