抵抗都市

2020-01-07

令和元年12月13日発売
四六判ハードカバー/480ページ
ISBN:978-4-08-771690-0
集英社

 零戦がナチスドイツに単独に飛んでサンプルとして届けられるという小説も佐々木譲は書いている。仮想戦記としては本作も同様である。日露戦争に負けた日本と帝政ロシアの関係を描いている。

 しかし、それ程苛烈では無い。慈悲溢れるロシア皇帝が天皇を元首として残し、日本の内閣制や皇軍も温存させている。同盟の元に。もちろん保護国ではあるのであろうが、日本と大韓帝国の関係より温和である。
GHQと新憲法下の日本というと、同じ作者の「警官の血」1巻目に近い。
時代の距離感で言うと、敗戦直後では無い。第一次大戦が始まり、ドイツに防戦一方のロシアに対して、後楽園の砲兵工廠はフル稼働、結果庶民の景気はインフレながら成長している。高度成長下にある。温和と述べたが、舞台やカフェ・キャバレーもロシアの文脈で伸びている。ペリメニ屋やピロシキ屋もあり、史実の米国文化の受容によく似ている。

 陸軍が東部戦線に援軍として動員されようとしている。そんな中での反対運動が錯綜する。やはり朝鮮戦争下より70年安保下の方、同じ作者の「警官の血」2巻目に近い。
若い人には口伝されていないが、組織化された右派学生もいて安保反対の学生に対峙していた。それを模した「黒シャツ」という親ロシア団体も暗躍する。
一方、皇国再興をドイツが勝っている状況を利用してなそうとする陸軍や財閥の活動もある。これは反露である。自主憲法制定派と言える。右翼も割れているという点では安保下の混沌に似ている。

 団塊の佐々木譲の青春の政治的風景をロシアとアメリカを嵌め替えているというのは浅いと言えば浅いが、そういう話である。

 日本の公安と刑事警察と「進駐軍」ロシアの保安関係者の遣り取りが、その舞台の上で描かれている。
 刑事の立場で絞って描いているので、ロシア以外の外国が見え無い。
 陸軍はまだ敦賀を出港していないので、多分2作目3作目も綴られるのだろう。

 ちょっとだけ見えるのは、ロシアの下にいるポーランドなどの他民族や反帝政の活動家である。
 ドイツの干渉なども入れれば話は膨らむのであろうが、抑制的に話を絞って膨らまないようにしている。
 第一次世界大戦の米国の立場も述べられていない、英仏の動きも判らない。朝鮮半島も見えない。
 嘘の歴史がどこまで嘘なのか、ただ単に日米安保とベトナム戦争の焼き直しなのか、抑制的なのか底が浅いだけなのか、評価が難しい。
 平成生まれの人間が、この小説の裏を何処まで読めるか?健気な左翼の学生が右翼の岸を倒しましたという御伽噺に安保反対を聞かされているだけなら裏は取れない。
安保シラケ世代で判り過ぎると作者が想ってもいないことを深堀過ぎるし、扱いの困難な小説である。

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