Research Projects




Spreading depolarization wave



Research Background


 高等動物の中枢神経系は途方もない数のニューロンやグリアによって構成され、その集合体としてはじめて中枢神経系特有の機能が発現する。これまでの研究では、従来の電気生理学的方法に加えて形態学的あるいは薬理学的方法により、ニューロン間の結合やシナプス伝達の機構などが明らかにされ、その結果、複雑で多様性に満ちた中枢神経系の機能は、究極的には多数個のニューロン間の機能的連絡のシステム化、すなわち回路網の問題であるということが認識されるようになっている。
 ところが、このような中枢神経系では、その素子としての個々のニューロンは決して均一なものでなく、その一つ一つが機能的にはきわめてユニークな個性を持ち、さらに、それらのニューロンがきわめて個性的なつながりを持って連絡し合っている。したがって、外界から刺激を与えた場合、形態的にはなんら区別がつかないように見える隣接した二つのニューロン(群)でもまったく異なった応答パターンを示すことが多い。ということは、中枢神経系はとてつもなく高度に分化した秩序構造を持つ機能的システムと規定することができる。このような中枢神経系機構について、微視的側面では、分子生物学的研究が進められる一方、微小電極法やパッチクランプ法よる電気生理学的研究によって、素子としてのニューロンの特性は明らかにされつつある。しかしながら、途方もない数のニューロン群、すなわち「機能的システム」としての中枢神経系への巨視的、統合的な方向からのアプローチは、技術的、方法論的な困難をともない、微視的アプローチに比べて大きな遅れをとっている。例えば、個々のニューロンから電気信号をとらえるには有効な電気生理学的方法も、システムとしての活動を記録するには決して有効とは言えない。そのような技術的、方法論的制約が中枢神経系へのシステム的アプローチの隘路になっている。

 以上のような中枢神経系機能の研究における方法論的制約を打ち破るため、我々は、ニューロンの電気活動を光学的に測定する方法の開発とその適用についての研究を進めてきた。まず、高感度で安定な膜電位感受性色素を開発合成するとともに、1983年には、144素子フォトダイオードアレイと顕微鏡を組み合わせて、膜電位活動を多領域から同時記録できる128チャネル計測システムの開発に日本で初めて成功した。さらに、1994年には1020素子フォトダイオードを用いた1020チャネル計測システムの開発に成功し、これを導入して、まず心機能発生、成体心における興奮伝播の解析、さらに中枢神経機能の発生・発達過程の解析を行ってきた。現在では、これに加えて、高感度CCDカメラを用いたニューロン活動の内因性光学シグナルイメージング法やカルシウムイメージング法、さらに1998年度よりin vivo測定用のシステムとして、464チャネル蛍光膜電位計測システムを新しく導入し解析を進めてきている。


Research Projects


Project 1:中枢神経系の機能発生・形成過程に関する研究
(1) 循環中枢、呼吸中枢の機能発生/形成
 鶏胚やラット胎仔を実験対象として、循環中枢、呼吸中枢に関連した脳神経核、神経回路網の機能形成について形態形成と対応づけながら追跡している。これまでに、孤束核におけるグルタミン酸作動性シナプスの機能的形成の初期過程と分布や、それと関連した脳幹の機能形成の初期過程、新しいGABAレセプターの発見とその特性、神経回路網形成の過程などが明らかにされている。
(2) 脊髄の機能発生/形成
 鶏胚やラット胎仔から摘出した脊髄標本を用い、脊髄反射に関係する神経回路の機能的形成過程を追跡し、そのmappingを行うと同時に、神経伝達物質の同定と分布を調べている。さらに、自発活動のリズム発現の機構の解析も行っている。
(3) Spreading depolarization waveの発現とその意義
 我々は、脳神経・脊髄神経を介した外来性入力、あるいは中枢神経系内に内在する自発興奮活動によって、脳幹、脊髄、中脳、小脳、間脳、大脳など、中枢神経系のほぼ全領域にわたって広範に伝播する脱分極波(depolarization wave)が誘発されることを発見したが、その特性と発生における役割について、光学的測定法を用いた機能的解析を行うとともに、遺伝子導入技術(難治疾患研究所・分子神経科学・浜崎浩子先生との共同研究)を用いて、その分子的基盤について追跡している。
(4) 中枢神経機能発生マップの作製
 鶏胚やラット胎仔を実験対象として、脳神経(嗅神経、視神経、動眼神経、三叉神経、顔面神経、内耳神経、舌咽神経、迷走神経、副神経)を刺激して誘発される光学シグナルを解析し、脳神経核や神経回路網の時空間マッピングを行っている

Project 2:成体における脳幹・脊髄機能に関する研究
(5) 循環・呼吸中枢の機能マッピング
 内因性光学的計測法と蛍光膜電位計測システムを用いて、成体ラット延髄における循環中枢、呼吸中枢の機能的構築のmappingを行うとともに、分散処理システムという視点から循環中枢、呼吸中枢の作動機構の解析を行っている
(6) 脊髄機能の機能マッピングとその生後発達における変化
 内因性光学的計測法と蛍光膜電位計測システムを用いて、成体ラット脊髄における情報処理機構の解析、生後発達に伴う変化について解析している。

Project 3:光学測定技術の臨床応用に関する研究
(7) 術中内因性光学イメージング法によるヒト脳・脊髄の機能マッピング
 内因性光学的イメージング法を脳外科手術あるいは脊髄外科手術に適用し、新しい術中神経機能診断法を開発すると同時に、ヒト脳・脊髄機能のマッピングを行っている(脳神経機能外科学分野および脊髄脊椎機能外科学分野との共同研究)。

Project 4:光学測定技術の開発・改良
(8) 光学計測システムの開発改良と新しい膜電位感受性色素のスクリーニング
 我々が独自に開発した144/1020チャネルシステムの改良と、高性能の新しい膜電位感受性色素の合成、スクリーニングを行っている(林原生物化学研究所/感光色素研究所との共同研究)

Project 5:その他の研究
(9) Barrel応答の光学イメージング
 ラットのヒゲを機械的に刺激することによって、体性感覚野におけるbarrel応答を光学的にとらえ、それを画像化することによって、応答パターンの生後発達、再現性のvariationなどについて解析している。
(10) 海馬における神経活動の光学イメージング
 ラット海馬スライス標本における神経活動の光学イメージングに適した膜電位感受性色素のスクリーニングと、LTP2, 3の解析を行っている。



References

(1) 神野耕太郎
ニューロン活動の光学的測定の背景と展開
神経科学レビュー 5: 155-187, 1991.
(2) Kamino K.
Optical Approaches to Ontogeny of Electrical Activity and Related Functional Organization During Early Heart Development.
Physiological Reviews 71: 53-91, 1991.
(3) 神野耕太郎、佐藤勝重、佐藤容子
ニューロン電位活動の光学的計測研究の進歩
膜 23: 186-195, 1998.
(4) 神野耕太郎、佐藤容子、佐藤勝重、持田啓
膜電位感受性色素をもちいた計測と解析法
日本生理学雑誌 61: 95-134, 1999.