脳の再生医療

1. 脳の再生医療とは

昔から、脳は一度損傷を受けると再生しない、と言われてきました。しかし脳科学の発達により、損傷された脳を再生する治療が可能になってきました。脳の病気になりますと、脳の神経細胞などがこわれていきますが、新たに細胞を脳の中に移植することで補う、あるいは、神経栄養因子とよばれるようなものを脳の中に注入してこわれていく運命にある神経細胞を助ける、このようなことを行うのが再生療法です。このような治療法の多くはまだ研究段階にありますが、一部は既に臨床応用が行われつつあり、種々の脳疾患に対する新しい治療法として、注目を集めています。

2. 再生医療の対象になる脳の病気

パーキンソン病という病気は脳の中のドパミン神経がこわれていく病気で、振戦(手足がふるえること)、固縮(手足がかたくなること)、無動(動きにくくなること)などが主な症状です。この病気に対してドパミン神経や神経栄養因子を産生する細胞をあらたに脳の中に移植する方法の研究が多く行われており、一部の研究は既に臨床応用の段階にあります。

脳梗塞は脳の血管が詰まることによって神経細胞の一部がこわれていきますが、この病気に対してもこわれた細胞を置き換えるような再生療法の研究がすすんでいます。そのほか、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症、脳・脊髄損傷、癌性疼痛、てんかんなどの多くの神経疾患に対して再生療法の研究がおこなわれています。ここでは、研究の最も進んでいる、パーキンソン病と脳梗塞に対する再生療法について解説します。

3. パーキンソン病と再生医療

パーキンソン病に対する再生療法の考え方を模式図にしたのが、図1−3です。黒質というところにはドパミン神経があって、神経突起を線条体というところにのばし、そこでドパミンを放出しています。このドパミン神経が変性していくのがパーキンソン病です。パーキンソン病で損傷されるドパミン神経の代わりに新たにドパミンや神経栄養因子を産生する細胞を線条体というところに移植する、というのが、再生療法の基本的な考え方です。細胞移植に用いられる細胞をドナー細胞と呼びますが、多くのドナー細胞の研究が行われており、これを図4に示しました。この中で代表的なドナー細胞について以下に述べます。


図1 脳のドパミン神経の模式図
黒質にドパミン神経があって、そこから神経突起を線条体にのばし、そこでドパミンを放出する。


図2 パーキンソン病におけるドパミン神経の変性
パーキンソン病ではドパミン神経が変性し、こわれていく。


図3 パーキンソン病に対する細胞移植の模式図
線条体内にドパミンや神経栄養因子を産生する


図4 パーキンソン病の細胞移植に用いられる種々のドナー細胞

 

3.1 胎児黒質細胞

動物を用いた基礎研究では、胎児の黒質細胞(ドパミン細胞)をパーキンソン病のモデル動物に移植すると、症状の改善が得られます。サルを用いた研究でも十分な効果が得られたことから、この治療法は、欧米を中心にかなりの数の臨床応用が行われました。比較的若い患者に関しては、治療効果がみられましたが、動物での基礎研究で見られたほどの効果ではなく(文献1)、また、胎児の細胞をそのまま使うということに対しての倫理的な問題もあります。

3.2 自己細胞移植

ドパミンを作りだす細胞として、体の中に、副腎髄質クロム親和細胞、交感神経節細胞などがあります。これらの細胞を自己移植(自分の細胞を自分の脳内に移植する)という研究と臨床応用が行われました。一定の効果がみられ、発表されています(文献2,3)。自己移植ですので、倫理的な問題がなく、免疫学的な問題もありませんが、移植に使われる細胞自体がパーキンソン病によって損傷される可能性があります。

3.3 細胞株の移植

細胞株とは、同じ性質をもった細胞の集団のことで、培養を繰り返すことによって理論的には無限に供給することができる細胞です。培養して増やすことができますので、ある種の遺伝子を導入して新しい性質をもった細胞株を作ったりすることが比較的容易にできます。細胞株を脳内に移植するには、移植した後細胞が増えすぎて腫瘍になったり、免疫により拒絶されたりしないよう、高分子半透膜製のカプセルに封入した後移植する方法が開発されています。

パーキンソン病に関してはドパミンを産生する細胞株や神経栄養因子を産生する細胞株を移植する研究が行われており、動物のパーキンソン病モデルに移植することによってその症状が改善することが報告されています。

この細胞株の移植については、パーキンソン病に臨床応用をした、という報告はまだなされていませんが、他の神経疾患ではいくつか臨床応用の報告が見られます。それらはciliary neurotrophic factor (CNTF, 毛様体神経栄養因子)を産生するようにした細胞株を、筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis, ALS)の脊髄腔内とハンチントン病の患者の脳室内に移植したという報告です(文献4,5)。いずれの報告も現時点では安全にこのような治療が行われた、という内容であり、臨床的な効果については今後の検討がまだ必要と考えられます。

3.4 神経幹細胞

神経幹細胞という言葉がマスコミなどでもよく聞かれるようになりました。神経幹細胞とは、すべての脳の細胞の源となる細胞の集まりです。脳を構成するニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトのいずれにもなることができます(図5)。この細胞は胎児の脳に存在することは以前から知られていましたが、成人の脳にも存在することがわかったのは、最近のことであり、脳の再生療法に関して大きな注目を集めるようになったわけです。

神経幹細胞をパーキンソン病の移植に用いるために、神経幹細胞からより多くのドパミンニューロンを作り出す研究が進んでおり、その細胞を動物のパーキンソン病モデルの脳内に移植することによって症状の回復がみられることがわかってきました。胎児由来の神経幹細胞を用いる場合は、供給源として安定している、という利点がありますし、成人由来の神経幹細胞を用いる場合は、自家移植が可能であるという利点があります(図6)。

3.5  ES細胞(胚性幹細胞)、iPS細胞(人工多能性幹細胞)

このES細胞という言葉もきわめて頻繁に目にするようになった言葉です。図5のように、神経幹細胞よりさらに上流にある、すなわち、無限に増殖を繰り返し、神経だけでなく、どんな組織の細胞にも分化することができる細胞です。ですから、骨、肝臓、心臓など脳以外の臓器をこのES細胞から作り出して、現在行われている臓器移植の代わりにできるのではないか、と期待されています。

脳に関しても、たとえばドパミンニューロンをES細胞から作り出す研究が進んでおり、神経幹細胞から作りだしたドパミンニューロンを用いた場合と同様に、脳内移植によってパーキンソン病モデル動物の症状の回復がみられており、臨床応用への期待がもたれています。

ES細胞はあらゆる組織の細胞に分化しうるという利点がある反面、移植した後に必要とする細胞以外の細胞に分化してしまう、という可能性ももっているので、今後安全にES細胞を用いるための研究が進んでいくものと思われます。

ES細胞と同様の性質を持つ細胞を、皮膚などの体細胞から作ることに、京都大学の山中教授らが成功し、iPS細胞(人工多能性幹細胞)と名付けました。iPS細胞もES細胞と同様に安全性については今後検討が必要ですが、患者本人の細胞からiPS細胞を作ることができ、再生医療の将来に大きなインパクトを与えています。

もう一つのドナー細胞である骨髄細胞については、次の脳梗塞の項で解説します。


図5 神経幹細胞とES細胞
神経幹細胞は脳を構成するニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトのいずれにも分化が可能である。ES細胞は、神経幹細胞よりさらに上流にあるので、神経だけでなくどんな組織の細胞にも分化できる。


図6 神経幹細胞を用いた自家移植の模式図
患者の側脳室周囲から神経幹細胞を採取し、ドパミン神経へ分化させたのち、患者自身の脳内に移植する(自家移植)。

 

4. 脳梗塞と再生医療

脳梗塞は、脳の血管が閉塞し、その血管が栄養している部分の脳細胞がこわれることによって起こります。脳梗塞はその中心部分に関しては細胞を保護することは困難ですが、周辺部分には、急性期にはペナンブラとよばれる、治療によって脳細胞の保護あるいは再生が可能な領域があります。この領域の治療を目的として種々の細胞を用いた再生療法の研究がなされており、一部は臨床応用が行われていますので、それについて解説いたします。

4.1 骨髄細胞

最近の研究により、骨髄細胞中には、骨髄間葉系幹細胞と呼ばれる、いろいろな細胞に分化できる細胞が存在することがわかり、神経細胞やグリア細胞など脳を構成する細胞にも分化できることが明らかにされています。動物の脳梗塞モデルを用いて、骨髄細胞を、脳内に直接移植、頸動脈内に注入、静脈内に注入などの方法を行うと、移植された骨髄細胞は脳梗塞の部分に移動し、神経細胞やグリア細胞に分化して動物の脳梗塞の大きさを縮小し、機能的にも改善効果を発揮することがわかっています。また、骨髄細胞から分泌される種々の栄養因子が、神経保護作用を発揮するために脳梗塞の大きさが縮小している可能性もあります。骨髄細胞は、自家移植が可能である点が大きな長所といえます。

この骨髄間葉系幹細胞を用いた脳梗塞の治療について一部で臨床応用が始まっています(文献6)。この報告では、中大脳動脈領域の脳梗塞患者に対して、患者自身の骨髄間葉系幹細胞を培養し、発症4-5週後と7-9週後の2回静脈注射を行いました。1年の長期にわたって観察されていますが、骨髄間葉系幹細胞を静脈注射された患者で、神経学的に有意な改善効果が得られています。この方法は下肢の動脈閉塞症などでも臨床応用されている方法であり、今後脳梗塞においても発展が期待される方法と考えられます。

4.2 hNT細胞

ヒトのteratocarcinomaという腫瘍から作り出したhNT細胞という細胞株があります。この細胞を神経細胞に分化させて脳梗塞の動物モデルに移植すると効果があることが報告されてきました。米国では、この研究結果に基づき、神経細胞に分化させたhNT細胞をヒトの脳梗塞患者に脳内移植する方法が臨床応用されています(文献7)。移植をうけた患者は基底核という脳の深部の脳梗塞患者12名で、発症してから6か月以上経過した後に脳内細胞移植を受けました。移植に伴う副作用はなく、神経症状は術後有意に改善したと報告されています。このhNT細胞は神経幹細胞と似た性質を有した細胞ですので、脳梗塞に対する神経幹細胞を用いた再生療法の発展に期待がもたれます。

5. まとめ

脳の再生療法について、パーキンソン病と脳梗塞を中心に述べました。いろいろな細胞を用いた再生療法の研究がなされており、一部は臨床応用がなされていますが、多くはまだ臨床応用を行う前の基礎研究の段階にあります。基礎研究を積み重ね、安全性を確認しながら臨床応用を検討することによって、これらの疾患に対して、再生医療という新しい観点からの治療が可能になってくることが期待されます。

文献

  1. Freed CR, Greene PE, Breeze RE, et al: Transplantation of embryonic dopamine neurons for severe Parkinson's disease. N Engl J Med 344: 710-719, 2001.
  2. Date I, Imaoka T, Miyoshi Y, et al: Chromaffin cell survival and host dopaminergic fiber recovery in a patient with Parkinson's disease treated by cografts of adrenal medulla and pretransected peripheral nerve: case report. J Neurosurg 84: 685-689, 1996.
  3. Nakao N, Kakishita K, Uematsu Y, et al: Enhancement of the response to levodopa therapy after intrastriatal transplantation of autologous sympathetic neurons in patients with Parkinson's disease. J Neurosurg 95: 275-284, 2001.
  4. Aebischer P, Schluep M, Deglon N, et al: Intrathecal delivery of CNTF using encapsulated genetically modified xenogeneic cells in amyotrophic lateral sclerosis patients. Nature Med 2: 696-699, 1996.
  5. Bachoud-Levi A-C, Deglon N, Nguyen J-P, et al: Neuroprotective gene therapy for Huntington's disease using a polymer encapsulated BHK cell line engineered to secrete human CNTF. Human Gene Therapy 11: 1723-1729, 2000.
  6. Bang OY, Lee JS, Lee PH, et al: Autologous mesenchymal stem cell transplantation in stroke patients. Ann Neurol 57: 874-882, 2005.
  7. Kondziolka D, Wechsler L, Goldstein S, et al: Transplantation of cultured human neuronal cells for patients with stroke. Neurology 55: 565-569, 2000

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