アンナ・リンド外相暗殺の衝撃

2003/09/18


スウェーデンのアンナ・リンド外相が暗殺された。

2003年9月10日水曜日。アンナ・リンド外相はストックホルム中心部のNK(エヌコー)デパートで買い物していたところ、突然、ナイフを持った男に襲撃された。リンド外相は市内北西部のカロリンスカ病院に運ばれたが、翌朝5:29に死亡した。享年46歳。夫のBo Homberg氏と二人の子供が後に残された。

スウェーデンの代表紙DN記事によると、刺傷による肝臓からの出血は緊急手術によりいったん落ち着いたが、翌朝未明の4:30頃、急激に呼吸状態が悪化してショック状態となり、最終的に救命できなかったとのことである。

翌9月12日、私はかねてから予定されていた所用のため、ストックホルムに向かう機中にあった。私は1986年2月28日のオーロフ・パルメ首相暗殺事件のことを思い出して、暗澹たる気分でいた。プライベートでは護衛を付けることを嫌ったと言われるパルメ首相は、映画観賞後、ガムラスタンの自宅へ夫人と歩いて帰る途中、目抜き通りであるスヴェアヴェーゲンの路上で凶弾に倒れた。今でも、留学して間もない頃に、スウェーデン人の同僚から「ここでパルメ首相が撃たれたんだよ」と、歩道上のプレートを示して教えられた時のことを思い出す。そのプレートは、現在、オーロフパルメガータンと呼ばれるやや細い通りとスヴェアヴェーゲンが交わる交差点の北東の角にある。パルメ首相暗殺犯については、さまざまな可能性が示唆されたものの、いまだに逮捕されておらず、事件の真相は闇の中である。

ストックホルムに到着すると、市内の重苦しい雰囲気を象徴するかのごとく、空には秋の灰色の雲が垂れ込めていた。セルゲル広場では、追悼集会が終わったばかりで、報道陣がひしめいていた。リンド外相暗殺の現場となったNKデパートには、外相の遺影に無数の花が捧げられていた。中央駅にも、首相官邸にも、国会議事堂前にも、外相を悼むメッセージが寄せられ、蝋燭が灯されていた。私の心にも、ふつふつとやり場の無い怒りがこみ上げてきた。

パルメ首相と同様に、アンナ・リンド外相も護衛を付けることを極力、嫌ったという。対外的にもさまざまなメッセージを発信しつづけたリンド外相は、庶民的なキャラクターで国民に人気があったと言う。その人柄と人生観がまるで仇となるようなかたちで、白昼、公衆の面前で暗殺されたことを、悲痛なデジャヴュのように感じたのは、私だけでないと思う。

記者会見で、ヨラン・ペールション首相は、「これは開かれた社会への挑戦だ」と悲痛な面持ちで述べたという。たしかにその通りである。そして、私たちは、以前にも同じ言葉を聞いたことを思い出す。

9月17日、35歳のスウェーデン人の男がアンナ・リンド外相殺害の疑いで逮捕されたとのニュースが飛び込んできた。前夜21時頃、男はストックホルム北西の郊外、ロースンダのサッカースタジアム近くのEast Endというレストランでサッカーの試合のテレビ放送を観ているところを逮捕されたとDNは写真入りで報じている。事件直後からメディアに流れていた防犯ビデオの画像が手がかりになったのであろう。

現在のところ、犯行の動機と背景は明らかにされていない。9月14日に行われたユーロへの通貨統合に関する国民投票との関連も指摘されているが、真相は不明である。その国民投票の結果は、ユーロへの通貨統合への反対票が賛成票を上回った。通貨統合賛成派のオピニオンリーダーであったリンド外相の暗殺がどのように影響したかは分からない。

いずれにせよ、現役外相が白昼、公衆の面前で暗殺されたことに、スウェーデン社会は大きく揺れている。「開かれた社会」は、幻影だったのだろうか。今は、捜査の進展を待つしかない。

日本のマスメディアのほとんどがストックホルムに常駐する特派員を置いてないこともあり、日本ではロンドン等の欧州主要都市の特派員報か、外電にもとづく報道が中心で、得られる情報が乏しいため、あえてリンド外相暗殺のことを私のウェブで取り上げた。ちょうど、直前にテロを正当化するような政治家の発言が報じられたことも、私の心を暗くする。以下に、現地の撮影した写真を掲載するので、ご覧いただきたい。

最後に、故リンド外相の冥福を心より祈って、この稿を終えたい。

セルゲル広場では集会後も多くの人でごったがえしていた

事件現場となったNKデパート

デパート1階(日本でいうところの2階)の事件現場となったブティック

故リンド外相は友人と買い物を楽しんでいる最中だったという

正面玄関脇には遺影と蝋燭が掲げられていた

正面玄関前には市民から寄せられた花がうずたかく積み上げられていた

デパートに掲げられた半旗が物悲しい

中央駅の国民投票へ向けた宣伝会場ではイベントが中止され、外相の遺影が置かれていた

首相官邸前にも市民から寄せられたメッセージが集まっていた。遠くから眺めていたら、敷地内に入っても構わない、と警備員が手招きした。

Rosenbadetと呼ばれる首相官邸も静まり返っている

国会議事堂の前にも花と蝋燭が手向けられていた


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