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 昭和25年、東北大学医学部に公衆衛生学教室が創設され、同教室に就任した瀬木三雄教授は、昭和28年1月23日に「第1回宮城県公衆衛生学会」を開催しました。 この学会は、宮城県衛生部の協力を得て、公衆衛生学教室が担当しました。
 その後、大学側と行政側での学会の運営についての折り合いがつかず、学会は開催されませんでしたが、 昭和30年から36年にかけては31回におよぶ集談会が開催されました。
 しかし、大学側も行政側も宮城県の公衆衛生の発展に寄与したいという思いは変わらず、昭和39年5月には宮城県公衆衛生協会(任意団体)が設立され、 昭和40年に二度目の「第1回宮城県公衆衛生学会」を開催するに至りました。
 昭和42年に上記宮城県公衆衛生協会が解散し、同名称の財団法人として再発足することになったため、 これに呼応して学会活動の母体として会員組織による学会を設立しようという機運が盛り上がり、昭和42年7月15日に設立総会が開催され、組織としての宮城県公衆衛生学会が誕生しました。(初代会長:瀬木三雄)
 昭和43年2月に最初の学術総会が開催されましたが、その名称は昭和40年以来の学会の回数を通算して「第4回宮城県公衆衛生学会」としました。 また、この年から学会発表の抄録を主な記事とする学会誌が年1回発行されることになりました。
 その後、現在に至るまで、年1回の学会と学会誌発行、年1回以上の研修会を継続して開催しております。


(上記は、東北大学医学部公衆衛生学教室に在籍されていた栗原登先生が、平成7年1月にまとめられた「宮城県公衆衛生学会の歴史」より引用したものです)



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