1998/6/13

看護サマリーの電子化


目次Power Point Animation著者情報
  1. はじめに
  2. 電子化とは
  3. 何故今理想とする看護サマリーシステムが存在しないのか
  4. 医療情報システムにおけるデータ交換規約の動向
  5. 看護サマリーの電子化に向けて、これから我々看護職が行うべきこと
  6. 終わりに − 今後の展望をふまえて

東大病院中央医療情報部

美代賢吾 *


1.はじめに

 インターネットを初めとして様々な情報化が近年急速に進み、一般社会においてもコンピュータはますます身近なものとなってきている。この情報化の波は、医療の世界にも押し寄せ、診療報酬を計算するための医事システムから始まった病院の情報化は、病棟で発生する様々なオーダを電子的に行うオーダリングシステム、さらにはすべての患者データを統合する電子カルテへと発展しようとしている。

 このような状況は、看護の世界も例外ではなく、施設の大小を問わず、また施設の持つ機能に関わらず、否応なく情報化の波にさらされている。急速に進行する情報化の流れに我々看護職は、どのように対処しなければならないのであろうか。あるいは、この流れをどのように利用すれば、看護者、クライエント双方にとってより良い環境を作り上げることが出来るのであろうか。

 急速な情報化の背景には、コンピュータの性能の飛躍的な向上とそれらを相互に接続した情報ネットワークの発展がある。これによって、「情報の共有」、「高速な情報伝達」、「高速な情報検索」、「情報の関連付け」、「情報の再構成」、「情報の再利用性」そして「高い情報密度」といった情報化・電子化の長所がより明確になり、現実的な選択肢としての電子化が急速に進んでいると考えられる。

 しかし、このように多くの電子化による長所があるにも関わらず、複数の病院、複数の訪問看護ステーションで使用可能な汎用的なシステムが何故存在しないのであろうか。具体的に、例えば、病棟の患者記録から必要な項目を簡単に抜き出してサマリーを作成し、これを訪問看護ステーションなどに送信し、訪問看護ステーションのデータベースに簡単に取り込めるというシステムが、何故存在あるいは普及しないのであろうか。電子化の長所とする「情報の再利用性」によって、病院データベースから関連する情報を容易に抜き出すことは可能であるはずである。また、「高速な情報伝達」によってサマリーを電送し、「情報の再構成」に訪問看護ステーションのデータベースに蓄積することが出来るはずである。

 既に、5人の演者がそれぞれの立場で訪問看護ステーションの現状そしてあるべき姿、さらには継続看護の観点から病院との連携について述べた。本稿ではここで提起された問題点・改善すべき項目・理想の姿を、コンピュータシステムがどのように解決できるのか、 あるいは出来ないのか、解決できるならばまず我々は何をしなければならないのか、ということについて看護サマリーを中心に現状を踏まえながら考察する。


2.電子化とは

 電子化とは、一般に様々な形で存在する情報を機械可読の情報形式に変換することである。平たく言えば、紙に記録されている物をコンピュータに入力することや、写真などの画像をスキャナでコンピュータに取り込むことと考えても良い。情報の電子化によって、紙の上の情報では実現できない様々なメリットが生じることは既に触れたが、ここでは、今後の議論を進める上で、再度7つのキーワードを用いて電子化のメリットについて簡単に説明する。

1) 高い情報密度

電子化された情報は、紙に比べ、同じ面積では非常に大量のデータを格納できる。電子辞書や電子教科書などで多く用いられているCD-ROMは、1枚あたり日本語にして約3億4,000万文字記録する事ができる。A4版の紙では1枚あたり、1,200から3,000文字程度ということからすれば、膨大な量を記録できることがわかる。例えば、膨大な記録類を持ち歩かなくても、携帯端末などの小型コンピュータに大量の記録を収めることが可能である。

2) 高速な情報検索

大量に記録されたデータから必要な情報を抽出する作業は、コンピュータの得意とするところである。英和辞書や和英辞書、医学辞典などでは高速な情報検索を生かして、電子辞書としても出版されている物が多い。膨大な過去の看護記録から、例えば、仙骨部褥創のケースを検索によってすべて抽出し、これまでの看護方針の検証を行い、今後の看護計画に生かすことが出来る。

3) 情報の再利用

電子化された情報は、複製によって劣化しない。紙に記録された情報は、コピーを重ねるたびに文字のかすれや歪みが生じるが、電子データでは何度でも再利用が可能である。また、高い記録密度によって大量の情報を記録し、高速な検索によって必要な情報を瞬時に抽出して再利用出来る。例えば、病院情報システムの患者情報を再利用し、看護サマリーに記述する患者の氏名や住所などを自動的に入力することができる。

4) 情報の再構成

電子化された情報は、様々な形で瞬時に再構成することが可能である。例えば、表形式のデータをグラフに変換したり、また蓄積された情報から必要な物だけを検索によって抽出し、適当な形に自動的にまとめることもできる。例えば、看護では日々の記録のバイタルサインをトレンドグラフ(熱型表)にしたり、また看護記録の観察項目だけを抜き出すなどが可能である。

5) 情報の関連づけ

関連する項目同士を電子的に結び付けることが可能である。結び付けられた情報をたどることによって関連する情報や知識を次々と表示することが出来る。インターネットに見られるようなハイパーテキストは、この情報の関連づけによって実現されている。例えば、クライエントの症状と電子医学教科書の内容を関連づけて、そのクライエントに対する適切な医学・看護の情報を提供することが可能である。

6) 高速な情報伝達

コンピュータネットワークを用いれば電子的な情報を相互に高速に伝達することが出来る。例えば、通常の電話回線を用いても1秒間に日本語にして1万6,000文字、ISDN等のディジタル回線では6万4,000文字、通常のLAN(10Mbps)では500万文字を送信することが理論上可能である。例えば、病院や訪問看護ステーションで作成したサマリーを相互に瞬時に交換することが可能である。

7) 情報の共有

蓄積された情報をコンピュータネットワークによって高速に伝達することによって、同じ情報を同時に多地点で見ること、つまり情報の共有が可能となる。クライエント情報の共有こそが継続看護の鍵であり、電子化の最大のメリットはこの情報の共有というところにあろう。

   


3.何故今理想とする看護サマリーシステムが存在しないのか

 看護サマリーを電子化すれば、上で述べた電子化のメリットを十分に生かした理想のシステムが出来ることは想像に難くない。しかし、コンピュータがこれだけ高性能になっても、現在全ての医療機関で汎用的に使用することができ、相互にサマリーを交換し、クライエントの情報を共有できるシステムは存在しない。このことは、つまり、今後コンピュータがさらに高性能になっても、コンピュータネットワークがいかに高速化しても、我々看護職がただ情報化の波を従順に受け止めるだけでは、現状は何も変わらないことを意味する。

 何故、理想とする看護サマリーシステムが存在しないのか。これには様々な問題が存在するが、最大の問題の一つは、看護サマリーを電子的に交換する標準的な手順(データ交換規約)が存在しないことが挙げられる。データ交換規約とは、例えば、A病院のシステムからB訪問看護ステーションに看護サマリーを電送する場合、A病院のデータベースシステムからクライエントの氏名や住所、病名などを適切に抜き出し、B訪問看護ステーションのデータベースシステムの氏名や住所、病名などを入れる部分に適切に挿入するための決まり事である。

 人間がサマリーを受け取る場合、病名の欄に東大太郎と記入され、氏名の欄に慢性関節リウマチと記入されていても、氏名が東大太郎で、病名が慢性関節リウマチと判断することができる。つまり、人間は、内容からその情報の意味を推測することが可能であり、状況に応じて柔軟に対処することができる。しかし、コンピュータシステムの場合、氏名の欄に書かれているものはどのような内容であれ氏名であり、病名の欄に書かれているものはあくまでも病名である。したがって慢性関節リウマチさんが東大太郎という病気を持っていると解釈する。つまり、データ交換規約が決まらない限り、A病院でのクライエントのデータは、B訪問看護ステーションで再利用することは不可能であり、情報の関連を保つことも出来ない。データ交換規約無しでは施設を越えた情報の共有は不可能なのである。逆に言えば、この規約を制定することによって、施設間の情報共有に向けた第一歩が始まると言える。以下では、このデータ交換規約にしぼって、医療情報システムの動向を踏まえながら議論を進める。


4.医療情報システムにおけるデータ交換規約の動向

 ここでは、医療情報システムにおけるデータ交換規約の最近の動向について簡単に触れる。現在、医療の世界では電子カルテが注目を集め、様々な場面で盛んに取り上げられている。電子カルテの目指すものは、単に現在の医師のカルテの電子化ではなく、患者を中心として全ての関連する職種の記録を一本化した、患者記録であり、当然看護も無縁ではない。電子カルテが患者記録の一本化を目指す以上、複数の施設を受信する患者の場合には、必然的に多施設間での患者情報の共有の必要性が生じる。そこで、電子カルテ研究会などの研究会や、医療情報学会の指定課題研究会であるMML/MERIT-IX(エムエムエル/メリットナイン)研究会(/http://www.u-tokyo.ac.jp/mml/)では、電子カルテの診療データを多施設間で相互に交換するためのデータ交換規約であるMedical Mark-up Language (MML)が制定されている(資料参照)。

 MMLでは、氏名や住所、電話番号などの患者識別情報や健康保険の情報、感染情報や既往歴、検査結果や処方などの情報の交換方法が詳細に取り決められており、現在このMMLを実際に用いた様々なアプリケーションの開発が進んでいる。今後はMMLを患者データ交換規約として採用した診療情報システムが普及していくと考えられる。 しかし、残念ながら添付の資料を見てもわかるように、現在のMMLには、看護では必須の情報と考えられるADLやクライエントの家族構成や介護者、また家屋の状況などの在宅看護に必要な項目は含まれていない。したがって、現在のMMLを、看護サマリーデータの交換規約として、そのまま利用することはできない状況である。


5.看護サマリーの電子化に向けて、これから我々看護職が行うべきこと

 看護サマリーを電子化し多施設間で交換するにはデータ交換規約の制定が重要であり、また、現在医療の分野で利用可能なMMLでは、看護サマリーを電子的に多施設間で交換するには不十分であることをここまでに説明した。今後我々は、看護サマリーの多施設間の交換に必要な情報の取り決めをおこない、MMLで不足している項目を補うことによって看護で十分使用できるデータ交換規約を制定していく必要がある。このためには、これから看護職が臨床、研究それぞれの立場で協力して進めなければならない、いくつかの段階が存在すると考える。

 まず、既に他の演者からも述べられているが、何のために看護サマリーを書くのか、書かれたサマリーを誰がどのような目的で用いるのかと言うことを明確にしていく必要がある。それぞれの施設によって様々な目的が存在すると考えられるが、これらのすべてを洗い出し、整理していかなければならない。それと同時に、実際に各施設で用いられている様々な形式のサマリーを収集することも重要である。次に、明確になった看護サマリーの目的に基づき、それを達成するために必要とされる情報を抽出する必要がある。さらに収集した様々な形式の看護サマリーを分析することによって、どのような項目がサマリーには必要なのかを明らかにしなければならない。そして、明らかになった分析の結果を、再び臨床にフィードバックし、複数の施設でその妥当性を検討する必要もあろう。最後に、妥当性の検証された看護サマリー交換規約を実際に設計し、システムに実装するという作業が必要になってくる。このように、多施設間での情報共有を行うには、多くの施設の看護職がそれぞれの立場で協力し、時間をかけて様々な問題に取り組む必要があり、これこそが本研究会の目的としているところでもある。


6.終わりに − 今後の展望をふまえて

 これまで、多くの看護情報システムは、単一の施設、あるいは単一の組織によって構築され、他のシステムや他の施設とのデータ交換を考慮に入れたものはほとんど存在しなかった。このような閉鎖性はシステム開発の容易さと引き替えに、電子化の持つ様々なメリットを減少させ、手間のかかる使いにくいシステムが構築される原因の一つとなってきた。看護サマリーの電子化は、単にサマリーの電子化という枠を越え、看護情報システムを多くの施設や様々なシステムとの情報共有を考慮した、開かれた看護情報システムへと進化させるための足がかりでもある。今後、その成果は、新しい看護情報システムの一部に取り入れられ、電子化のメリットとして様々な形で臨床現場あるいは研究環境に現れてくるであろう。


著者略歴

1994.3 東京大学 医学部保健学科卒業
1994.4 同 医学部附属病院 看護部 脳神経外科病棟勤務
1994.4 同 大学院 医学系研究科 保健医療情報学講座
1997.6 九州大学 医学部附属病院 医療情報部特別研究学生
1998.4 東京大学 医学部附属病院 中央医療情報部 助手
1998.4 同 大学院 医学系研究科 医療情報・経済学講座 助手(併任)
1998.4 同 大学院 医学系研究科 保健医療情報学講座 助手(併任)

著者連絡先

電子メールmiyo@hcc.h.u-tokyo.ac.jp
ホームページhttp://yebisu.hcc.h.u-tokyo.ac.jp