モデル&シミュレーション医学教育研究会の船出
「学校」が大衆化したのは近代である。教育の質の向上と学校の規模の拡大、この両者共存の工夫は、近代の学校の課題の歴史かもしれない。
教育には人手がかかる。印刷技術の発達、AV機器の導入などはマスプロ教育を促進したが、教育の根本である双方向性(いわゆる教える側と学ぶ側が、互いに影響しあう)の確保にはいたらず、良質の教育には、やはり優秀な人手がかかるままであった。
最近のIT技術の指数関数的な発展により、ある程度の双方向性は、コンピュターソフトで担える状態となり、一部の教育の現場では、シミュレーションに基づく教育の導入が始まった。特に航空機操縦では、実用段階に達している。患者の人権問題とに向き合う医学教育、医療技術教育への応用も、もちろん期待が高まった。しかしながら期待と現実のギャップが大きく、現有のモデル(シミュレーター)は使い物にならない、という残念な声が聞こえて来た。
人体は、小宇宙とも言うべき自己完結の複雑系である。これをモデル(シミュレーター)に置き換えて医療をするのは、遠い未来の話である。しかしながら、人の思考能力や限局された分野の技能訓練には、単純なモデルでも、教育ソフトさえしっかりしていれば十分に役立つ。むしろ単純なモデルのほうが、教育効果が高いかもしれない。
「臨床現場が、最高の教室」、「患者が、最高の教師」という声がある。そのとおりである。ただし最高であるが、完全ではない。ベッドサイド教育は、患者にある程度の犠牲をお願いせざるを得ない。シミュレーション医学教育は、その面で従来の教育を補完できるし、最大の利点は、学習者に演習の場を提供することである。すなわち、
学習者は自分で考える、自分でやってみる、そこから何を学ぶべきか自分で気が付き、自分で勉強することになる。すなわち自分で内省(reflection)し、自分で自分の勉強を決めて自己学習に向かう(自己決定型学習)。学ぶべき内容を、学習者に一方的に押し付けるよりも、学ぶ者が自らの意思で学ぶ方向に誘導するのが、成人に対する教育法である。
またシミュレーションでは、繰り返して練習でき、習熟が可能である。大勢の学習者に均一の学習機会を与えられる。Teacher’s trainingの場にもなる。シミュレーション医学教育の利点は、実に多いが、この利点を生かせるか否かは、前述のごとく教育ソフトの開発による。また日本全国にシミュレーション医学教育を普及させるためには、教育ソフトを使いこなす教員の教育資質も重要である。これも開発すべき一種の教育ソフトかもしれない。
シミュレーションを教育に応用できるのは、狭い意味の医学だけではなく、歯学、看護、薬学、理学療法などあらゆる医療職に及ぶ。また多くの医療職が関係するチーム医療こそは、シミュレーションで学ぶのが最適である。ここに、医療の分野でのシミュレーション教育のソフト開発のニーズは高まり、シミュレーションの中でも、モデルを用いたシミュレーショに重点を置いた研究会として発足となった。準備にご努力いただいた関係の諸先生方に深く感謝したい。また神津忠彦先生には、シミュレーション医学教育の原理に関する目が醒めるような見識を披露いただいた。特に感謝の念を表します。
本研究会の成果が、今後の医療職の資質向上に役立つことを切に祈る。
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