はじめに
インターネットは、その発展初期に生物医学領域の研究者が大きく貢献し、今や遺伝子領域の研究や診療に欠く事ができない。インターネットをいかにうまく使いこなせるかかどうかが、研究や診療の優劣を決定すると言っても過言ではない。
現在のインターネットは、一昔前と比較すればずいぶんと使いやすくなったが、必ずしも整理された情報が得られず、不慣れなまま利用すると思わぬマイナス面に出くわすことも少なくない。そこで本稿では、一般的な遺伝子検査とパソコンの予備知識はあるが、インターネットについては経験が浅い、という方々を対象に、実用的な知識をまとめておく。
I.インターネットを利用するには
A.接続に必要な機器設備
インターネットの利用には、所属施設で接続する、自宅で接続する、あるいは携帯電話から接続するなど、いくつかのスタイルがあるが、遺伝子関連の情報を見るには通常パソコンで接続する。所属施設にネットワークが整備されている場合は、その管理者に指示や助言を仰げばよい。自宅での接続にはいくつか選択肢があり、さまざまな接続業者が宣伝しているので、判断に迷うかも知れない。現状ではADSLとCATV(ケーブルテレビ回線)のコストパーフォーマンスが良さそうだが、電灯線や固定式無線を使う工事不要の方式も出てきたので、情勢は流動的である。どれを選んでも、将来業者の乗換えが必要になる可能性があるため、あまり悩まないで、費用面を含め手軽に始められるものを選ぶのがよいだろう。
B.ホームページの閲覧
ホームページの閲覧には「ブラウザ」というソフトが必要で、「Internet Explorer」と「Netscape」の2種類が普及している。通常はどのパソコンにも購入時にインストールされており、またインターネットを介しても無料で入手できる。どちらのソフトも年に1〜2回バージョンアップがあるが、主要なホームページが新しいバージョンに対応済みになるまで、その都度少し待ってから入れ替えた方がトラブルが少ない。
操作法はほぼ共通しており、目的のホームページを閲覧するには2つの方法がある。ひとつはアドレスを入力欄にキーボードで打ち込んでリターンキーを押す。もうひとつは、現在表示されているホームページに、目的のページへの「リンク」と呼ばれる文字や画像があれば、それをマウスでクリックしてそのページにジャンプする。リンクは見つけやすいように、色を変えるなどして強調表示されている。間違った場合は、ブラウザのウインドウ上方に左向きの矢印ボタンがあるので、それをクリックすると簡単にもとのページに戻れる。
これらの基本機能に加えて、一度訪ねたページを覚えさせてメニューから選べるようにするブックマークの機能、ソフトやデータのダウンロード機能、あるいはビデオ画像の閲覧機能などがあるので、必要に応じて経験者に教わるとよい。
C.電子メール
最近はホームページの機能が高度化し、ブラウザの操作だけで用が足りることが多いが、電子メールで連絡を取る必要が生じる場合もある。操作はブラウザ程単純ではないが、うまく利用すればいろいろな連絡が格段に効率化できるので、使えた方がよい。
電子メール用のソフトは、ブラウザに組み込まれている他、いろいろなものが出回っている。機能は殆ど同じだが、使い勝手が異なるので、どれがよいか経験者に選んでもらうとよい。ソフトが決まったら、電子メールアドレスを入手する必要がある。通常は所属施設の管理者あるいは接続業者から通知される。
電子メールは自分の都合の良いときに、世界中の相手と送受信ができ、大変便利であるが、重要な注意点がある。それは例えて言うと、鉛筆で書いたはがきをリレー式に手渡してもらうようなしくみで届くので、転送経路のどこかに不心得者がいると、盗み見や改ざんが簡単にできてしまう。実際には膨大な数が飛び交っている中で、自分が被害に遭う可能性は少ないが、クレジットカード番号や個人のプライバシーに関する情報などは、記載を避ける必要がある。
II.必要な情報の見つけ方
A.ホームページと書籍との違い
情報源が書籍に限られていた時代には、その検索や入手は、図書館や専門書店で殆ど賄われていた。書籍は販売収益による費用の回収を前提に、企画、原稿執筆、編集、校正、印刷、製本、配本等の過程を経るため、編集者や出版社によるフィルターがかかり、一定の信頼性が保たれる。ところが、ホームページはこれらの殆どの過程を省略することが可能で、かつ個人でさえも誰の許しも得ずに、全世界に向かって容易に情報発信できる。極めて自由度が高い反面、玉石混淆の膨大な情報が無秩序に供給される恐れもある。
幸いにも実際には、極めて貴重で有用性の高い情報が、殆どの場合無料で提供されている。書籍と比較し、印刷より前の過程には同じ費用がかかるはずなのに、なぜそのようなことが可能なのだろうか。
ひとつは、大学や公的機関が研究成果の社会還元を目的に開設しているものがある。この場合は、運営原資をそれらの予算に頼っているため、ややもすれば情報の量や質が見劣りし、利用が広がらない傾向がある。また企業が社会貢献の一環で開設している場合もあるが、やはり得られる情報の範囲が限られていたり、肝心の情報が有料であったりする。
現在遺伝子領域において最強の競争力を維持しているのは、米国の機関が運営するホームページである。それを可能にしているのは、ITの次はバイオで世界の産業をリードする、という国家戦略と巧妙に結びついた運営方針である。ある分野の情報を集積し、世界中に無料で提供すれば、常に注目を集めてその分野の主導権を確保できるうえ、優秀な人材や豊富な資金を呼び込め、かつその研究成果が高く売れる、というMEDLINEで得た成功体験を、米国は遺伝子産業についても忠実に踏襲している。遺伝子関連情報は気前よく提供しているのに、遺伝子研究産物の国外持ち出しには厳しい姿勢で臨むのも、その一端である。将来の莫大な収益を見込んで、先行投資の一環としてふんだんに資金をつぎ込んでいるホームページに、今のところ他の国が対抗する術はない。
B.遺伝子検査関連ホームページの現状
表1に遺伝子検査関連ホームページの例を示すが、実際にはこの何倍ものページが存在し、ここに掲載したものはその一部に過ぎない。これらはさまざまな運営主体および運営目的を背景としており、それに応じて有償か無償か、事前登録の有無などの利用形態が異なる。なお、本特集号の執筆者の普段使っているホームページが、
巻末資料に紹介されているので、そちらもご参照頂きたい。
C.効率的な情報の検索方法
これらのホームページでは、提供されている情報の内容はもとより、その質や種類は刻々と変化している。また続々と新たなページが生まれる一方、廃れて放置されたり閉鎖されたりするページもある。したがって
表1や
巻末資料も、原稿として書かれた瞬間から出版されるまでの間に、内容が古くなっているかも知れない。
さらに、各々の利用者が必要としている情報は一様ではないうえ、現時点で有用なページが、将来に渡って役立つ情報を提供してくれるとは限らない。やはり必要な情報を必要なときに、いかに短い時間で的確に探し当てるか、というノウハウを、ひとりひとりが身につけておく必要がある。そこでホームページの検索に有用な手段を列記しておく。
1.ポータルサイト
特定の分野の総合案内所的な機能を持つホームページを、ポータルサイトと呼ぶ。最初から決まっている訳ではなく、最も使いやすいものが自然淘汰により利用者に選ばれるのが普通である。アクセス数が多いものの方がより多くの支持を得ている可能性が高い。良いと思ったポータルサイトに行き当たったら、その都度ブックマークに残しておくと、次に調べるときに役立つ。
2.リンク集
ホームページへのリンクを、その内容別に分けてリストにしたものをリンク集と呼ぶ。訪れたページをブックマークに残しておけば、誰でも簡単に作れるので、気軽に掲載してあることが多い。ただし、刻々と変化するリンク先の内容やアドレスを反映させ、常に新しい状態を保つには、かなりの労力を要する。更新日付が古いものはあまり役立たないことが多い。優れたポータルサイトの条件のひとつは、網羅的なリンク集が備えられ、それが頻回に更新されていることである。
3.検索ページ
ホームページを網羅的に整理し、目次形式やキーワード検索によって探すことができるホームページを、検索ページ、検索エンジンあるいはサーチエンジンなどと呼ぶ。必然的に膨大な数の利用者がアクセスし、広告収入などが得られるため、それを目当てに営利企業が運営している場合が多い。
表2に主なものを示すが、最近では自然淘汰が進み、カバー率、検索精度および速度もかなり向上している。遺伝子検査専用といったものはないが、探しているホームページが存在するのかどうか、取り敢えず網羅的に当たってみる場合に役立つ。
4.メーリングリスト
ある電子メールアドレスに電子メールを送ると、登録者全員に同じものが送られるしくみをメーリングリストと呼び、特定の情報に関心のある人々の情報交換に用いられる。遺伝子診療関連でもいくつか開設されており、有用なホームページについても話題に上るので、常に最新の情報に触れていたい、という方は加入するとよい。
D.情報の信頼性の見分け方
出版物と異なり、ホームページの開設には何のチェックもないため、求める情報が掲載されていたとしても、その信憑性は誰も保証してはくれない。たとえ著名な機関の名称を冠していたとしても、誰かが勝手に名称を騙っているのかも知れない。近い将来、ホームページの開設者を証明する電子公証人と呼ばれる制度が普及する見込みであるが、現時点では自分で確かめるしかない。
ただし、意図的にホームページで人を騙すような行為は、手間がかかる割に得るものが少ないので、実際に被害が出ることは稀である。むしろ過誤や運営の怠慢により、誤った情報や古い情報が垂れ流しにされることの方が多く、情報の更新年月日やアクセスカウントを確認する癖をつけた方が安全である。また自分の専門領域の情報であれば、それがどの程度信頼できるかは、その内容を見ただけで判断できる場合が多い。
III.トラブルとその対策
インターネットの世界は、全体を統括管理している者がいないうえ、さまざまな利用者が何の規制もなく参加できるため、意図的あるいは偶発的障害により、思わぬトラブルに巻き込まれることがある。過度に恐れる必要はないが、次のようなポイントを押さえ、きちんと防止対策を施しておくことが肝要である。
A.セキュリティのトラブル
ホームページを閲覧しているだけなら被害を受ける事はない、と考えている方がおられるかも知れないが、それは正しくない。例えば利用者登録で打ち込んだ情報がのぞき見されたり、目的外利用されることがある。したがって個人情報はできるだけ避け、連絡先等も所属施設のものだけに留めておくのが無難である。
また困った事に、Internet Explorerにはホームページ側の求めに応じてパソコン内の情報を送り出す機能があり、プログラムの隙を見つけて悪用する者が後を絶たない。抜け道が見つかる度に、対策済みのソフトウエアにバージョンアップするようアナウンスされるので、それに従うしかない。
所属施設のネットワークあるいはADSL、CATVなどは、インターネットにパソコンを常時接続できるので大変便利であるが、反面ハッカーの侵入機会が増えることに注意を要する。パソコンにはホームページを開設できる機能が標準添付されているものがあり、うっかり開設の設定をしたままインターネットに接続しておくと、知らない間にホームページを踏み台にしてパソコンの中を自由に操作されてしまうことがある。このような事故を一般ユーザーが自力で防ぐのは困難なため、対策用のソフトが市販されているので、販売店とよく相談のうえ「転ばぬ先の杖」で購入しておく事をお勧めする。
電子メールに秘密保持機能がないための注意点については、既に説明したが、実際の被害は殆どの場合コンピュータウイルスによって発生する。ウイルスをばらまいても何の得にもならないのに、愉快犯によって新種のウイルスが次々と生み出されている。シェアの大きいマイクロソフト製のメールソフトは狙われやすいので、特に注意が必要である。
知人のパソコンが感染した場合、その本人が知らないうちに、その人の名前でウイルスに感染したメールが送られてくるので、知らない送信元からのメールはすぐ捨てるなどの対策をとっても限界がある。最近では、ウイルス感染メールを自動的に除去するソフトを導入している施設や接続業者が増えてきたが、完全とは言えないので、販売店とよく相談のうえワクチンソフトの購入をお勧めする。
B.インターネットのトラブル
インターネットの世界では、さまざまな主体が運営する接続拠点が、網の目のようにつながっており、バケツリレーのように情報を伝えている。どこかで障害が発生すると、自動的に別の経路を探して伝えるので、完全に機能が停止してしまう事は少ない。
ただし、自分がつながっている接続拠点に障害が起これば、復旧までは全くアクセスできなくなる。また自分が見ようとしているホームページの接続拠点に障害が起これば、復旧までそのページを見る事はできない。最近はかなり安定してきたが、何らかの原因でアクセスが急増し、回線がパンクして事実上接続できなくなる、といったトラブルはまだ少なくない。
したがって、いつでも見られることを前提に、ぎりぎりのスケジュールを組むことは危険で、ある程度障害の発生を想定した利用を心がけた方が安全である。
C.パソコンのトラブル
インターネットの利用に限ったことではないが、パソコンの画面がフリーズした経験がない、という方は稀だろう。障害は通常ハードウエアかソフトウエアの不具合によって発生するが、インターネットに接続している場合にはウイルスの可能性もあり、症状から診断することは容易でない。素人判断の対処は却って状況を悪化させることが多いので、様子がおかしいときは、経験豊富な同僚かメーカーの窓口に早めに相談した方がよい。いずれにしろ、根本的な解決にはハードディスクの強制消去を要する場合があるので、探すのに苦労した情報は、こまめにバックアップを取っておく方が安全である。
IV.今後の展望
コンピュータに精通した研究者間の情報交換ツールとして始まったインターネットは、利用分野の拡大に伴って不備な部分が露呈すると、たちまちそれが補充され、さらに利用が拡大し次の不備が露呈するといった過程を繰り返し、遂にクレジットカードの決済や銀行窓口の機能を与えられるまでに至った。今後は個人認証や電子公証人の制度が整備され、電子投票の実現も近い。
さらにIPv6という次世代のインターネットが導入されれば、ほぼ完全にセキュリティを保った状態で、電子メールやホームページの情報が伝達できるので、実地医療への普及は時間の問題となる。遺伝子と疾患の関係や発症予防情報を蓄積した、巨大なデータベースにアクセスしながら、ひとりひとりの遺伝情報に基づいて、きめ細かな診療を行う時代も遠くない。
そうなれば、目前の患者に最善の医療を施すために必要な情報を、広大なインターネットの世界の中から、いかにうまく探し出すか、という能力が益々重要になる。それを身につけるためのトレーニングは今からでも可能であり、早すぎるということはない。この拙文がそのためにいくらかでも役立つとすれば、望外の喜びである。
巻末資料
インターネットで提供されている膨大な情報の中から、実際に役に立つものを選ぶのは必ずしも容易ではありません。そこで本特集号の執筆者に、普段使っているホームページを紹介して頂きました。1はアドレス(URL)、2は有料か無料か、無料の場合には利用者登録制の有無、3は主な利用目的、4はおすすめのポイントやひとことコメントなどです。