【背景】Evidence-based Laboratory Medicine(EBLM)の実践には治療介入とは異なる独自のエビデンスが必要であるが、従来の診断性能の評価法では対照群の選び方により結論が影響されるうえ、極めて多様な臨床状況に応じて網羅的に検討することは困難という問題点を抱えている。そこで検査データを含む各種疾患の症例データベースを整備し、特定の病態に遭遇するたびにそこから類似の症例を抜き出し、多変量解析の手法を用いて最も診断性能の優れた検査項目の組み合わせを導き出す、という方法が新たに開発された。
【目的】この症例データベースは、標本数の充実や地域的偏りの検出などから、複数の医療機関の診療データを抽出して構築することが望ましいが、そのような協力を得る際に必要となる倫理指針を確立する。
【方法】抽出データの要件と既存の各種倫理指針を照合し、該当すべき遵守項目をリストアップするとともに、実務面からも検討を加える。
【結果】該当する指針は文献の[1]における「既存資料等や既存資料等から抽出加工した資料の提供」に該当すると考えられた。ただし遺伝子検査を含む場合、臨床検査領域でも文献の[2]の趣旨を尊重する事が求められる。なお既に測定済みのデータのみを対象とするので、文献の[3]は該当しない。[1]によれば、研究責任者が所属機関外の者から既存資料等の提供を受けて研究を実施しようとするとき、倫理審査委員会の承認を得て、研究機関の長の許可を受けなければならない、とされている。また研究協力者が所属機関外の研究責任者の求めに応じ、既存資料等を研究目的で提供する場合には、患者から同意を得る事が原則であるが、それができない場合でも、当該資料が匿名化されている、などの条件を満たせば提供できるとされている。
【考察】既存の診療データを研究に用いる際、患者に説明し同意を得ることが望ましいのは言うまでもない。だが現実には対象症例が限られてしまうことや、膨大な作業が必要になることから、事実上困難な場合が多い。その結果多くの疫学研究が断念されてしまい、有益な成果を得る機会が失われれば、結局社会の損失になる。指針[1]に同意を必須としない場合が明示されているのは、そのような配慮からと考えられる。ただしその場合には、どこまで厳格に匿名化されているかが問われるため、データ抽出作業には他施設の研究者を関与させず、作業担当者には守秘義務を徹底させるなどの、具体的な作業指針の明示と遵守が重要である。
【文献】
[1]文部科学省・厚生労働省「疫学研究に関する倫理指針」平成14年6月17日
[2]文部科学省・厚生労働省・経済産業省「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する
倫理指針」平成13年3月29日
[3]日本臨床検査医学会「臨床検査を終了した検体の業務、教育、研究のための使用について」平成14年5月20日
(本研究の一部は平成14年度文部科学省科学研究費補助金基盤研究(C)(1)「病態検査データベースの多施設共同構築と検査診断エビデンス動的生成システムの開発」による)