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臨床化学 30(4) : 265-271、2001年12月31日
Japanese Journal of Clinical Chemistry 30(4) : 265-271, 2001.12.31
Cochrane CollaborationとEBLM
西堀 眞弘*
*東京医科歯科大学医学部附属病院検査部
Cochrane Collaboration and EBLM
Masahiro NISHIBORI*
*Clinical Laboratory, Tokyo Medical and Dental University Hospital
[published edition]
1.はじめに
Cochrane Collaborationは「コクラン共同計画」と訳されるが、これがevidence-based medicine(根拠に基づく医療、いわゆるEBM)の国際的な活動中心であることは、ご存じの方も多いと思う。しかし、本特集の主題であるEBLM(evidence-based laboratory medicine)の分野については、検査診断に取り組んでいるグループは存在するものの、作業はあまり捗っておらず、EBLMを実践する体制はいまだに整備されていない。そこで本稿では、コクラン共同計画およびそれに関連するEBLMの現状を概観したうえで、今後わが国がどのようにEBLM活動を展開していくべきかを考察する。
2.EBMとコクラン共同計画
EBMはあくまで現場での実践であり、コクラン共同計画はそれを助ける活動である。このような両者の基本的関係はEBLMについても同じであるが、ともすれば誤解されやすいので、あらかじめ説明を加えておく。
2.1.EBMの基本的な考え方
「evidence-based medicine」という用語を1991年に初めて用いたのはG.H.Guyattという人であるが、その後1990年代後半にそれを定着させたのはD.L.Sackettという人である。彼がその概念を述べた文について、EBMの先駆的研究者のひとりである福井次矢氏は「入手可能で最良の科学的根拠を把握した上で、個々の患者に特有の臨床状況と価値観に配慮した医療を行うための一連の行動指針」と訳している。
ここで注目したいのは、「科学的根拠」に「入手可能で最良の」ということばが付されている点である。誰しも患者の立場になれば、医師の思いつきや勘などではなく、科学的な根拠に基づいた医療行為を求めるのは当然である。ところが周知のように、人類の得た医学知識はいまだ著しく不十分であり、人体のしくみや病因から演繹的に求められる根拠はほとんどない。したがって入手可能なのは、類似の医学的問題点を持った患者を多数集め、いろいろな医療行為を試した結果から得られた、いわば帰納的に得られた根拠がほとんどである。たとえ疾患の発症メカニズムが解明され、理論的に有効な薬剤や臨床検査試薬が開発された場合でも、臨床的に用いるためには「実際に試す」ことによって得られる帰納的根拠が必須である。
ただし、これらの帰納的根拠には、おのずからいくつかの限界がある。第1に、起こりうるすべての医学的問題について「実際に試す」ことは不可能なので、個人が抱える具体的問題について、必ずしも根拠が得られない。すなわち「入手可能で」ある場合にのみ有効である。第2に、人間には個人差があるので、集団で証明された根拠が特定の個人に通用するという保証はない。すなわち「最良の」根拠であっても、患者の立場で最も知りたいこと、すなわち「自分はどうなのか」という問いに対し、完全な回答を与えるものではない。
したがってEBMはこのような限界を大前提とし、その内側でベストを尽くす指針にすぎない。EBMを医療費抑制の理論武装に利用したり、あるいは逆にEBMの科学的限界を根拠にその有用性を否定する考えがあるとすれば、多くはこの大前提を見失ったための誤解に基づくものである。
2.2.EBMのどこが「科学的」か
さて、このような限界を抱えた根拠がどうして「科学的」と言えるのか、疑問に思われるかもしれないが、EBMにおける「科学的根拠」とは、「科学的」に正しい方法で「実際に試す」ことにより得られた根拠、という意味である。例えば、1人の患者にある治療法を試し、病気が良くなったとしよう。これも実際に試したことに違いはないが、別の患者に試したら結果が異なるかもしれないので、この1例だけを根拠にこれが有効な治療法だと結論づけるのは危険であろう。では10人の患者に同じ治療法を試し、7人が良くなったとしよう。この場合でも、放っておいても良くなった可能性を考えなくてはならない。そこで他の10人の患者を治療せず経過を観察し、4人が良くなったとしよう。それでも、もともと自然に治りやすい患者がたまたま治療グループに多かったのかもしれない…。
このような試行錯誤を経てさまざまな工夫が考え出され、現在最も科学的レベルが高いと考えられているのが、「ランダム化比較試験」という方法と、それを複数組み合わせて総合的な結論を推定する、「メタアナリシス」という方法で得られた根拠である。具体的な内容は別項に譲るが、これらはできるだけ先入観や恣意による偏りを遠ざけ、客観的なデータが得られるよう工夫されている。ただし、このような方法を適用するのが難しいこともあるので、その場合にはより科学的レベルが低いとされる比較実験や専門家の経験に基づく意見なども根拠として採用される。
2.3.EBMの4つのステップとコクラン共同計画
EBMの実践においては、(1)患者の問題点をリストアップし、(2)該当する根拠をできるだけたくさん探し出し、(3)その中でできるだけ科学的レベルの高い根拠を選び、必要に応じて複数の根拠を総合し、(4)患者の意向を考慮したうえで、医療行為を選択することになる。言葉で書くと簡単であるが、これらを臨床の場で実行するのは必ずしも容易ではない。経験豊富な臨床医ならば(1)および(4)で苦労することは少ない。また近年急速に普及しつつある情報技術(いわゆるIT)を駆使し、インターネットで各種データベースを検索すれば、(2)も不可能ではない。
しかし(3)では、たとえ「ランダム化比較試験」によって得られた根拠であっても、それが正しく実施されたかどうかを判断しなくてはならず、そのためには統計学と医学の知識、および医学研究についての豊富な経験が必要である。ましてそれ以外の根拠では、「どの程度科学的レベルが低いか」を評価するという大変難しい判断が要求される。しかも膨大な文献が生産され検索可能となった現在、これを個人の努力で実行することは、事実上不可能に近い。
そこでこの大変な作業を代行してくれるのが、まさにコクラン共同計画なのである。すなわち、遭遇する頻度が高いと考えられる典型的な問題について、(2)および(3)の作業を大勢で分担することにより、EBMを実践するうえで最も大きな負担の軽減を目指すものである。なお、「システマティックレビュー」という用語は、この(2)および(3)で行われる一連の作業を意味する。
3.コクラン共同計画の概要 1)
3.1.発足の経緯
「Cochrane」は、英国の医師で疫学者であるA.L.Cochraneという人名から由来している。彼はEBMという用語こそ使わなかったものの、1972年に著書の中でその理念を主張した。その弟子の1人にI.Chalmersという英国の産婦人科医がおり、その理念に基づき、10年以上独自にシステマティックレビューを続けていた。1992年になってその意義が英国政府に認められ、UKコクランセンターという組織が設立されたのが、コクラン共同計画の始まりである。その後多くの国々でその活動が賛同を集め、国際的な広がりを見せて現在に至っている。
3.2.コクランライブラリ
コクラン共同計画の活動成果は、何種類かのデータベースに蓄えられたうえCD-ROMやインターネットを通じて年4回発行されている。これらはThe Cochrane Library(コクランライブラリ)と総称され、利用者は有償で年間契約する。
3.2.1.コクラン・システマティックレビュー・データベース
コクラン共同計画によって実施されたシステマティックレビューの結果報告が集められており、抄録の部分だけはインターネットで無料公開されている。原文は英語であるが、各国語への翻訳が進められており、一部は日本語にも翻訳されている。
3.2.2.有効性に関するレビュー抄録のデータベース
コクラン共同計画以外の場で実施されたシステマティックレビューのなかで、科学的レベルについて一定の基準を満たすものが集められ、その構造化抄録が批評とともに掲載されている。
3.2.3.コクラン比較試験データベース
学術雑誌だけでなく、学会・研究会の抄録集などさまざまな情報源から、膨大な比較試験の記録が集められ、それらの書誌情報が登録されている。登録は2段階に分けられ、まず電子的検索および人手による検索で見つかったものが機械的に登録された後、一定の科学的水準を満たしていると評価されたものだけが、改めて専用のデータベースに登録される。その際には、米国国立医学図書館との協定により、MEDLINEに登録された論文にもそのことを示す印が付けられる。
3.2.4.コクラン方法論データベース
システマティックレビューの方法論に関する研究成果が集められ、それらの書誌情報が登録されている。システマティックレビューの実施方法が書かれたハンドブックや用語集も含まれている。
3.3.活動の特徴
コクラン共同計画はNPOとして設立され、各国の各種団体や基金による経済的支援を得ているものの、基本的には熱意ある個人がボランティアベースで参加することにより成り立っている。そのため、そのような組織が陥りやすい問題をできるだけ防ぐよう、その活動方針には以下に例示するようなユニークな観点が含まれている。
(1)貴重な労力を無駄にしないよう、作業の重複をさけるような運営管理と作業調整を心がけ、かつ得られた成果はできるだけ多くの利用者に届けられるよう、他の組織と戦略的に提携し、ニーズに適合した価格、内容、媒体を維持すること。
(2)独善や自己満足に陥らず、評価の偏りをできるだけ少なくし、作業の質を維持するため、内部および外部との良好なコミュニケーションを育て、開かれた意思決定とチームワークを保つこと、そして科学的厳格さを忘れず、さまざまな立場からの参画を確保し、利害関係の調整に努めること、そして外部からの批判を積極的に受け入れ、それに対し責任ある対応をすること。
(3)継続的活動を維持するため、重要な役割について、常に責任体制を見直し更新すること、そしてできるだけ参加の輪を広げるため、敷居を低くし、参加者の多様性を積極的に求めていくこと。
3.4.組織
前項に述べた活動方針を裏づけるため、コクラン共同計画では組織の構成にも工夫が凝らされている。
3.4.1.共同レビューグループ
システマティックレビューを実施する組織で、本稿執筆時点で約50のグループが活動している。各グループはそれぞれ医療上の特定の関心領域を共有する、研究者、医療従事者、患者などさまざまな立場のメンバーから構成されている。
新規分野の共同レビューグループを発足するためには、作業の計画、調整、モニタリングを担当する責任者名、関心領域の研究をできるだけ網羅的に収集するための方法、および対象とするシステマティックレビューの実施に誰が責任を持つのか、等を明記した文書を求められる。これらに加え、日々の運営管理を担当する「レビューグループ・コーディネータ」という役割を担う個人が指名される。
共同レビューグループはコクラン共同計画の中心的存在であり、以下にあげる組織はすべてその支援を目的としている。
3.4.2.方法論グループ
システマティックレビューに用いられる技術の研究は、まだ未熟で急速に発展しつつあるため、システマティックレビューの妥当性や正確性のさらなる改善を目指して、開発と助言を行うグループである。例えば種類の異なるデータを統計的に合成する方法を開発するグループや、システマティックレビューの結果を臨床的に役立つよう記載するノウハウを考えるグループなどがある。本稿執筆時点で11グループが活動している。
3.4.3.フィールド
医療の供給段階(例えばプライマリーケア)、対象患者(例えば高齢者)、介入手段(例えばワクチン接種)など、純医学的観点とは別の切り口で検討し、共同レビューグループの成果が社会的ニーズに適合するよう、専用データベースの構築、対外調整、システマティックレビューへのコメントなどを行う組織である。本稿執筆時点で7グループが活動している。
3.4.4.コンシューマ・ネットワーク
コクラン共同計画では、患者をシステマティックレビューの最終的な消費者であると位置づけている。この組織はコクラン共同計画に参画している患者が、互いに連携しネットワークを形成するための情報や場を提供したり、世界中の患者どうしが協調するための接続ポイントの役割を担っている。本稿執筆時点で2グループが活動している。
3.4.5.コクランセンター
設立の母体はさまざまであるが、コクラン共同計画のあらゆる活動を実質的に支えるとともに、各地域におけるEBMの実践を推進する支部機関である。また年1回開催される国際学術集会(Cochrane Colloquiumと呼ばれている)を回り持ちで担当している。本稿執筆時点で、中国、南アフリカ、スペイン、オランダ、フランス、ドイツ、イタリア、デンマーク、英国、オーストラリア、カナダ、ブラジルに各1カ所、米国に3カ所、計15カ所に設置されている。
3.4.6.運営委員会
全体を統括する運営委員会は、前記の5種類の組織から選ばれた十数名の委員によって構成され、小さな事務局が英国に置かれている。委員会の中には、業務の種別ごとに小委員会やアドバイザリー・グループなどが置かれている。役員構成、権限、選出方法などが明記された規約のほかに、運営方針のガイドとして、「コクラン共同計画戦略プラン」という、目的と目標が階層状に細かく列記された文書が定められている。
3.5.活動の現状
3.5.1.全体的な状況
年2回開催される運営委員会の議事要旨はホームページで公開されており、これを見ると活発な活動状況が伺える。またコクランライブラリは年4回改訂されているが、2001年の第3版では新たに66編のシステマティックレビューが登録されるとともに、既存の50編が改訂されている。
昨年ケープタウンで開催された第8回Cochrane Colloquiumのプログラムには、8つの講演、55の口演発表、155のポスター発表のほか、40のワークショップに加え、開会前の2日にわたり関連セミナーが組まれていた。出席者は300名を越え、途上国を含む世界各国から集まっていた。日本からの出席者は4〜5名と見られ、南米、東南アジア、東欧諸国からの出席は少なかった。なお、筆者が出席したセッションでは特に資金面の質疑応答が目につき、補助金を得た事業は一時盛んになるが、それが途絶えるとじり貧になるという、ボランティアベースの運営に共通する問題点が、そろそろ表面化しつつあるように感じられた。
3.5.2.各国の状況
1999年2月にコクランセンターが開設されたばかりの中国では、ブームに乗って学界、医療機関および学術出版界をも巻き込んだ、いわば全方位的なEBM活動を精力的に展開しつつある。一方、米国では、以前は4つあったコクランセンターが運営負担の問題で次々と閉鎖され、運営責任者のひとりによれば、近い将来1カ所だけになるとの見通しである。
わが国では比較的早い時期から英国でのコクラン共同計画の動きに呼応しており、日本への普及・啓発活動を目的とするThe Japanese Informal Network for the Cochrane Collaboration(JANCOC)が設立されたのは1994年のことである。これまでホームページでの情報提供 2)、セミナーの開催、関連資料の出版、コクラン・システマティックレビュー・データベースの翻訳、コクラン比較試験データベースへの日本の文献の登録などに取り組んできたが、残念ながらいまだにコクランセンターの開設には至っていない。翻訳作業も1998年第4版が公開されたのを最後に、資金の途絶とともに中断されたままである。
これらの状況を見ても、EBMの実践には、高い意欲を持った個人の自発的努力は不可欠であるが、同時に資金的裏付けがなければ、組織の持続的活動は容易でないことが示唆される。
3.6.コクラン共同計画におけるEBLM
残念ながら現在のコクラン共同計画には、臨床検査医学の専門家を中心に組織されたグループは存在しない。EBLMに最も関連が深いと考えられるのは、方法論グループのひとつである「Methods Group on Systematic Review of Screening and Diagnostic Tests」である。このグループは臨床検査医学におけるシステマティックレビューの進め方について、1996年に詳細なガイドライン 1)を発表し、その後検査診断に特化した共同レビューグループの発足を目指したものの、方法論の確立が不十分という理由でいまだ承認は得られていない。
発表されたガイドラインを見ると、研究に用いられた統計学的な手法が適切かどうか、という観点ではかなり充実しているが、肝心の臨床検査医学的な視点、例えば研究に用いられた臨床検査の正確度や再現性が十分に確保されているか、といった点については、残念ながらほとんど言及がない。また昨年のCochrane Colloquium期間中に開かれたこのグループの会議の様子では、マンパワー不足から、ガイドラインの改訂はおろか、ホームページの更新、解析ソフトの充実、問合せへの対応等にも事欠く有様で、当面精力的な活動は期待できない。
4.EBLMの課題
4.1.検査診断領域で得られる科学的根拠の現状
文部科学省Evidence-based Diagnosis研究班(文部科学省EBD研究班) 3)の調査によると、2001年第1版のコクランライブラリに収載されたシステマティックレビュー総数1,000件のうち、診断手法に関するものは36件で、さらに臨床検査・生理機能検査に絞るとわずかに5件であった。また「有効性に関するレビュー抄録のデータベース」においては、掲載総数1,980件のうち、診断手法に関するものは313件であったが、その中で検体・生理機能検査関連は46件であった。さらに診断特性に関するものは、システマティックレビューには該当がなく、「有効性に関するレビュー抄録のデータベース」には46件のみ登録があった 4)。
医療のあらゆる分野に広く臨床検査が利用されていることを考えれば、これらの数字は著しく少ない。臨床検査医学の専門家の関与が不十分であることもその一因であろうが、より大きな原因は、EBLMの概念自体が、次の2項に説明するような本質的な課題を抱えているためである。
4.2.評価の指標
EBMの最終目標は医療行為によって患者に現れる結果を良くすることであるから、治療法の評価にはその有効率を用いればよい。ところが、臨床検査は診断を目的として行われ、直接患者の予後を左右する医療行為ではないので、何を評価の指標にするか、すなわち「どういう検査がよい検査といえるのか」という問題が生じる。これには大きく分けて2つの考え方があるが、どちらの考え方にも賛否両論あり、今のところ結論を下すのは容易でない。
ひとつは、最終目標を「正しい診断を得ること」だと読み替え、そのために新たに必要となる評価手段をEBMの手法に追加していくという考えである。コクラン共同計画の方法論グループはこの考え方をとっており、何らかの治療をすれば予後を改善できる人を、ある検査によっていかに的確に見つけだせるかを、その検査の評価指標にすべきだとしている 1)。
いまひとつは、検査という行為そのものを治療と同じ医療行為のひとつと捉え、治療法を評価する方法をそのまま適用して、検査を実施することが患者の予後を改善するかどうかで評価しよう、という考えである。これは、いかに正しく診断できる検査であっても、もし治療方針に何ら影響を与えず、したがって予後にも影響を与えないなら、その検査を実施する意味はない、とする主張に通ずる。
4.3.統計学的な問題点
治療法を評価する実験では、条件を揃えた2群の患者の一方だけを治療し、治療しない群と予後にどれだけ差が出るかどうかを調べる。また、将来ある病気になるかどうかを、どれだけ正しく予測できるかを評価するためには、ある集団を検査結果で2群に分け、その他の条件を揃えたうえ、発症率にどれだけ差が出るかを調べる。これらの方法は統計学的に確立されており、それぞれの指標の値はそのまま優劣を表す科学的根拠として用いることができる。
ところが、臨床検査が最もよく使われるのは、病気の診断である。しかし、病気かどうかをどれだけ正しく診断できるか評価する目的で、患者とそれ以外の2群に分けて検査を実施し、陽性率にどれだけ差が出るかを調べようとしても、この2群間で条件を揃えることはきわめて困難である。例えば患者以外の群を健康人とするか、異なる疾病の患者とするかによって、導かれる結論がまったく異なる可能性がある。
さらに臨床現場で検査が使われる状況を考えれば、疾患の経過中のその時々に見られる病態において、さらにこの先判別すべき2群を、どの検査がもっとも鋭敏に峻別できるか、という指標が求められる。
個々の検査項目について、患者とそれ以外の2群を1組だけ用意し、その陽性率の差によって検査の診断特性を評価する統計学的手法は、すでにある程度確立されている。しかし、このような指標をすべての病態についてあらかじめ用意しておくことは不可能であり、かつ複数の検査を組み合わせて診断する場合には適用できないため、臨床的ニーズのごく一部を満たすことしかできない。
4.4.今後の展望
以上に説明したように、EBLMには解決すべき問題が山積しており、EBMの手法を踏襲し方法論を適用するだけではおのずから限界がある。コクラン共同計画に学ぶべき点は学ぶとして、そこから先は臨床検査にかかわる専門家の積極的な参加により、独自に方法論や実践の戦略を作り上げる必要がある。そのためには、臨床検査に関わるあらゆる立場の人々がその意義を理解し、一人でも多く主体的に参加することが成否を左右する。そしてわが国がEBLMの実践に取り組むことは、単にわが国の医療を改善するだけでなく、さらにその成果を還元することによって、世界の保健医療に大きく貢献することにつながる。
すでにわが国の学界においては、文部科学省EBD研究班 3)が、EBLMに適したシステマティックレビューのチェックリスト案を公表するとともに、EBLM分野でのシステマティックレビュー・データベースの構築について、コクラン共同計画の方法論グループとの連携を探りつつある。また日本臨床検査医学会 5)のEBLM委員会では、国際臨床病理センターのEBLM委員会 6)と協力して、研修会の開催などによりEBLM活動の推進を図るだけではなく、システマティックレビューにおいて高い評価が得られるような研究の企画立案にも取り組んでいる。この中には、多変量解析の手法を応用し、検査データを含む各種疾患の症例データベースから、特定の病態に遭遇するたびに類似の症例を抜き出して、その時点で区別したい2群を最も鋭敏に峻別する検査項目の組み合わせを、リアルタイムに導き出すという、これまでの統計的手法の限界を超越する、きわめて独創的な試みも盛り込まれている。
5.おわりに
本稿は予備知識の少ない方を対象に、コクラン共同計画を中心とするEBMの世界的潮流の中で、EBLMの位置づけを理解していただくことを目的に、専門的事項の解説は他の論文に譲らせていただき、できるだけ専門用語を用いずに平易な説明を心がけた。そのため、よくご存じの方には、多少不正確な表現が目に付くかもしれない。本稿がEBLMそのものを理解するだけでなく、読者ひとりひとりが担いうる役割がいかに大きいかを認識していただく一助となれば、望外の喜びである。
■文 献
1)コクラン共同計画ホームページ (http://www.cochrane.org/)
2)JANCOCホームページ (http://cochrane.umin.ac.jp/)
3)文部科学省EBD研究班ホームページ (http://ebd.umin.ac.jp/)
4)2000年度文部省 科学研究補助金 基盤研究C(企画調査)「効率的で良質な医療を目指した病態検査の系統的再評価の基礎的検討」報告書 2001年9月10日 (http://ebd.umin.ac.jp/research/summary2000.pdf)
5)日本臨床検査医学会ホームページ (http://www.jslm.org/)
6)国際臨床病理センターのEBLM委員会ホームページ (http://ebd.umin.ac.jp/eblm/)
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