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臨床病理 49(補冊) : 230、2001年7月30日
The Official Journal of Japanese Society of Laboratory Medicine 49(Suppl.) : 230, 2001.07.30
第48回日本臨床検査医学会総会 P-011

ポストゲノム時代の次世代予防診断学確立に向けての提言

西堀 眞弘
東京医科歯科大学医学部附属病院検査部

published edition

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【目的および方法】 ヒトの遺伝子は受精時に確定し原則として終生不変であり、その検査は直接病因につながり治療法を演繹的に追究できるため、特に各種疾病の発症リスクの診断に大きな貢献が期待される。しかし、これまで主として治療医学に焦点を当ててきた臨床検査とは次元の異なる情報が大量に得られるため、従来の診断学の体系をそのまま当てはめることは困難である。そこで、遺伝子検査の特徴とその臨床的な意義を分析し、次世代の予防診断学に求められる要件を明らかにする。
【結果】 [1]SNPs等の遺伝子検査による発症リスク診断は次の特徴を持つ。(1)潜在的市場規模の大きさから既に莫大な先行投資がなされ、IT技術を駆使して網羅的なデータベースが蓄積されつつあるため、リスク検出に関する感度・特異度、陽性予測値・陰性予測値、検査前確率、尤度比等の指標が、従来の臨床検査とは比較にならない程、極めて正確に得られる可能性が高い。(2)リスクの判明から実際に健康障害が発生するまでの期間が著しく長期化する可能性がある。(3)対処法のないリスクが判明する可能性が少なくない。(4)リスクを血縁者と潜在的に共有しているため、個人だけの問題では収まらない。(5)単因子低頻度疾患の場合とは異なり、誰でも多少とも何らかのリスクは持っているため、人類全体がかかわる社会問題となる。(6)各個人ごとに膨大な種類の、大小様々な発生確率を持つリスクが一時に判明し、従来の理論や常識では全体像の把握や妥当な対処が困難と考えられる。
[2]したがって、既に発生した健康障害の原状回復が最大の目的であった従来の医療とは異なり、(a)本人の予後、(b)医療行為に起因するリスクの少なさ、(c)本人の満足度、(d)本人の後悔の少なさ、(e)精神的・肉体的苦痛の少なさ、(f)精神・身体活動の制約の少なさ、(g)医師の自己評価、(h)医師の後悔の少なさ、(i)医師の客観評価といった、はるかに多様な価値を追求することが求められる。
[3]医学的判断を裏付ける従来の理論のうち、Evidence Based Medicine(EBM)はおもに(a)と(b)に注目した理念であり、医師によっては(g)、(h)および(i)を追求する手段との考えもありうる。一方医学判断学はおもに(a)を最大にしてコストを最小にする選択肢を明らかにする方法として用いられている。したがって現時点ではこれら(a)〜(i)を総合的に扱えるモデルはない。
【結論】 医学判断学の判断樹の考え方を応用すれば、先にあげた要素の指標化とそれぞれの関係の関数化を行なったうえで、あらゆる選択肢を想定し、例えば(a)を最優先にするにはどれを選択すべきか、とか、あるいはその選択では(d)はどうか、などの条件を与えることにより、ある程度再現性のある意思決定モデルが確立できる可能性がある。
【結語】 ポストゲノム時代に急拡大が予想される、発症リスクの遺伝子診断のメリットを引き出し、かつ無用な混乱を回避するためには、次世代の予防診断学の確立が急務である。

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【会場での質疑応答の要旨】
フロア)SNPのスクリーニングは発症率1.5倍以上を目安にしている程度なので、発症率90%といった想定はあまり現実的ではないのではないか。
演 者)特長を際だたせるために敢えてそのような設定をした。また実際のSNPの特異度がその程度でしかないなら、当事者にとってさらに判断は悩ましいものになるので、意思決定支援の必要性はますます大きくなる。

フロア)予防措置が発症率を半減させるという想定だが、発症率の低減効果を測定するには膨大なコホート研究が必要であり、実際には困難ではないか。
演 者)その値すら得られない状態で判断しているのが現状である。今回提示した表示方法は、いかに膨大なコストがかかろうとも、そのようなデータが不可欠であることを分かりやすく示し、もっと国の研究資源を振り向けるべきであることを啓蒙する道具としても大切である。

フロア)満足度、苦痛、後悔、制約などはどうやって指標化しているのか。
演 者)具体的に生じる事象を当事者に示したうえで、主観的に点数化してもらう。

フロア)客観的データに基づいて科学的に算出される発症確率と、満足度といった定量計測不能な指標とを並べて表示するのは、誤解を招くのではないか。
演 者)予備知識のない一般の人々に提示する目的で考えたので、専門家から見ればそのような疑問点があることは承知している。

フロア)各指標の間にも重み付けが必要ではないか。
演 者)その通りだが、今のところよい表示方法がない。

演者追加発言)今のように狙いをつけてSNPを検索していると、ある疾患のリスクを増やすSNPが同時に他の疾患のリスクを減らす効果を持っていた場合、前者だけが発見されデメリットだけを根拠に誤った介入がなされる恐れが高い。即ち、高コレステロール血症の治療基準をめぐるJ-LITの混乱を見ても、そのようなトラブルが現実に起こってしまってから気付くのでは遅い。そうなる前に、いかに費用がかかっても網羅的なスクリーニングが必要であることを、もっと啓蒙すべきである。

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