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インナービジョン 15(13) : 30-32、2000年11月25日
INNERVISION 15(13) : 30-32, 2000.11.25
III 医療ニーズからのアプローチ

形態検査画像のデジタル化に伴う色の問題と
医療全般へのインパクト


西堀 眞弘
文部省形態検査インターネットサーベイ研究班/
東京医科歯科大学医学部附属病院検査部

 形態検査インターネットサーベイ研究班は文部省が7大学から9人の研究者を募り、それを核として臨床検査医学あるいは臨床病理学の各分野から総勢40名弱の研究者を鳩合して、1998年に組織したものである(詳細は研究班ホームページ http://survey.umin.ac.jp/ 参照)。当初の研究目的は、従来より設問用の画像をスライド写真にして配付していた形態検査のコントロールサーベイに、インターネットを導入して、それらの画像をホームページに掲載して配付できるかどうかを検討することであった。 しかし研究の途中で、デジタル画像の色再現が正確でないために誤診を招く危険性が判明し、例えば健康な皮膚が表示端末に黄色く映し出され、黄疸と誤診されてしまうようなことも起りかねず、電子カルテ、遠隔医療あるいは遠隔医学教育の実用化が目前の今、色の標準化が医学医療全般に関わる喫緊の課題であることが明らかとなった。そこで急遽研究計画を変更し、 表示装置の色再現性能を如何に較正するか、あるいは表示装置で再現された色が正しいかどうかを如何に確かめるかという課題に取り組み、新たな研究領域の確立と、昨年 5月に開催された初めてのシンポジウムおよび本年4月に開催された第2回デジタル生体医用画像の「色」 シンポジウムを含む各種学会において暫定的対処法の提言に至った【1-11】
 しかし現実には、厚生省が電子カルテの導入に踏み切ったことを契機に、デジタル化の波はその妥当性の検討の結論を待たずに、形態検査領域にも急速に押し寄せつつある。そこで今回は、本研究班が 膨大な形態検査画像をデジタイズし、その診断精度を検討した経験から、第2回シンポジウムで報告した、具体的に起こる問題とその対処法と共に、より根本的な解決を目指した最新の研究動向を紹介する。


デジタイズの方法

 全ての画像はスライド写真をオリジナルとし、Kodak Photo CDシステムでデジタイズした後、原則として320ピクセル×240ピクセルの解像度で保存し、診断精度が保たれるようにAdobe Photoshop 5.0で明度、コントラスト、シャープネス、色調等を調整のうえJPEG方式で圧縮した。最終的なファイルサイズは20KBから144KBまでの範囲にばらついた。
 通常の表示装置で十分な画質が得られなかった一部の画像については、試作品のQSXGA TFT液晶ディスプレイ(200 pixel per inch)を用い、表示面積が等しくなるよう1067ピクセル×711ピクセルの解像度で保存したものを表示させて検討した。

各臨床検査分野ごとに見た問題点

1.一般検査
 対象とした尿沈渣と寄生虫では、殆どの場合問題なくデジタイズされ、特に染色標本では専門医が驚く程大変美しい表示画像が得られた。ただし、無染色の標本ではグラデーション部分に等高線状の縞模様が現れやすく、圧縮率を下げる必要があったが、診断に影響するような問題は全く生じなかった。

2.血液検査
 全体を通じて、色の再現性について正確さを要求されることが最も多く、微妙な色調の調整を要したのが、この分野の標本である。標本の色が染色液によって規定される点では病理検査と同じであるが、色素が血液細胞に含まれる成分と反応して起こる色調の変化が、診断の重要な根拠となるという特徴があり、そのために正確な色再現がより厳しく要求されると考えられる。
 一方、一部の標本では、解像度を上げることによりかなり画質が改善するものが見られ、色だけでなく解像度の面からも複合的な影響を受けていることが示唆された。

3.微生物検査
 細菌の顕微鏡所見において、色の再現能力が低い表示装置では、診断不能となる重大な影響が見られた。但し、この問題は解像度を上げることにより劇的な改善が見られ、色と解像度の両方の因子から複合的な影響を受けていることが示唆された。
 また、培地上のコロニーの標本写真では、グラデーション部分に等高線状の縞模様が現れやすく、圧縮率を下げる必要があったが、診断に影響するような問題は生じなかった。

4.免疫血清検査
 蛍光抗体法による抗核抗体と免疫電気泳動の標本につき検討した。前者では写真と同等の所見を得るために、デジタイズ後かなり強くアンシャープマスクを加える必要があった。後者では、細かな沈降線をはっきりさせるため、かなりコントラストを強調する必要があった。また後者ではグラデーション部分に等高線状の縞模様が現れやすく、圧縮率を下げる必要があったが、診断に影響するような問題ではなかった。

5.病理細胞診検査
 予想に反し、正確な色再現が厳しく要求されたものは、細胞診において微妙な色調の有無が診断に影響する一部の標本だけであった。むしろ弱拡大の顕微鏡写真では、画質の評価がほぼ解像度に依存することが示唆された。

6.染色体検査
 G-分染法の標本で検討したが、診断の鍵となるバンドを見やすくにするため、デジタイズ後コントラストを微妙に調整する必要があった。

7.生理検査
 心電図、脳波、呼吸機能、心機図、超音波検査につき検討した。この分野については、画像の大きさは各々の検査報告書に合わせた。もともと色情報は殆ど含まれていないので、色の再現性が問題になることはなかった。なお、超音波検査については、静止画像と動画像で評価したが、後者の方が圧倒的に多くの診断情報が得られるだけでなく、形態の把握についても著しく有利であった。これは、実世界では常に動画像で情報を処理している、人間の視覚認知能の特徴に起因する可能性が示唆された。

表示装置による影響

 同じデジタル医用画像でも、表示装置の機種により診断精度が変わることは既に報告したが【2-11】、その他の面でも差が見られた。最近普及している32000色表示という性能があれば、ほとんどの場合、色の再現性による問題は生じなかった。しかし、同じ表示可能色数であっても、CRTと液晶表示装置では、後者の方が色の階調が荒く表示される傾向がある。すなわち、後者だけにグラデーション部分に等高線状の縞模様が現れ、そのために圧縮率を下げる必要が生じることがあった。さらに、液晶表示装置の機種によっても、その程度に差が見られた。この原因についてメーカーの技術者に問い合わせたところ、液晶表示装置はCRTより階調の差を表現するのが難しく、制御回路の性能に大きく影響されるためではないかとの意見であった。同じ画像でも、CRTより液晶表示装置の方が診断精度が低くなる傾向が見られたのも、同じ原因に起因する可能性が考えられる。

推奨される対処法

 実際には、形態検査画像をデジタイズすることにより、診断精度に重大な影響が生じる場合は比較的少ないと考えられる。したがって、実際にとるべき対処法としては、稀に起こりうる問題を予めリストアップしておき、デジタル化する際に、それらに焦点を当ててスクリーニング的にチェックすることで、偶発的な誤診を防ぐことが必要と考えられる。
 形態学的診断の特徴として、正しい標本の姿や、診断のためのゴールドスタンダードが、熟練者の頭のなかに存在するという経験的事実がある。したがって、デジタイズ標本が正しく画面上に再現されているかどうかを判定する方法としては、オリジナルの標本と並べて見比べるよりは、むしろ熟練者に表示された画像を実際に見て判定してもらう方が有効であると考えられる。
 その評価に用いる表示装置として望ましいのは、何かの基準で標準化された機種であるが、現状ではまだ一般に普及しているものはなく、また、市場に出回っているすべての機種について検討するのは、事実上不可能である。したがって、現実には、デジタイズされた画像を用いる前に、最も問題が生じやすい機種をいくつか選択して予め熟練者がチェックし、もし不十分な点が見つかったら、その影響が最も小さくなるよう画像を調整しておくのが最善の策と考えられる。即ち、少なくとも32000色程度の色再現性能を持つCRTと液晶表示装置から1機種ずつ選んで確かめておくことは、最低限必要であろう。

最近の研究動向

1.新たな研究組織の設立
 以上に述べた問題は、内容の学際性と先端性ゆえに、既存の学会等の枠組みでは対応しきれない。そこで第2回シンポジウムを機に、各診療科、看護、病理および臨床検査等の現場でデジタル画像を駆使している専門家と、理工系の立場から色を研究している専門家が各国から集まり、新たにデジタルバイオカラー研究会が設立された。同研究会では、通常の研究発表に加え、「診断等価性」理論に基づく表示装置較正システムやマルチメディア医学教材の色較正法の開発、あるいはマルチスペクトル・イメージングの医療応用などの研究プロジェクトにも取り組んでいるので、以下にその要点を紹介する。詳しくは、シンポジウム抄録集や会則などがすべて研究会ホームページ(http://biocolor.umin.ac.jp/)で公開されているうえ、平成12年度科学研究費補助金を得て来年2月に英文書籍【12】の出版が予定されているので、興味のある方はそれらをご参照いただきたい。

2.診断等価性
 視覚情報による診断に求められる色再現の精度には、人間の色順応やより高位の視覚認知機能などが大きく影響すると考えられるが、これらについてはまだほとんど解明されていない。このような現状から考えると、デジタル医用画像の色を標準化するために必要な総合的理論の構築には、まだかなり時間がかかると予想される。かと言って、医療用途のすべての表示装置を高価な専用仕様とすることも現実的とは言えない。したがって、汎用の表示装置を簡便に較正できる、低コストの手段をできるだけ早く提供する必要がある。  そこで本研究班では、完全に色を一致させるという考えから脱却し、診断に差が生じない範囲で色の誤差は許容してもよいという着想に至り、「診断等価性」という新しい概念を提示した。即ち、診断の確定した典型的症例画像を多数集め、それらを臨床的なキャリブレーターとしてそれぞれの表示装置で観察し、それらの診断がすべて一致した装置を、診断用途において「等価」と考えるのである。例えば、医療現場の専門家は、自分の使っている表示装置でそれらの画像を観察して診断を試み、本来得られるべき診断結果と比較することにより、それらの装置の性能を評価、調整できる。これは無論完璧な解決策とは言えないが、極く稀な例を除き、殆どの場合で再現性能のばらつきから生ずる問題を回避できると予想される。

3.マルチスペクトル・イメージング技術
 色は本来、物体の分光輝度、分光反射率あるいは分光透過率に基づく連続スペクトルを持った情報であるが、ヒトの視覚が3種類の色センサー細胞に基づくことから、これまでR(赤)、G(緑)、B(青)の3チャンネルの情報だけで記録されてきた。現在のデジタル画像はすべてこの原則に基づいているため、異なる照明下で正確に同じ色を再現することは原理的に不可能である。
 最近、連続スペクトルを持つ複数の基本色を用いて、物体のもつ分光情報を連続スペクトルのまま正確に記録するという、マルチスペクトル・イメージングの技術が実用化されつつある。この技術については、昨年10月に世界初の国際シンポジウムが開かれたのに続いて、本年10月にSecond International Symposium on Multi-spectral Imaging and High Accurate Color Reproduction(詳しくはホームページ http://www.icsd6.tj.chiba-u.ac.jp/~tsumura/2nd/SpectSympo2000.html 参照)が開催されるなど、工学分野でも最先端のトピックとして注目されている。本特集の別項に具体的事例が紹介されているので、詳細はそちらに譲るが、この技術を用いて対象物と照明光の分光情報を同時に記録し、表示する際の照明光の分光情報と行列演算すれば、異なる照明下でも極めて正確な色を近似再現できるなど、医療分野への応用が強く期待されている。

おわりに

 形態検査領域における本研究班の経験を端緒として、デジタル医用画像の色にまつわる諸問題は、今や来るべき情報化社会を支える基盤的研究課題として浮かび上がり、医学医療分野全般から工学の最先端領域にまたがる、広大な研究領域を必要としている。そのような観点から見れば、これまでの検討は予備実験のレベルに過ぎず、対策も必要に迫られた暫定的なものでしかない。新たに設立された国際的学際研究組織を核として、今後さらなる系統的かつ定量的な実験の蓄積により、より裏づけのある方法論の確立が期待される。なお、本稿はインターネット上で公開しており、引用した文献等は文字をクリックするだけで呼び出せるようにしてあるので、そちらもご参照いただきたい (http://mn.umin.ac.jp/work20001125.html)。


謝 辞
本研究に多大な貢献をいただいた研究班員各位に対し厚くお礼を申し上げます。

参考文献
【1】Masahiro Nishibori, Kiichi Itoh, Kiyoaki Watanabe, Harushige Kanno, Yasuhiro Ohba:Use of WWW in a Control Survey of Morphological Laboratory Tests, Proceedings of the Ninth World Congress on Medical Informatics, 803, 1998 (http://mn.umin.ac.jp/medinfo98-803.html)
【2】西堀眞弘:形態検査領域における標準化の試み.第1回デジタル医用画像の「色」シンポジウム抄録集 25-28、1999年 (http://mn.umin.ac.jp/work19990508a.html)
【3】西堀眞弘編:平成10〜11年度 文部省科学研究費補助金基盤研究(C)課題番号10672172 研究課題「インターネットを使って形態学的検査のコントロールサーベイを実施する研究」研究実績中間報告書.第1回デジタル医用画像の「色」シンポジウム抄録集 55-69、1999年 (http://mn.umin.ac.jp/work19990508b.html)
【4】Masahiro Nishibori : The Role of Multispectral Imaging in Medicine. Proceedings of International Symposium on Multispectral Imaging and Color Representation for Digital Archives, 114-116, 1999 (http://mn.umin.ac.jp/work19991021.html)
【5】西堀眞弘:インターネットを用いた形態検査診断への表示装置の機種間差の影響.臨床病理(第46回日本臨床病理学会総会) 47(補冊) : 284、1999年 (http://mn.umin.ac.jp/work19991110.html)
【6】西堀眞弘:デジタル医用画像の色再現の差と診断への影響.第19回医療情報学連合大会論文集 336-337、1999年 (http://mn.umin.ac.jp/work19991125.html)
【7】Masahiro Nishibori : Color Representation of Digital Imaging in Medicine. XX World Congress of Pathology and Laboratory Medicine, 167-172, 1999 (http://mn.umin.ac.jp/work19990921.html)
【8】西堀眞弘編:平成10〜11年度 文部省科学研究費補助金基盤研究(C)課題番号10672172 研究課題「インターネットを使って形態学的検査のコントロールサーベイを実施する研究」研究成果報告書、2000年 (http://mn.umin.ac.jp/work20000331.html)
【9】西堀眞弘:形態検査画像のデジタル化により生じる問題点とその対処法.第2回デジタル生体医用画像の「色」シンポジウム抄録集 8.1-8.5, 2000年 (http://biocolor.umin.ac.jp/sympo200004/proc18.pdf)
【10】西堀眞弘:デジタル医用画像の色の標準化について ―「診断等価性」導入の提言―.医療情報学 20(2) : 165-167、2000年 (http://mn.umin.ac.jp/work20000603.html)
【11】Masahiro NISHIBORI : Problems and Solutions in Medical Color Imaging. Proceedings of Second International Symposium on Multispectral Imaging and High Accurate Color Reprocuction, 9-17, 2000. (http://mn.umin.ac.jp/work20001010.html)
【12】Edited by Hiroshi TANAKA, Yoichi MIYAKE, Masahiro NISHIBORI, Debu MUKHOPADHYAY : Digital Color Imaging in Biomedicine (in press), ID Corporation, 2001


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