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新医療 27(9) : 94-96、2000年9月1日
Gekkan Shiniryo vol.27 No.9 94-96, 2000.09.01


特集 テレメディシンの現況 II

遠隔医療で必要な色

西堀 眞弘*

*デジタルバイオカラー研究会 総務担当理事
*東京医科歯科大学医学部附属病院検査部

Desirable Color Reproduction in Telemedicine

Masahiro NISHIBORI*
*Secretary, Digital Biocolor Society
*Clinical Laboratory, Tokyo Medical and Dental University Hospital

[published edition]

 現状では、遠隔医療で用いられるデジタル画像の色の再現性が医学的に保証されず誤診を招く恐れがあるが、標準化のための理論構築には時間がかかるため、予め診断のついた典型画像を表示装置のキャリブレータとして用いるという提案がなされ、関連領域の研究者によりデジタルバイオカラー研究会が設立された。

Although the differences in colors reproduced by various displays used in the telemedicine may cause erroneous medical diagnoses, it will take still a more time to establish a comprehensive theory to standardize the color in medical imaging. Then the Morphological Internet Survey Research Project Team proposed a temporary solution, in which a set of typical medical images with their diagnoses authorized in advance is used as a practical calibrator for common display equipment. And Digital Biocolor Society was newly established to investigate the color of digital imaging in biology and medicine.


はじめに

 遠隔医療には遠隔診断、遠隔受診あるいは遠隔手術等さまざまな利用状況があるが、いずれにおいても正確な医療情報の伝達が前提となる。これまで文字や数値、あるいは音声、波形情報、グレイスケール画像等については、既に正確な伝達の手法が確立されているが、画像のもつ色の情報については未だに殆ど注意が払われていない。しかも、これらはデジタル画像の利用を前提としているにもかかわらず、表示装置等における色の再現性が標準化されていないため、全く同一の情報を転送・複製できるという特長が損なわれ、用いる機種によって診断が変わってしまう恐れが残されたままである。これはひとり遠隔医療のみならず、電子カルテや遠隔医学教育にもかかわる喫緊の課題である。

医用画像における色情報

 色情報をもつ医用画像には、皮膚所見、内視鏡画像、手術所見、病理細胞診画像、血液形態画像、尿沈渣画像、寄生虫画像などさまざまなものが含まれ、臨床各科、看護あるいは介護等のあらゆる医療の領域で用いられている。これらの記録や伝達は、これまでおもに銀塩写真が用いられてきたが、近年のIT革命の波が医療に押し寄せるとともに、急速なデジタル化が進んでいる。この背景には、保存・複製・転送による劣化がない、暗号化によりセキュリティーの確保が可能、蓄積や検索が容易など、デジタル可による数多くのメリットが原動力となっている。ただし、アナログ情報をデジタイズする場合には、サンプリングされない部分の情報が抜け落ちることが避けられないので、それが画像診断に悪影響を与える恐れがある。したがってデジタル医用画像の導入の前提として、その検証が不可欠である。

デジタル医用画像の色再現性と診断精度

 デジタル医用画像の色に関する最も組織的な研究は、わが国の文部省形態検査インターネットサーベイ研究班によってなされている(詳細は研究班ホームページ<http://survey.umin.ac.jp/>参照)。同研究班は、尿検査、血液検査、細菌検査、病理検査等の標本から作成したデジタル画像を用いて表示実験を行ない、その結果観察に用いる表示装置の機種間差が、診断に悪影響を及ぼす危険性を指摘した1,2
 実験結果の例を図1に示す。どの機種も表示解像度は大差なく、主な違いは色の再現性だけである。評価は6点満点で、3未満は「診断不能」という意味である。機種No.1はいずれの標本も最高の評価であるが、機種No.7は標本によって満点から診断不能まで評価がばらついた。また標本M-01等はいずれの機種でも最高の評価であるが、M-06は機種によって満点から診断不能まで評価がばらついた。通常はどれか1機種だけを用いるから、観察している者にはこのような差があることは全く分からず、標本との組合せによっては全く偶発的に誤診を引き起こしてしまう。
 同じ問題はすべてのデジタル医用画像に生じ得るため、この状態を放置すれば、例えば健康な人が遠隔医療の表示端末に黄色く映し出され、黄疸と誤診されてしまうようなことも起りかねない。

図1 画像表示装置の機種間差が診断に与える影響(文献2より抜粋)



色再現性のばらつきへの対策

 既にCRTディスプレーおよび一部の液晶ディスプレーについては、表示装置の表面にセンサーをあてて発色を較正する簡便な装置が市販されている。しかし、それら同様に医用画像の観察に用いられる可能性のあるプラズマディスプレー、液晶プロジェクターあるいはヘッドマウントディスプレーなどについては、まだそのような装置は得られない。
 さらに、同じ種類の表示装置どうしで較正することが出来たとしても、種類が異なれば発色原理も全く異なるため、色に関する物理的特性を完全に揃えることは、原理的に不可能である。そこで、デスクトップパブリシングの分野では、近似的に色を揃える方法として、機種毎の表示特性をパラメータとしてデジタル画像に組み込んでおき、色の再現性の差を表示ソフトで自動補正する技術が確立されている3。ただし、印刷物を作る目的に最適化されている技術なので、熟練した医療スタッフの頭の中にあるゴールドスタンダードに、できるだけ近い色を表示装置上に再現するという、医学特有の考え方に合わせて機能を修正する必要がある。
 また、標準のカラーパターンを画像に写し込み、既知の色の値が入力側と観察側で一致するように数学的に変換することにより、画像入力時の照明条件および入力・蓄積・伝送装置の特性により生じうる色差を補正する技術も実用化されている。遠隔医療への実地応用のため、入力画像の中からカラーパターンを自動的に抽出できる簡便な補正ソフトも開発された4。ただし、医療用途に適したカラーパターンの開発は今後の課題であり、また観察側の表示装置の性能や照明条件による影響は、やはり肉眼で補正する以外にない。

マルチスペクトル・イメージング技術への期待

 色は本来、物体の分光輝度、分光反射率あるいは分光透過率に基づく連続スペクトルを持った情報であるが、ヒトの視覚が3種類の色センサー細胞に基づくことから、これまで単色光に基づくR(赤)、G(緑)、B(青)の3チャンネルの情報だけで記録されてきた。現在のデジタル画像はすべてこの原則に基づいているため、異なる照明下で正確に同じ色を再現することは原理的に不可能である。
 最近、連続スペクトルを持つ複数の基本色を用いて、物体のもつ分光情報を連続スペクトルのまま正確に記録するという、マルチスペクトル・イメージングの技術が実用化されつつある。これを用いて対象物の分光情報と照明光の情報を同時に記録し、表示する際の照明光の情報と行列演算すれば、異なる照明下でも極めて正確な色を近似再現することが可能になるため、医療分野への応用が強く期待されている5

「診断等価性」という新たな概念の提示

 視覚情報による診断に求められる色再現の精度には、人間の色順応やより高位の視覚認知機能などが大きく影響すると考えられるが、これらについてはまだほとんど解明されていない。このような現状から考えると、デジタル医用画像の色を標準化するために必要な総合的理論の構築には、まだかなり時間がかかると予想される。かと言って、医療用途のすべての表示装置を高価な専用仕様とすることも現実的とは言えない。したがって、汎用の表示装置を簡便に較正できる、低コストの手段をできるだけ早く提供する必要がある。
 そこで文部省形態検査インターネットサーベイ研究班では、完全に色を一致させるという考えから脱却し、診断に差が生じない範囲で色の誤差は許容してもよいという着想に至り、「診断等価性」という新しい概念を提示した1,6,7。即ち、診断の確定した典型的症例画像を多数集め、それらを臨床的なキャリブレーターとしてそれぞれの表示装置で観察し、それらの診断がすべて一致した装置を、診断用途において「等価」と考えるのである。例えば、医療現場の専門家は、自分の使っている表示装置でそれらの画像を観察して診断を試み、本来得られるべき診断結果と比較することにより、それらの装置の性能を評価、調整できる。これは無論完璧な解決策とは言えないが、極く稀な例を除き、殆どの場合で再現性能のばらつきから生ずる問題を回避できると予想される。

新たな研究組織の設立

 以上のようなデジタル医用画像の色にまつわる問題は、内容の学際性と先端性ゆえに、既存の学会等の枠組みでは対応しきれない。そこで各診療科、看護、病理および臨床検査等の現場でデジタル画像を駆使している専門家と、理工系の立場から色を研究している専門家が一堂に会し、1999年5月に第1回デジタル医用画像の「色」シンポジウムが開催され、その後本年4月に開催された第2回シンポジウムを機に、新たにデジタルバイオカラー研究会が設立された。同研究会では、通常の研究発表に加え、「診断等価性」理論に基づく表示装置較正システムやマルチメディア医学教材の色較正法の開発、あるいはマルチスペクトル・イメージングの医療応用などの研究プロジェクトにも取り組んでいる。

おわりに

 デジタルバイオカラー研究会では、シンポジウム抄録集や会則などをすべて研究会ホームページ(http://biocolor.umin.ac.jp/)で全文公開している。デジタル医用画像の色に関する研究をほぼ網羅する集大成となっているので、本稿に尽くせなかった詳細については、そちらをご参照頂きたい。また本稿はインターネット上で公開しており、引用した文献は文字をクリックするだけで呼び出せるようにしてあるので、そちらもご参照いただきたい(http://mn.umin.ac.jp/work20000620.html)。

参考文献
1
西堀眞弘:デジタル医用画像の色再現の差と診断への影響.第19回医療情報学連合大会論文集 336-337、1999年 (http://mn.umin.ac.jp/work19991125.html)
2
西眞弘編:平成10〜11年度 文部省科学研究費補助金基盤研究(C)課題番号10672172 研究課題「インターネットを使って形態学的検査のコントロールサーベイを実施する研究」研究成果報告書、2000年 (http://mn.umin.ac.jp/work20000331.html)
3
三邊眞吾:デジタル画像の色のキャリブレーション技術の現状.第1回デジタル医用画像の「色」シンポジウム抄録集 18-24、1999年 (http://biocolor.umin.ac.jp/sympo199905/panel16.html)
4
高橋康弘:遠隔医療と色情報.第1回デジタル医用画像の「色」シンポジウム抄録集 52-54、1999年 (http://biocolor.umin.ac.jp/sympo199905/expert1.html)
5
Masahiro Nishibori : The Role of Multispectral Imaging in Medicine. Proceedings of International Symposium on Multispectral Imaging and Color Representation for Digital Archives, 114-116, 1999 (http://mn.umin.ac.jp/work19991021.html)
6
Masahiro Nishibori : Color Representation of Digital Imaging in Medicine. The Proceedings of the 20th Congress of World Association of Pathology and Laboratory Medicine, 1999 (in press, http://mn.umin.ac.jp/work19990921.html)
7
西堀眞弘:デジタル医用画像の色の標準化について ―「診断等価性」導入の提言―.医療情報学 20(2) : 165-167、2000年 (http://mn.umin.ac.jp/work20000603.html)


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