[-> Archives of Dr. mn's Research Works]

第15回医療情報学連合大会 15th JCMI (Nov., 1995)
3-G-2-3

医療用マルチメディア携帯端末の通信媒体に
無線式デジタル公衆回線を用いる研究

西堀眞弘
東京医科歯科大学医学部附属病院検査部

A Portable Multimedia Terminal for Clinical Use
Communicable through a Digital Cellular Telephone Network

Masahiro Nishibori
Clinical Laboratory, Tokyo Medical and Dental University, Medical School

revised edition<Last updated, Nov. 21, 1995>
(revised portions from the first edition are marked with [revn] signs.)


Abstract

Networking has been expected to lead to revolution of medical practice. In almost studies so far, locations of user terminals which are connected to wired digital networks are fixed, so they are not accessible by physicians at bedsides, at patients' homes, on ambulances or at mobile clinics. A prototype of a portable multimedia terminal which can communicate through digital cellular telephone network was developed for clinical evaluation. It can transfer a summarized patient record (22k bytes of a text file) and a one-second digitized ultrasonic cardiography (391k bytes) with consuming 675 second and 730 Japanese yen. It strikingly expands availability of medical information in various clinical situations, though its portability and speed, reliability and costs of the wireless network must be improved.

Keywords: wireless networking, mobile computing in medicine, multimedia


Contents

1.導入
2.システム構成
3.実験内容および結果(表2)
4.結論
5.考察
 助成
 謝辞
 文献
(初版からの改訂内容)


1 .導入

 ネットワーク技術の応用は医療に変革をもたらすことが期待されている。しかしこれまでの研究の多くは、医療機関の症例検討室等限定された場所に有線式デジタル回線を敷設することを前提にしているため、利用場所が固定され、回診、往診、巡回診療あるいは救急搬送等の際に不可欠な端末の機動性には全く配慮がなされていない。発表者は、医療現場での使用を想定したあらゆる情報システムのユーザーインターフェースには簡便性と機動性が不可欠であると考え、医療用マルチメディア・データベースにアクセスする携帯端末のプロトタイプを作成し、予想以上の成果を得ている[1]。今回は、最近急速に普及しつつある無線式デジタル公衆回線を通信媒体として利用できるようこのプロトタイプを改造し、その画期的な機動性により得られる臨床的効果を明らかにしたので、その成果をデモンストレーションにより提示する。


2.システム構成(図1[rev4]、表1)

 利用者の操作性だけでなく、導入設置、保守管理、コスト等からも簡便性を追求し、表1に示す構成で実験を行った。開発に当たっては、異なるメーカーのハード・ソフト間の相性や、モデムを制御するパラメータの調整に技術的に不透明な要素が多く、安定稼働に至るまで多岐に渡る試行錯誤を要した。モデム間通信プロトコルはファイルの転送実験では使用せず、場所による使用可否を検討する実験でのみMNPクラス10を使用した。[rev1]

[図1]携帯端末の概略図[rev4]

表1 システム構成
携帯端末
 機種名:Macintosh PowerBook Duo 280c
  OS:漢字Talk 7.5
 医用マルチメディア・ユーザインターフェース:
  独自開発プロトタイプ(文献[1]
 ネットワーク通信プロトコル:AppleTalk
 ネットワークファイル共有システム:AppleShare
 リモートファイル共有システム・クライアント:
  Apple Remote Access Client
 携帯電話無線機:デジタル・ムーバ PII HYPER
 パソコンとの接続アダプタ:
  デジタルデータ/FAXアダプタ9600
 無線通信速度:最大9600bps
ホストコンピュータ
 機種名:Macintosh PowerBook 170
  OS:漢字Talk 7.5
 ネットワーク通信プロトコル:AppleTalk
 ネットワークファイル共有システム:AppleShare
 リモートファイルシステム・サーバ:
  Apple Remote Access Personal Server
 電話回線:NTTアナログダイヤルイン回線
 モデム:aiwa PV-PFV144
 通信速度:9600bps


3.実験内容および結果(表2)

(1)耐久性は問題なかったが、電話機や接続アダプタ、ケーブル類の収まりが悪く、携帯型パソコンとの一体化が望まれた。蓄電池による連続稼働は2時間程度で、改善が望まれた。
(2)文字データの伝送速度は許容範囲内であったが、動画像は1秒程度の再生でも分単位の伝送時間がかかり、使い方を工夫する必要があった。
(3)電波環境により使用可能な場所に制約があったが、条件の悪い場所でも接続に成功すればデータの劣化はなく、機動性の飛躍的向上による絶大なメリットを実感できた。
(4)ただし同じ場所でも、安定して使用できることもあれば、何度も接続に失敗したり、稀に回線が突然切断される場合もあり、電波環境との関係は明らかではなかった。

表2 通信実験結果
紹介状の転送
 ファイル形式:テキスト
 データ容量:22k bytes
 正味転送所要時間:22秒(5回の平均)
 エラー発生:なし
心エコーの転送(約1秒分)
 ファイル形式:バイナリ(QTムービー)
 データ容量:391k bytes
 正味転送所要時間:498秒(5回の平均)
 エラー発生:なし
場所による使用可否
(MNPクラス10を使用)
[rev2]

 本学3階検査部    ○(稀に中途切断)
 本学4階外来     ○
 本学9階病棟     ○
 地方病院1階     ○(稀に接続失敗)
 一般家庭1階     ×(「圏外」表示)
 一般家庭2階     ○(稀に中途切断)
 地上走行中の列車内  △(数分で中途切断)
 地上走行中の自動車内 △(数分で中途切断)
 路上         ○
 地下街        ×(「圏外」表示)
通信コストの計測
(携帯電話にかかる費用のみ)
 操作内容:接続操作→紹介状の転送→
   心エコー(約1秒分)の転送→接続終了操作
 回線接続時間(通話料):
  平日昼間:675秒(730円)
  深夜早朝:677秒(300円)
 基本使用料(月額):7,800円/1回線
 初期費用(機器・契約料):152,000円/1回線


4.結論

 無線式通信回線を介し接続できる携帯端末は、利用場所の自由度を格段に高めることが実証されたが、携帯性、伝送速度、回線の安定性、通信コストにつき改善が望まれた。なお、高速移動中の接続および通信の安定性の問題は、MNPクラス10プロトコルを使用しても十分とは言えなかった。[rev3]


5.考察

 デジタル式携帯電話はデータ通信を売り物にしているにもかかわらず、コンピュータ・ネットワークへの対応は欧米に比較し著しく遅れている。当初採用を予定していたPHSは、技術的には32kbpsの通信が可能であるにもかかわらず、未だにパソコンとの接続装置すら満足に供給されていない。情報ネットワーク化が国力を左右する二十一世紀に向け、規制撤廃と徹底した市場原理の導入による通信分野の競争力強化は、もはや一刻の猶予も許されない国家的課題であると言っても過言ではない[図2][rev5]

[図2]公正な市場形成が妨害されている実例[rev5]

某携帯電話会社から顧客に送付されたパンフレット。競合するPHSの普及を妨害 するために、虚偽に近い内容を流布している。特に赤い矢印で示したデータ転送の項目には、 PHSの本来持つ32Kbpsの通信性能には触れないどころか、専門知識のない一般顧客には あたかも機能そのものに不安があるような印象を与えている。このような社会全体に対する 犯罪にも等しい行為が公然とまかり通っている間は、21世紀の大競争時代に打ち勝つ 民生技術は育つべくもない。


助成

(本研究の一部は平成7年度文部省科学研究費補助金 奨励研究(A)課題番号 07772251による)

謝辞

 症例データの借用を快くお許し下さったうえ、貴重なご意見を頂いた日本医科大学客員教授・春日部秀和病院副院長 森島明先生、獨協医科大学越谷病院教授 高畠豊先生、同講師 林輝美先生、吉田クリニック 吉田耕先生に深く感謝いたします
 デジタル・ムーバ高速通信モード対応のApple Remote Access用設定ファイルを提供して頂いたマックイン東京の佐藤幸治氏に深く感謝いたします

文献

[1]
西堀眞弘:医療用マルチメディア・データベースのユーザーインターフェース携帯化の試み.第14回医療情報学連合大会論文集 727-730,1994.

初版(論文集掲載)からの改訂内容

[rev1]
初版では「また技術的制約から、実験にはモデム間通信プロトコルとしてMNPクラス10の使用はできなかった。」としていた。初版脱稿後の技術的改良によりMNPクラス10は使用可能となった。なお、ホスト側にも同じデジタル携帯電話を接続し、デジタル携帯電話同士で通信する実験も行ったが、この場合はMNPクラス10は使用不可能であった。
[rev2]
初版の時点ではMNPクラス10が使用できなかった。その条件で初版に掲載した結果を以下に示す。
場所による使用可否
 本学3階検査部    ○(稀に中途切断)
 本学4階外来     ○
 本学9階病棟     ○
 地方病院1階     △(何回か接続失敗)
 一般家庭1階     ×(「圏外」表示)
 一般家庭2階     ○(稀に中途切断)
 地上走行中の列車内  ×(接続できない)
 地上走行中の自動車内 ×(著しく不安定)
 路上         ○
 地下街        ×(「圏外」表示)

[rev3]
初版では「なお、高速移動中の接続および通信の安定性の問題は、MNPクラス10プロトコルの使用が可能になれば改善が期待できる。」としていた。初版脱稿後の技術的改良によりMNPクラス10は使用可能となり、接続状況はかなり改善されたが、やはり長時間に渡り安定した通信を行うことは困難であった。
[rev4]
初版にはなかった[図1]を追加
[rev5]
初版にはなかった[図2]を追加

[-> Archives of Dr. mn's Research Works]