脳のトレーニング
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脳のトレーニング

   トレーニング前の脳は、試行錯誤を多数繰り返すために、計算処理時間が長くかかる。
   トレーニング後の脳は、効率的な情報処理をすることで、正解に早く到達する。

この命題を言い換えると、
   若輩の脳は、試行錯誤を多数繰り返す、未完成品である。
   老練の脳は、効率的な情報処理をする、完成品である。

ニューロンは、簡単に標的細胞に間違いなく到達できるわけではない。最初は誤った方向に向かって、機能的な結合ができないニューロンも多数出現する。神経発生学の観察によると発生初期にニューロンは過剰に作られ、成熟過程で意味のある接続を果たした機能的なニューロンだけが生き残る。この淘汰現象はHambrugerらが、四肢原器の移植実験によって運動神経核の数が、標的細胞である筋肉の存在に支配される現象として最初に報告された。その観察結果からVictor HamburgerとLevi-Montalciniは神経栄養因子仮説(Neurotrophic factor hypothesis)を打ち立て、トリノ大学時代からの学友のStanley Cohenとの共同研究によりnerve growth factor (NGF)の発見につながった。その功績でCohenとLevi-Montalciniとにノーベル賞が与えられている。脳神経系の複雑な情報処理回路は未完成品として生まれる。生後に鍛えられてはじめて高速情報処理ができる完成品になることが証明されている。

ある日曜日の朝、家内は新聞記事として取り上げられていた「川島隆太教授が開発した『脳トレ』がゲームとして人気を博し、その利益を投じて東北大学に独自の研究所が設立された。大脳生理学者が開発したすばらしい脳トレーニング方法.....」の内容を私に読んで聞かせてくれた。小学生の息子が「そのゲームは昨年名古屋市科学館で開催された特別企画展『脳!』の会場でやったことがあるよ」とすぐに反応した。たしかに、ゲームをやりはじめると、脳がだんだん若返るような得点が出てくる不思議なゲームであった。不思議に「脳が若返る」評価点が出ると、嬉しいような気持ちになる。私も含めて多くの人は、おそらくゲームに最初に触れた時には、解答に至る情報時間が長くかかるゲームの解法に関して未熟な状態にあることが予想できる。その未熟な状態の脳は、繰り返して問題を解くことでトレーニングされ、情報処理が早い熟達した脳に変化する。その結果を通常のゲーム得点のように、加算評価で成績をつけるのではなく、あえて脳年齢の「低下」「若返り」として評価する巧妙なトリックを創案したことは素晴らしい。このトリックの背景には「若さは美徳である」という一般大衆の妄信があるのかもしれない。この心理を巧みに操作して、ゲームを繰り返す衝動を誘発しているように思われる。

脳は使えば使うほど磨きがかかる。脳機能の観点からすれば、トレーニング前の若輩の脳よりも、トレーニングを重ねた老練な脳の価値が高いはずである。人は外見的な美貌と健康の象徴として皺の少ない肌に憧れるように「若い」脳に憧れるようだ。実際には、内面的な脳は、皺はより深く、より多く刻まれるに従って、それだけ素晴らしい脳になるはずである。

名古屋市立大学大学院医学研究科 分子神経生物学准教授 三浦 裕


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(Last modification, July 16, 2007)