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言葉は難しい
娘は小学校一年生である。機嫌よく学校から帰宅して、夕飯前に宿題をやろうとてしばらく真剣に集中していたところ、「問題の意味がわからない!」と泣き出した。家内が話しを聞くと、どうやら小学校の正門前で配付されていた業者テスト問題を学校の宿題だと勘違いして、家に持ち帰って解こうとしていたらしい。これまで小学校から出された問題は「あいうえお」の書き順であった。娘はひらがなの書き順が全部できるようになって得意であった。ところが本日受け取った問題は…。
「ひだりの おしごとをする ひとは だれでしょう。」 左側:みんなの まえで おはなしを してくれます。 右側:こうちょうせんせい。 これを線で結ばせようとする問題らしい。しかし皆の前でお話をしているのは、いつも担任の先生である。校長先生は登下校の時に玄関に立って挨拶をしている。はなしをすることだけが校長先生の「おしごと」であるとは思えない。授業もしない校長先生のお仕事の内容は知らない。
「つぎの いきものの なまえを かきましょう。」 そこには「かに」「いぬ」「あり」の簡略な絵が描かれていた。その下には空欄があって、そこにそれぞれの「いきもの」の名前を記入させる問題らしい。娘は動物を見れば、「この いきもの」は知っている。しかし「つぎの いきもの」とは「何の次ぎ」なのか? そこには描かれていない「次ぎの いきもの」を質問しているように思われる。「十二支」の動物の「次ぎ」と考えれば、「いぬ」の次は「いのしし」である。しかし「蟹」「蟻」の「次の生き物」は何だろう。
「ちがいは いくつでしょう。」 5本の棒状アイスクリームと2本の棒状アイスクリームの絵がそれぞれ細い線で囲まれてグループのように描かれている。5本のアイスクリームの中には向きが違っているものが2本含まれている。2本のアイスクリームはそれぞれ向きがう。アイスクリームには並べ方、色、味、「ちがい」が「いくつも」あるだろう。いったい何の「ちがい」を聞いているのかわからない。
思えば、この娘はカナダで生まれて、ようやく言葉が出るようになった1歳ごろのこと。親を指差して「おとうさん」「おかあさん」と一生懸命に見知らぬ人に親を紹介してくれたものだ。ところが相手のカナダ人は日本語が通じないので反応がない。これではいけないと思い「Daddy」「Mammy」と教えるように切り替えた。これでようやく周囲のカナダ人からも返事がもらえて英語会話らしき雰囲気が出てきた。ところが4歳になろうとする所ではじめて日本の土を踏むと周囲はすべて日本語である。親が日本人で、家庭内では日本語で話していたが、幼稚園での行事や交友関係で使われる日常会話の日本語とはかなり語彙が異なる。娘は私たち大人以上に外国語で苦労ているのだろう。ひと一倍に繊細な神経の娘が、さらに言葉の問題で苦労をしているのを見て考え込む。
私が幼いころ、「電車ごっこ」を従兄弟とよくやった。岐阜出身の従兄弟は「しんぎふ(新岐阜)…しんぎふ…」と車掌気取りで叫ぶ。私は東京育ちだったから。「ちがう、ちがう。しんじゅく(新宿)…、しんじゅく…だ。お前の話し方は間違っている。」と喧嘩になったものだ。わたしはずーとその従兄弟の話し方は「田舎訛りで間違っている」と信じていたが、それぞれ違う地名を叫んでいた、と気がついたのはそれから何年もたってからのことであった。
言葉は今でも難しい。本心で、妻に向かって「お前のことを愛してるよ…」と言っても「なーに、口ばっかり…」 (三浦 裕 June 22, 1997)
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(Last modification, June 22 1999)