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大脳帯状回(Cingulate gyrus) は「自省」の念を形成する
Alzheimer病(AD)は臨床症状としては短期記憶障害に始まり、やがて病識がなくなる重篤な病態へ進行するといわれている。一般的にADで「病識がなくなる」病態は、単純に病巣が広がって、脳全体の機能が低下している状態として看過されがちの病態である。しかし脳機能局在性から考えると、「短期記憶」を担う脳機能部分と、「病識」や「自省」の念を担う機能は別の独立した脳領域にあるために、ぞれそれの障害部位に対応した特異的臨床症状が時間経過とともに独立した時期に現れてくる現象として理解することが脳機能局在診断の議論としては重要だろう。海馬領域に限局した脳梗塞が発生しても、短期記憶障害が起こるだけである。「病識」は残る。不安や不潔に関する感情も正常に残る。ADに特有な「病識がなくなる」病態は、不潔、不安感情を司る帯状回(Cingulate gyrus)の脳局在機能に依存した病態であり、この特異的な部位の障害と「病識」や「自省」の念をを失う病態は密接な繋がりを持っているように思われる。
Alzheimer病(AD)は帯状回皮質の代謝が低下していることがPET画像によって示されている。病理解剖ではその領域にA-betaが蓄積して老人斑を形成して神経細胞障害が起こっていることが証明できる。AD患者は、不潔、不安感情が喪失し、「大便をこね回す」などの典型的な不潔な挙動をする。「病識」や「自省」の念が欠如することも特徴的である。
一方、Obsessive-Compulsive Disorder(OCD)患者の強い不安の原因は前部帯状回皮質の異常興奮が関与していることが示されている。OCD患者は、不潔、不安感覚に鋭敏になり、「大便」の付着などにも極めて強い嫌悪感情を持つ。自己責任感が異常に強い場合も多く、病識も持っている。
OCDとADは病因がまったく異なる病気であるが、脳代謝レベルの評価から、ADは「帯状回皮質の機能低下症」、OCDは「帯状回皮質の機能亢進」という観点から臨床像を考察する意義があると考えている。(Miura, 2007)。
メモ1:帯状回(Ciglate gyrus)刺激
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無麻酔動物で帯状回(Cinglate gyrus)を刺激して見られる行動変化は「活動停止反応」と呼ばれる。この反応は他の運動を急に停止し、注意や驚きを表し、頭や眼を反対側に動かすという一連の行動からなる(Kaada,1960)。動物は刺激されている間ずっと警戒状態にあり、外界からの刺激に反応する。帯状回の後部の刺激は性的反応、身繕いの行動を高め、喜びの反応を誘発するようである(MacLean,1958)一側あるいは両側の帯状回または眼窩-島-側頭極皮質を切除しても、基本的な体性運動あるいは自律性の機能にはなんの影響もおきないようである。
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無麻酔のネズミ、ネコ、サルなどで埋込み電極によってある皮質下構造を刺激すると型にはまった自己刺激反応をもたらす。このような研究における実験の組み立ては、動物がペダルやバーを押して自分の頭の局所に電気刺激を与えることができるようになっている。バーを押しによる中隔核、視索前野、視床下部の後部の自己刺激はネズミで1時間5,000回にも及ぶ。報償が脳局所への電気ショックにすぎないこのような状況における強制的な行動は、刺激が摂食や性行動に関する衝動を本質的に強化させるのではないかということを考えさせる。サルで尾状核頭、扁桃体、内側前脳束、中脳の網様体という皮質下の諸部位に電極を埋め込むと、反復自己刺激を起こす(Brady,1960)。
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辺縁葉(Lymbic lobe)と辺縁系(Limbic system)は行動と情動を支配する神経機構の中心を占める。辺縁系の構成要素は新皮質と内蔵-内分泌抹消系という二つの大きな機能上の領域と入、出力の関係をもっていると考えられる。最も著名は新皮質の繊維連絡は帯状回の皮質から起こる帯状束繊維であり、他の皮質部位からの線維とともに嗅内野に投射する。嗅内野は大脳皮質からの入力を収斂させて海馬体に投射する中心的な部分である。
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Kaada, B.R. 1960. Cingulate posterior orbital, anterior insular and temporal pole cortex. In J. Field (Editor)`, Handboook of Physiology, Sect. 1 Vol. II. American Physiological Society, Washington, D.C., Ch. 55, pp. 1345-1372.
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MacLean, P.D., 1958. Contrasting functions of limbic and neocortical systems of the brain and their relecvance of psyco-physiological aspects of medicine. Am . J. Med., 25: 611-626.
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Brady, J. 1960. Temporal and emotional effects related to intracranial electrical self-stimulation. In S.R. Ramey and D.S. O'Doherty (Editors), Electrical Studies on the Unanesthetized Brain. Paul B. Hoeber, New York, Ch. 3, pp. 52-77.
メモ2: 帯状束(Cingulum、Cingulate bundle)はセロトニン、ノルアドレナリン作動性ニューロンの伝達路
- 縫線核(セロトニン)→大脳皮質に広範に投射
青斑核(ノルアドレナリン)→大脳皮質に広範に投射
脳内のセロトニン量を増加させる薬剤SSRIがOCDに対して治療効果があることが知られている。縫線核、青斑からの大脳皮質への投射経路は、いずれも帯状束(Cingulum、Cingulate bundle)を通る。帯状回を含む辺縁系においてセロトニンとノルアドレナリンは最も重要は神経伝達物質である。ここで注意すべき問題は脳内セロトニン量を増加させる薬理作用は、後部帯状回の抑制効果だけに留まらない問題である。薬剤は縫線核に由来する大脳皮質に広範に投射する回路全体に影響を与えることを考慮しておかなければならない。セロトニン分解酵素Monoamine oxidase (MAO) 欠損により脳内にはセロトニン量が異常上昇すると、男性ホルモンやアドレナリンなどの他のホルモンレベルの増加と重なった場合に暴力的な行為を誘導する危険因子となることが知られている。SSRIの薬理作用は脳全体のセロトニン量の増加を誘導することを考慮して、効果を総合評価していく必要がある。
メモ3: SSRIの発見の歴史:
- 動物実験で自分の薬会社にある1万何千の薬を全部ネズミに注射したのです。これはアメリカのイーライリリーという会社が行ったことで、注射して1時間後に、脳をすりつぶしてセロトニンがたくさん出ている薬はどれか調べたのです。ネズミに注射すると脳の中のセロトニンの量が十倍増えるという薬がみつかった...。
メモ3:石原章一著「遺伝子が明かす脳と心のからくり」羊土社 からの引用
メモ4:無名質(substantia innominata) -----基底核の90%はコリン作動性
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交連下部で最もめだつのはマイネルトの基底核(Meynert, 1872)である。同じ形態学的特徴をもつ塩基好性の大細胞が中隔内側部、対角帯核の背側、腹側部、さらに大量に淡蒼球(Globus pallidus)外節の腹側と外側縁に存在する。基底核の90%の細胞はコリン作動性であり、大脳皮質に広範に投射する(Mesulam, 1983)。彼らはマイネルトの基底核が単独で大脳皮質全域のコリン作動性神経支配の大部分を占めていると考えている。この点で基底核は縫線核(Raphe nuclei)や青斑 (Locus Ceruleus)がそれぞれ大脳皮質の広い領域へのセロトニン性と、ノルアドレナリン性神経支配の主な起始となっているのと類似している。
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基底核(無名質)について興味あることは、中年から老齢者に最も普通におこるアルツハイマー型の痴呆であるADとその類似疾患において、この核のニューロンが選択的に編成するのがみつかったことである(Katzman, 1976: Wang, 1977: Whitehouse, 1981) 。基底核のニューロンからのコリン作動性入力の欠如は、これらの患者に起こることが明らかな皮質のコリン性神経支配欠如の非常に重要な因子であるように見える。
- AD治療薬の開発:マイネルトの基底核(コリン)→大脳皮質に広範に投射
マイネルトの基底核が選択的に障害を受けるADの病態から考えて、脳内のアセチルコリン量を増加させる薬剤、すなわちアセチルコリンエステラーゼ阻害剤を中心に、コリン作動性の神経賦活薬など多数が開発の途上にある。
メモ1&4:Malcolm B. Carpenter CORE TEXT 神経解剖学 第3版 廣川書店 からの引用
三浦 裕 (みうらゆたか, 名古屋市立大学 医学研究科 分子神経生物学助教授 )
(Last modification, April 20, 2007)