薬物治療/予防:
- 酸素投与(0.5−1.0 L/minの応急処置:300m下山させるだけでも効果がある)
- 酸素投与(ガモウバックによる高圧酸素投与装置)
- ニフェジピン(カルシュウム拮抗剤=肺性高血圧症の軽減に有効):予防投与 40 mg/day 分2(1)
- サルメテロール(βアドレナリン作動薬:内因性のカテコールアミンの放出がナトリュウムと体液のクリアランスを亢進させることが示唆されています。そのメカニズムはAlveolar type II細胞のamiloride-sensitive epithelial sodium channelがSalmeterolによって活性化されて肺胞側から上皮細胞内へNa+の取り込みが促進され、毛細血管側(間質側)にあるNa+/K+-ATPaseのポンプ機能が活性化されるからだと考えられています。Na+が間質側に排泄されるとそれに伴って肺胞から水が再吸収さて肺水腫が解消されることが説明できます。
高山病で見られる肺水腫は低酸素状態ではATPの産生が低下するために、Na+をくみ出すNa+/K+-ATPaseの機能が低下することが根本原因だと考えられています。Na+/K+-ATPaseの機能低下が高山病の発症現金だろうと考えた理由として、遺伝的低酸素症患者にNa+/K+-ATPaseをコードする遺伝子の発現減少が発見された背景があります(2)。
余談ですが、Na+/K+-ATPaseは1957年Jens Christian Skouが発見し、1997年には彼はナトリウム-カリウムポンプの発見の功績によりPaul Delos Boyer、John Ernest Walkerとともにノーベル化学賞を受賞しています。OuabainはNa+/K+-ATPaseを阻害することにより心筋細胞内Ca2+濃度を上昇させて収縮力を増大させ強心剤として有名です。
- デキサメサゾン: 8mg以後4mg 6時間ごと繰り返し投与しつつ迅速に下山させます。
- アセタゾラミド(炭酸脱水素酵素阻害剤):脳血管を拡張し、呼吸中枢を刺激する効果があるので登山2日前から内服することで高山病予防効果があるという報告があります(3)。しかしヨーロッパアルプス(標高4000m)での疫学調査結果ではアセタゾラミド単独では有意な予防効果が認められず、アセタゾラミドとデキサメサゾン併用群で有意なAMSの予防効果が認められた、という報告もあってその効果は確定していません。
炭酸脱水酵素は次の反応を触媒する重要な酵素です。
CO2+H2O--> HCO3- + H+
上記の反応によって赤血球は末梢組織の呼吸で発生する二酸化炭素を水に溶解させて肺に運搬することができます。もし炭酸脱水素酵素がなければ末梢組織で大量に生産される二酸化炭素は気体のまま泡になって血管を詰らせるでしょう。ガス交換を円滑に進めるには、この酵素活性は極めて重要です。それを阻害する薬物の副作用にも配慮するべきです。ヒマラヤトレッキングの現地で本剤の商品名ダイアモックス(アセタゾラミド)は簡単に入手できるので服用する旅行者が多いようです。しかしガス交換を抑制する副作用を考えるとこの薬は安易には飲むべきではないと思います。
しかし最近の研究報告によると、アセタゾラミドは水チャンネル(Aquaporin-1とAquaporin-4)の阻害剤としての薬理作用があります(4)。アセタゾラミドが水チャンネルに結合してその機能を阻害するメカニズムによって脳外傷実験モデル動物の脳浮腫を抑制して生存率が上昇していると考えられます。つまり実験的にはアセタゾラミドには脳浮腫の抑制効果があります(5)。アフリカツメガエルにAquaporin-4を強制発現させたモデル実験系でも、アセタゾラミドの投与によって水の移動が抑制されて卵の膨張が抑制されることが証明されています(6)。これらの論文データを総合すると、アセタゾラミドの薬効は炭酸脱水素酵素の阻害剤としてではなく、水チャンネルの阻害剤としての意味が大きいように思われます。高山病の脳浮腫、肺水腫の治療薬として期待できそうです。
- フロセミド(ラシックス:ループ利尿薬)エベレスト(8848m)に登頂したある登山家が「ダイアモックスの利尿効果は弱いので自分はラシックスを使った。」と話すのを聞きました。無事下山できたからよかったですが利尿剤は高山病で起こる浮腫の治療剤としては不適切だと思います。強い利尿効果は脱水傾向を増悪します。ヒマラヤのような高所登山では標高4000 m付近で高所順応の準備をして、登山者の赤血球数を増加させて酸素運搬能の向上を期待します。赤血球数の増多は良いことばかりでなく血栓を作り易くなる弊害があります。利尿剤を使って脱水傾向になると赤血球はさらに濃縮されていっそう脳血栓や心筋梗塞などを引き起こし易い危険な状態になります。8000 m峰全14座登頂者の竹内洋岳さんも、2005年にエベレストを目指して標高7550m付近で脳塞栓のために意識不明に陥った経験があります(7)。利尿剤を使って脱水傾向になると循環不全に陥り、末梢組織の酸素運搬能が低下して高山病は悪化させる可能性があります。高山病に起因する浮腫を治療する目的で利尿剤を使うことは本質的な高山病の治療効果を持たないどころか、生命を脅かす危険な選択と言えます(8)。
三浦 裕
名古屋市立大学医学部分子医学研究所分子神経生物学(生体制御部門)准教授
名古屋市立大学蝶ヶ岳ボランティア診療班運営委員
References
1) The SOLVD Investigators. Effect of Enalapril on Survival in Patients with Reduced Left Ventricular Ejection Fractions and Congestive Heart Failure. N Engl J Med. 325:293-302 (1991)
2) Claudio Sartori,et al. Salmeterol for the Prevention of High-Altitude Pulmonary EdemaN. Engl J. Med. 346: 1631-1636 (2002)
3) Nikkei Medical p79-80 (2009.9)
4)Tanimura, Y. et al. Acetazolamide reversibly inhibits water conduction by aquaporin-4. J Struct Biol. 166 :16-21 (2009)
5) Katada R, et al. Expression of aquaporin-4 augments cytotoxic brain edema after traumatic brain injury during acute ethanol exposure. Am J Pathol. 180:17-23. (2012)
6) Huber VJ, et al. Identification of arylsulfonamides as Aquaporin 4 inhibitors. Bioorg Med Chem Lett. 17:1270-1273.(2007)
7) 竹内洋岳著「登山の哲学」p105-109, 2013 NHK出版新書
8) Peter Bartsch, M.D., and Erik R. Swenson, M.D.. Acute High-Altitude Illnesses. N. Engl J. Med. 368;24 2294 -23-2302 (2013)
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