2006年蝶ヶ岳ボランティア診療所参加記録

-----2006年7月長野県集中豪雨後の登山ルート調査山行-----
7月31日(晴れ)
日本大学医学部徳沢診療所に一晩泊めて頂いた。片山容一先生(脳神経外科教授、医学部長)、 羅智靖先生(免疫学教授)、早川智先生(感染制御科学助教授、産婦人科)、町田雅裕さん(人事課主任) に加え、総勢10名ほどの医学部、看護学部学生と卒業生らに囲まれ、蝋燭を灯しながらの交流会が楽しかった。 片山教授は、日大山岳部出身者で、1953年の日本山岳会マナスル登山隊などの話題が豊富である。 戦後間もない頃で、都会では食料難の状況であるにも関わらず、どうして登山のような優雅な遊びができたのだろうか?登山は不思議な魅力で人間の冒険心をそそるダンディズムの根源的要素があるのだろうね、と熱く語られていた。そんな談話をしている間に、早川先生は、横尾のキャンプサイトで自分の手を誤って切った急患の処置に追われていた。手背を6針縫う外傷の処理を終って私たちの話に加わった。早川先生は懸け離れた博識の持ち主で、小型天体望遠鏡持参して皆に月を覗かせ、デジタルカメラで天の川を撮影して喜んでおられた。私も星は好きである。次回は日本大学理学部の八海山研修センターに設置されている口径65 cmの反射望遠鏡で星空を眺めながら分子生物学レベルの神経系発生シグナルに関する私の専門分野と、 早川先生の関わっている生命科学分野を融合した前衛的セミナーを開く夢のような案も浮上した。

  

8月1日(雨後晴れ)
徳沢の朝は雨だった。日大徳沢診療所の学生さんにお握り弁当を作っていただき、横尾経由で蝶ヶ岳に向けて出発した。雨もすぐに小降りになって、かえって涼しい中を快調に歩くことができた。稜線に出るころには、朝の雨は嘘のように晴れていた。横尾から稜線までのルートは標高差1000mの連続する勾配のきつい坂である。そのおかげで短時間にどんどん標高を稼ぐことができる。森林限界を越えた所で、槍ヶ岳がくっきりと現れたのは感動的であった。標準コースタイムよりも早く蝶ヶ岳山頂に到達した。 診療活動開始:ヒュッテ従業員で上気道感染症が流行していた。一人は扁桃炎で38度の発熱で立っていられなく、筋肉痛もあり寝込んで休んでいた。他の一人は10日ほど前から咳が続いていて、胸が痛いという。セフェム系の抗生剤を処方した。

8月2日(快晴) 昨日、重症患者がいれば医師として診療所に留まる必要があるが、昨晩まで高熱のあった従業員の病状は、朝に解熱して全身の状態は回復していた。天気がよくなった所で集中豪雨の後の縦走路を偵察する常念岳山頂を往復する当初の予定が実行できることになった。稜線を歩いて驚いたことに、山の上の縦走路はほとんど無傷のままであることだ。今回の集中豪雨は下界で自動車道路に恐ろしいほどの大被害をだしているのとは対照的だ。普段から非常に厳しい気象条件に曝されて、それに耐えている登山道は非常に堅牢であることを実感した。

常念岳の最後の登り手前の小さなピークの急斜面は, 毎年必ず積雪期に2〜3件の滑落事 故が発生してヘリコプターで負傷者の救出活動が行われる魔の場所である(ヒュッテ従業員の永 田さん談)。滑落事故が発生する斜面は、樹木がなく冬期は急斜面の雪原になる。 それが雪渓として春先まで長く残り、夏の間は一面ニッコウキエウゲなどの高山植物の大群落が見られる。 今回通過した時も、一カ所草が倒されて人が落ちたような形跡があった。花の写真を撮影 するために故意に急斜面の花畑に足を踏み入れて、草をなぎ倒した跡だろう、と解釈して そのまま通過した。仮に滑落としても夏ならば花園のクッションに包まれて、命に問題は無かろう...。 夏の危険地帯はむしろ、常念岳南斜面の花崗岩の岩稜帯だろう。大きな岩が転がる部分の 通過は自然と慎重になるが、細かくなった花崗岩の小石が散乱している地帯で足が滑り 易いので、致命的ではないとしても転べば外傷を負う危険性が高い。実際にこの下り坂では負傷事故が多発している。夜は満天の星。尾を引く流星も何個も観望できた。

8月3日
蝶ヶ岳山頂から富士山が見えた(表題写真)。
振り返れば、槍穂高連連峰の素晴らしい夜明けだ。1日24時間の中で一番美しい15分間である。


長塀尾根で徳沢へ下山。

(登山道の安全評価)
大きな登山道崩落箇所:上高地〜徳沢の間に1カ所。徳沢〜横尾の間に2カ所迂回するルートが設けられていた。梓川沿いの広い登山道は、周囲の崖から落ちた激しい土砂崩れの跡が残る。倒木は登山者が通過しやすいようにチェーンソーで切断されていた。下界の被害が甚大であるのと対照的に稜線や森林地帯の登山道はほとんど無傷であったことが印象に残った。
   


規模の大小を別とすると登山道の崩落や斜面からの土砂崩れや落石は毎年必ず発生する当たり前の自然現象であろう。しかし都会人の我々は自然の脅威を知らず、侮っている傾向がある。本来、人は自然の中で極めて弱い存在であることを再認識する必要がある。大雨洪水警報発令中の登山行動はすべて中止し、安全な場所で待機するべきである。たかが一個の落石に当たっても、大けがをする。今後とも皆の安全登山を祈る。
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(同行したメンバー)
青木優祐くん:医学部2年、班長。
樋口 綾さん:医学部4年、蝶ヶ岳へは五回目の登山暦。
矢崎蓉子先生:薬剤師(名古屋市立大学病院薬剤部)、蝶ヶ岳ボランティア診療所薬剤管理。
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(謝辞)徳沢診療所の皆様に心から感謝します。本年7月中旬の長野県を襲った集中豪雨のために 三股へ入る林道が崩落して、通行不能になった。その影響で急遽、名古屋市立大学蝶ヶ岳ボランティア 診療班の登山ルートを変更し、上高地側から入り徳沢診療所を中継基地とする計画を立てた。 その急なお願いを快諾してくださった加藤恵美子さま(日本大学医学部6年、医学部山岳部徳沢診療所主将) の御高配に感謝します。


三浦 裕
名古屋市立大学蝶ヶ岳ボランティア診療班運営委員長
名古屋市立大学大学院医学研究科分子神経生物学助教授

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(August 15, 2006)