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美術クラブを再建する
かつて医学進学課程には2年間の教養部で学ぶ暇な期間があった。数年前に、在学中の学生にアンケート調査した。その結果、学生自身は教養部のカリキュラムは無駄である、と感じている者が多く、その間に学習意欲が減退している、と考えている傾向がわかった。そこから無駄を省いて、早く医学専門教育を受けさせれば医学部学生の学習意欲を高いレベルで維持できるだろう、という推論が生まれた。大学機構改革という嵐の中で、あっさりと教養教育の理念とともに教養部構造そのものが廃止された。しかし教養部を廃止した影響は思わぬ所に出てきているように感じる。私が、一つ気がついたことは、25年ぶりに昔の教養部(山の畑キャンパス)のクラブハウスを訪ねて探しても美術部がみつからないことである。大学事務局に問い合わせると、美術部学を運営する学生が減って、今年は更新申請がなかったので、廃止された、という。2008年に部室に残されていた画材やイーゼルなどはすべて廃棄されたことがわかった。美術を愛好する学生がなぜ消えてしまったのか?教養部のカリキュラムの無駄な時間が減って、時間的余裕が少なくなった。自由で芸術的な創造的活動には、外からは無駄に思えるような心を集中させる内的時間が必要である。かつて落第生の中に素晴らしい作品を描いていた学生が居た。ひょっとして大学では、最高に優雅で無断な時間は落第生に与えられているのかもしれない。落第した後も平然として絵を描く隠れ家になっていた美術部室が消えたことは寂しい。
美術部が無くなった寂しさを、今の若い学生に打ち明けると、その学生は、美術部があったことすら知らなかった。「美術部があれば美術部に入った。」と言う。最近は学生が変質してしまったような議論も聞くが、人間の本質は簡単に変るものではない。変質したのは大学のカリキュラムの方で、それに適応するために学生が適応しただけだろう。教養教育の理念も消え、美術部も消えたまま放置していいのかな?私は妙な悲壮感を持っていた。その気持ちが若い学生に伝わったのか、学生の手によってもう一度、美術部を組織しようという機運が生まれた。早川さん、早瀬さん、小南さん、木村さんらが中心になって、同好会を組織する運動が起こった。私に美術部の顧問になってくれ、と尋ねてきてくれた時は本当に嬉しかった。今、私自身も、再び油絵を描き始めている。
名古屋市立大学 美術部顧問
名古屋市立大学大学院医学研究科分子神経生物学准教授 三浦 裕
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(Last modification, February, 2011)