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蝶ヶ岳ヒュッテは11月3日の宿泊客を最後に4月下旬まで冬期間は閉鎖される。私は今年の11月2日に蝶ヶ岳を登った。その日はよく晴れ、紅葉が格別に美しかった。秋の登山は夏よりも気温も下がるので歩いていても気持ちがいい。
三股登山口で見上げる常念岳の山頂は真っ白に輝いていた。やや心配だったことは、冬型の気圧配置が強まって麓でも風が強く感じられ、穂高側の上空に灰色の雲が広がり始めていたことである。
まめうち平付近から数センチメートルの積雪があったが、とくに歩くには問題ない。急登の尾根筋は非常に風が冷たく感じられて、手袋を二重にしていても手がかじかんだ。私はうかつにも雪山で必需品のオーバーミトンを持ってきていなかった。心に「まだ11月初めだ」という気の弛みがあった。その頃から粉雪がパラパラと降りはじめて、見えるはずの常念の山頂は完全に雪雲の中に消え去っていた。
大滝分岐の森林限界を超えるあたりの積雪は20-30cmぐらいの粉雪で覆われてトレースはまったくない銀世界になった。自分一人の体力だけが勝負の、緊張感のあるラッセルが始まる。ときどきズボッと足を取られる小さな吹きだまりはお愛嬌で、雪と戯れながら楽しく最後の斜面を登り切れると思った。ハイマツ帯に出た地点で状況が一変した。私がこれまで体感したことがない強風に出会ったのだ。私は「飛ばされる」危険を感じた。二本足で歩行が難しいと判断して、雪面に倒れ込むように四つん這いになった。すこし動くと飛ばされそうに体が浮く。しかしそのままじっとしていたら、体がどんどん冷えて低体温で疲労凍死してしまうだろう。もうわずか50m先にヒュッテがあるというのに、心臓が高鳴った。耐風姿勢で体をずらしながらテント場まで約20m移動した。ヒュッテの前で「助かった。中に入ろう。」と思った。しかし診療所側の玄関のドアが雪の吹きだまりに埋まって開かない。表玄関側まで回って、やっとヒュッテの中に入ることができた。
反省
私はオーバーミトンを持ってこなかったので、雨具を収納する防水性布袋を手袋の上に覆って代用した。妙に小さい袋なので登山用ストックを強く握るのが難しかった。強風に煽られて倒れた瞬間にストックはまったく役立たないただの棒切れになって邪魔になるだけだ。「ピッケルを持ってくればよかった」と思った。麓から晴れ渡った秋空を見ている時には予想もつかない、厳しい状況が秋の山頂付近では起こりうることを痛感した。
三浦 裕
名古屋市立大学蝶ヶ岳ボランティア診療班運営委員長
名古屋市立大学医学部分子医学研究所分子神経生物学(生体制御部門)准教授