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獣臭い匂いが漂っていた 2011年9月下旬、私の尊敬している十数年来の友人でもあるカナダ人山岳ガイドのBarryとLake Louise近くのMt. Aberdeenの北壁を登る計画を立てました。まだ暗い早朝にLake Louiseの駐車場を出発して、徐々に夜も明けてきた頃には登りの連続で暑くなりました。上着から中間着まで脱いでアンダーと薄手のウールシャツ姿になりました。素晴らしいアルパインルートの一日になることに思いを馳せながら1.5〜2時間くらい歩いた所でやけに獣臭い匂がしました。Barryは「臭気を発する植物がある」と言うので、臭気は特に気にせずにそのまま進むと、前方のトレイルのまん中からGrizzlyがじっとこちらをうかがっているのが見えました。Barryと私は歩みを止め、ゆっくりとトレイルを引き返すことにしました。Grizzlyもさりげない様子で、私たちを追跡し始めました。徐々にその距離が詰められても私たちは冷静を装って、 “Whoa bear. It's okay bear.” (どうどう、熊さん! だいじょうぶだよ、熊さん!) などと優しく声を掛けました。トレイルの途中に分岐点があるので、そこでGrizzlyと分かれることを期待をしました。しかし分岐点を通過してもGrizzlyは相変わらず我々の後をついてきました。明らかに先方の意図は私たちにあることが分かりました。すでに5〜10 mくらいにまで迫っていました。
人間とクマの木登り競争
通りかかったトレッカーが大笑い
レンジャーに保護されて下山
地元Canmoreの街のヒーロになる 事件を起こしたGrizzlyは認識番号No.8の6歳オス。推定体重250〜300 kg。以前も問題行動あって一度は麻酔で眠らされて発信器を装着されてヘリコプターで離れた山域に連れて行かれた経歴がありました。しかし再びLake Louise付近に戻って人間に接近していることから、悲しいけれども事件の数日後に射殺されました。その後、自然保護団体から「なぜベアスプレーを持って行かなかったのか」「なぜcellular phoneを身に付けていなかったのか」と山岳ガイドのBarryが非難されていたことを知っていたので、私は最近まで周囲のごく一部にしか以上の顛末をお話しておりませんでした。
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私がカナダ留学中のニュースとして、「Calgary大学医学部の学生が、ロッキーの山中でゴミ拾いのボランティア作業の休憩中に背後から襲われて、後頭部の頭蓋骨骨折の重症を負ってFoothills Hospital(Calgary大学付属病院)のヘリ搬送された事件」が印象に残っています。私はそのヘリが大学病に到着する状景を、偶然にも私の家内が二女の出産でFoothills Hospitalに入院中に部屋の窓から眺めていました。その事実関係を当時のCalgary Herald新聞の報道で後から知りました。イギリスから新婚旅行でカナダ旅行に来ていた夫婦がジャスパー国立公園で襲われて、その夫がGrizzlyと闘っている間に奥様を逃がすことができたけれども、夫はかみ殺された、というニュースもありました。1995年8月に、私たち家族がLake Louiseのキャンプ場で楽しい時間を過ごした翌月9月のシーズンオフに、私たちとほとんど同じ場所でキャンプを楽しんでいた女性がGrizzlyに襲われて死亡した事件もありました。Grizzlyから逃げようとしても簡単に逃げれるものではありません。Calgary Herald新聞によれば、カナダのBanff国立公園の入り口にあるCanmoreとう街に住んでいたIsabelle Dubeという女性はゴルフコースでGrizzlyに襲われて、木を攀じ登ろうとしました。しかし逃げ切れずに体重90 kgのGrizzlyに殺されました。 Canmore's Isabelle Dube, who chose to climb a tree in an attempt to escape a bear attack, was killed by a 90-kilogram grizzly bear in June 2005 near the SilverTip Golf Course in Canmore. Mihara先生らは必死に樹を25 mも攀じ登って難を逃れることができたのは、本格的なクライマーだから達成できた特別な事例で、とても貴重な体験談だと思います。
資料:
Calgary Helardに掲載された新聞記事
2014年8月27日
三浦 裕
名古屋市立大学大学院医学研究科分子神経生物学准教授
愛知県山岳連盟所属 社会人山岳会 チーム猫屋敷
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