Yutaka Miura's home page
(the third page level)

御在所の前尾根P7登攀-----厳冬期-----(2017年2月)

今年 (2017年) 1月15日は三重県鈴鹿山系は大雪が降った。四日市で17cm、いなべ市で45cmの積雪が記録された。私は、その記録的な量の雪が残っていところに寒波で再び雪になった2月11日(土曜日)にチーム猫屋敷(所属する社会人山岳会)のHorio (28)さんと前尾根をチャレンジすることにした。無雪期ならばP7のノーマルルートはV級の難易度だから、私は問題なくリードで登れる。しかし、厳冬期の前尾根はどのような様相になっているのか?登れるのか?登れないのか?興味が湧いた。


図1.無雪期と厳冬期の前尾根P7正面比較

前尾根P7は、下部ば完全に柔らかい雪に覆われて、朝日に照らされて白く美しく輝いていた。柔らかい雪に立とうとすると、雪の下は空洞になっていて踏み抜いてしまう。岩の表面は付着した雪のおかげで、つるつる滑って捕らえどころがない。雪は岩の弱点を覆い尽くして、クライマーの目を眩ませる。雪化粧した前尾根P7は、美しい姿で登攀者を誘惑する魔物であった。

Horioさんは魔物を乗り越えようと、ダブルアックスとアイゼンの歯の感触を頼りに登りはじめた。ビレーしながら、その姿を見ていると、なかなかジャミングが決まらないようで 2mも登らないのに「腕がパンプした」と言って、取付き点にずり落ちてきた。再挑戦しても困難を極めて、ルート途中にカムをセットしてPASを使ってセルフビレーをセットしてレストした。中継点に到達したのになかなかロープが出ない。アンカーボルトを雪から掘り出す作業をしていたようで、大量の雪が雪崩のように私の所まで落ちて私はその雪を被って真っ白になった。「完了」のコールサインを送ったHorioさんのヘルメットの上には真っ白な雪が積もって真っ白になっていた。私は「登ります。」と宣言したものの、登り方がわからない。離陸できないまま頭の中まで真っ白になった。私は無雪期ならリードで10分ぐらいでP7を登る自信があった。しかし今回は最初の1ピッチを完登するのに40分もかかった。

P7の2ピッチ目のリッジへ抜けるスラブも苦労した。掘り出されたランニングビレー点のボルトにアックスのブレードを引っ掛けてA0で上がった。表面に雪が覆われているスラブは、雪で完全に平坦になって手がかりがない。ダブルアックスを適当にガリガリ動かして、フリクションがありそうな場所に固定して、全体重をアイゼンの歯にそっとかけて登った。最後はリッジの向こう側までアックスのブレードを引っかけて、腕力で体を持ち上げ、リッジに一気に馬乗りになった。馬乗りになれば、もう落ちる心配はない。しかし前に進もうとしても足場がない。両側とも足で雪を蹴ると雪が崩れ落ちるだけでなかなか前に進めない。少しずつお尻をずらしながら2mぐらい進んで、そこからようやく立ち上がって前に進んだ。

このように悪戦苦闘してP7を2ピッチで登った。Horioさんは、それでも楽しそういに笑顔でP6も連続して登ると言いだした。しかし私は心身ともに限界を感じていた。ビレーに専念してHorioさん一人でP6に登り、ロワーダウンで降りてもらった。一息ついてテルモスに入れてきた甘い汁粉を飲んでからP7の終了点近くに太いヒノキをみつけて、その幹をアンカーにして、胸まですっぽりはまる雪の中を泳ぐように懸垂下降した。


図2. 前尾根P6. 無雪期のビレー点は雪の吹き溜まりの下3mぐらい下に埋まっている。


図3.  藤内小屋上流の鎖場からみた藤内沢.


図4.  無雪期の前尾根P7正面. 点線の円はホールド(ガバ)の位置を示す.

考察:
今回の私の前尾根登攀は、Horioさんに「引き上げてもらった」ような状態だった。なんとかエレガントに登れるようになりたい。2013年に撮影したP7のルートの写真(図4)を見て戦略(ムーブ)を考えることにした。写真(図4A)に写っているクライマーは右手でガバ(点線の丸印)をつかんで、右足(矢印の方向へ踏み込んで)のフリクションを効かせている。体の左半身を岩側に倒している体勢は、レイバック気味でオポイジション効果が出ている。。
前尾根の岩の構造(図4B, C)を観察すると、亀裂(リス)が、下から上まで、右側に傾斜して走っている。左半身を岩側(体の右半身が外側)に保って登れれば、この傾斜の上面に載った体勢で登れる。上記のクライマー(図4A)はこの有利な体勢で登っている。岩の表面を観察するとリスの右面(下面)には立派な凹凸があり、ホールドやスタンスとして使えそうに見える。その誘惑に負けて、ホールドやスタンスの方向に体を向けると、右半身が岩から離れた体勢になる。左半身が岩から離れた体勢になると、体が傾斜の下面体がぶら下がる不利な体勢になる。それでも無雪期であれば、リスの中に手を入れてジャミングで上半身を固定し、上腕の力で体を引き付ければ登れる。しかし厳冬期にはリス内に雪と氷が付着してジャミングが決まりにくい。このような悪条件の中で最適化されたムーブを考える必要に迫られる。

日常生活では、右にある物を取ろうと思えば、自然に体を右側に回転させて(右側が外側に開いいて)右手を伸ばすだろう。左にある物を取ろうと思えば、自然に体を左側に回転させて(左側を外側に開いて)左手を伸ばすだろう。(左右どちらの手を伸ばすかは利き手の問題で入れ替わる可能性があるが)体軸を回転させる方向は、日常生活では必ず手を伸ばす方向に一致する。ところが、このように自然に起こる体軸の回転が、垂直に近い壁や前傾壁では、大きな障害になる。自然に起こる体軸の回転によって、体はちょうどドアが開くように岩から離れようとする。体が岩から離れるのを阻止するためには、どうしても反対側の手で体を岩に引きつけて保持する必要が生じる。体を岩に強く引きつけるために腕力を消耗する。このような体勢ではは腕が短時間でパンプして体を保持できなくなるだろう。この問題を解決するために、足先を手を伸ばす方向の逆向きにして、体幹の回転方向も逆向きにして下肢を固定して重心を山側に移動させる技術の一つがダウンニーだ。カウンターバランスで下肢を安定化させる技術としてアウターフラギング、インナーフラギング、ダイアゴナルなどのムーブができれば、重心を山側に移動させた体勢を整えて腕力を使わなくても、体を岩壁に保持できるはずだ。

ただし無雪期のP7の登攀で上記のムーブを使うクライマーを見たことがない。ムーブだけで解決できるのだろうか?相手が岩になると、ダブルアックスやアイゼンをの歯を自由に打ち込めないので、私にはアルファルンゼや3ルンゼのアイスクライミングよりもはるかに難しかった。ドライツーリング技術に熟達する必要があるように感じた。積雪期のP7登攀戦略は、まだ私の中で未解決問題として残っている。

三浦 裕
名古屋市立大学大学院医学研究科分子神経生物学准教授
名古屋市立大学蝶ヶ岳ボランティア診療所 開設者
愛知県山岳連盟所属 社会人山岳会 チーム猫屋敷


to top menu of Yutaka Miura's Home Page

Please forward all comments, suggestions, or corrections to Yutaka Miura
(Last modification, Feb. 13. 2017)