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海軍割烹術参考書

私は、この夏に祖父母の故郷である新潟県にある先祖代々の墓参りに行った。その際に長岡で泊まったホテルのロビーで「五十六カレー」を宣伝する看板を見つけた。長岡出身の海軍大将であった山本五十六(やまもといそろく)に因む「カレー」らしいが、なぜカレーか?という疑問が湧いた。


智徳寺の裏山(三浦宗仙義重を含む墓群が林中に建つ)2011.07.14.撮影

智徳寺は、見附市の丘陵地に位置する禅寺である。その裏山が墓地になっていて三浦家祖先の墓群も300年以上も昔からその森とともに保存されている。一方、隣町の中之島の水田地帯は2004年7月13日の集中豪雨で刈谷田川が決壊した際に大損害を受けた。光正寺の墓地は水没して中には倒れた墓もあったという。私の祖母の八千代おばあさん(1900-1988)は、この中之島の光正寺に隣接する屋敷で生まれ育った。戦後の農地改革の激動と水害によって、嘗ては蔵が3つも並び、鯉の泳ぐ池もあったという大屋敷は跡形もない。祖母はたいへんに絵が好きで、名古屋に移り住んでからも趣味の日本画を続けていた。80歳を過ぎていた祖母がある日、スケッチブックに描いた不思議な田園風景について私が尋ねると「これは中之島から見える弥彦山で、手前に稲を干す『はざ木』が並んでいる。昔の想い出の風景なのよ。」と克明に描かれた画面を説明してくれた。


修復工事が終った刈谷田川からみた弥彦山(634m) 2011.07.14.撮影

ところで江戸時代に医者を志す者は、諸国から中央の医家の元に出向いて医術の研鑽を積んだ。三浦家は田舎の医家であった。鼻祖:三浦宗仙義保(1701-1770)の長男であった2代:三浦宗仙義重(1730-1813)は江戸幕府の医管の野間廣春院の所で医術を学んだ記録が三浦家霊名簿に記述されている。4代:三浦宗仙義積は、長崎のシーボルト(1796-1866)の所で西洋医学を学び、中之島の田舎に戻って重宝されたらしい。新発田藩主から召され、往診する度ごとに頂いた品々が三浦家にたくさん残っていた話は八千代おばあさんから伝え聞いた。明治に入り、5代:三浦宗潮義徹(1852-1920)は横浜済生学舎で医術を学んで家督を継いだ。

三浦宗潮義徹は横浜済生学舎が同郷の長岡出身の長谷川泰により1876年(明治9)に創設されたことを知って入学したのだと思う。ほぼ同時期に北里柴三郎(1853-1931)や高木兼寛(1849-1920)、20年以上後になって野口英世(1876-1928)が学んでいる。高木は後に海軍の食事栄養改革として洋食を導入して、軍隊から脚気を激減させた功績者である。海軍が陸軍に先駆けて西洋風のカレーを導入したのを記念して、今も海上自衛隊では金曜日はカレーの日としているらしい。それに対して当時の陸軍は森鴎外の指導を受けて白米主義を貫いていたために、日露戦争では戦闘による戦死者の半数よりも脚気による死者が多く出た悲劇が起こった。海軍がカレーを普及させた史実から海軍横須賀基地のある横須賀市は「海軍カレー」を名物に仕立て、長岡市は長岡出身の山本五十六が海軍大将であったことから「海軍カレー」を転じて「五十六カレー」として商魂逞しく新名物を作り上げたらしい。

私自身は鼻祖の三浦宗仙義保から数えると第9代目の医者である。しかし医師免許を持ちながら、基礎医学研究者として大学に残ったので、開業医を継承することができなくなった。父が医院を閉じる時に、私は名古屋市立大学医学部の有志と伴に中部山岳国立公園内の蝶ヶ岳山頂(標高2677m)に山岳診療所を設立する計画を進めていた(「岳人」2011年8月号No. 770, 82-87)。父の診療所で使っていた血圧計、無影灯、心電図計、酸素ボンベなど使えそうな診療器具すべてを山岳診療所で活用することを思い付き、重い機材はヘリコプターを使って山岳診療所に設置した。 三浦医院は消えた。それから14年を経て、山頂のボランティア診療活動は学生と医師が協力する名古屋市立大学の特徴的なサークル活動としてWikipediaにも記載されるまで発展した。その山頂で学生らが好んで作る食事がカレーである。

私は、今回の墓参りの旅先で見つけた「五十六カレー」に疑問を抱いて、いろいろと調べているうちに日本のカレーの起源は「海軍割烹術参考書」(明治41年)「カレイライス」に由来することを知った。最近はカレーの薬効は黄色色素のクルクミン(curcumin)の抗酸化作用が老化予防薬として注目されているが、本来は脚気を予防するためにVitamin B1を補強することを主たる目的として開発されたとすると、ビーフカレーよりはVitamin B1を多く含む豚肉を使うポークカレーの方がより栄養学的には効果的と言える。なるほど90歳の誕生日を迎えた父の大好物はカツカレーであり、長寿の一因になっているのかも知れぬ。小生も熱々のカツカレーが大好物である。しかし、やや肥満傾向の自分としては、カロリーの過剰摂取から成人病を引き起こす可能性のある悩ましいメニューでもある。

三浦 裕
名古屋市立大学医学部分子医学研究所分子神経生物学(生体制御部門)准教授


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(Last modification, August 1, 2011)