北京・中国中医研究院での講演(03年8月11日)
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  北京に部屋を借りて5日目、旧知の中国中医研究院医史文献研究所副所長・教授、朱建平さんの依頼により講演した。国家継続教育医史文献学研修班という卒後教育の一種で、受講者は全国各地の医学史関係教官や院生など。こういうのに朱氏は友人を引きずり出すのが上手く、演者には彼のほか中国科学院の廖育群教授など知人が多い。

 しかし私の中国語はデタラメなため、受講者に正確に理解いただけないと困る。そこで私の研究を熟知している北京中医薬大学の梁永宣助教授に通訳をお願いした。私とは彼女が日本留学時代に知り合った友人で、下写真で はこちらを向いて通訳してくれている。彼女の右側の白いワイシャツ姿が朱氏、さらに朱氏の右が医史文献研究所に新任の柳長華教授。柳氏はこの春の訪日で私の大学に来たこともある。右端に民族衣装の男性がいるが、たずねたたところ○○(失念)族とのことで、いつもこうした民族服だという。顔つきは漢族と変わらないが、さすが歴史の学徒と嬉しかった。

 さて私は「日本における伝統医学史研究成果」というテーマで講演させていただいた。このテーマは当年3月のソウル滞在中、慶煕大・車教授の依頼で韓医学研究院で講演したのと同じ。その時のパワーポイントファイルが転用できるから私から当テー マを申し出たのか、朱氏が希望したのかどうも記憶にない。むろん最新のニュースを知りたがっているのは韓国も中国も同じで、こんなテーマを希望されることが多い。本当の研究成果なんて他人が話せる訳ない、といつも思うのだが。

 ともあれここ中国中医研究院でも、韓国韓医学研究院でも上写真のようにパワーポイントを使って講演させていただいた。このようにパソコンからプロジェクターで投影するのは、1994年にソウル大学での講演に招かれて見たのが最初で、かなり驚いたのを覚えている。今となっては中国の各地で開催の国内学会発表でも普通に使われているし、私たちも授業等で日常的に使う。それで不思議だったのは、この年9月に英国ケンブリッジのWolfson Collegeで開催された国際会議で、設備が一切なくて当方式の発表ができなかったこと。私のような希望をしたのは数人とのことで、たぶん欧米人はMicro Soft嫌いが多いせいだろうと憶測した。私も同じでNetscape派なのだが、パワーポイントに代わる汎用性のあるソフトはないし・・・