←戻る 真柳誠『龍谷大学大宮図書館和漢古典籍貴重書解題(自然科学之部)』59-60頁 、京都・龍谷大学発行、1997年7月30日

運気論講義 一巻一冊(690.9-342-1) 写字台本

浅井周伯講 貞享三年〔松岡玄達自筆〕写本 書高23.6×幅16.8p

 本書名は外題より採った。見返しに「養志堂講」、奥書に「貞享三柔兆摂提格之歳(一六八六)四月二十七日/立的大淵子記」が記される。養志堂は浅井周伯の院号で、立的・大淵子は松岡玄達のこと。運筆も明らかに若年時の玄達のものである。よって浅井周伯の講義を、松岡玄達が貞享三年に筆録した玄達自筆本と認めた。

 このとき周伯(一六四三〜一七〇五)は四十四歳、玄達(一六六八〜一七四六)は十九歳だった。両者の略伝は『薬性記』(写字台本、690.9-319-1)の解題に記す。本書は伝写本を含め他に所蔵記録がなく、また周伯の運気論に関する書も伝わらないので、史料価値が高い。なお周伯とともに味岡三伯門下の四傑の一人とされた岡本一抱も『運気論奥諺解』を著しており、彼らの学風を伝える。

 本書に筆録された周伯の講義は、宋の劉温舒が元符二年(一〇九九)に著した『素問入式運気論奥』をテキストとしている。その巻頭に掲げられる図まで玄達は写している。劉温舒については、自序に記された朝散郎太医学司業という正六品にあたる官にあったこと以外、経歴を伝える史料がない。

 運気論とは『素問』の運気七篇に初出する一種の予防医学論で、十干を木火土金水の五運、十二支を風寒暑湿燥火の六気にあて、各年の干支から疾病傾向等を判断する論である。宋代から行われたが、劉温舒の当書は現伝する最も早期の専書で、当分野の古典ともいえる。中国では清代までに六回の刊行が知られるが、江戸期では十四回も和刻され、とりわけ江戸前期に流行した。そうした時代風潮もあって、周伯は本書の講義を行ったのであろう。

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