←戻る 真柳誠『龍谷大学大宮図書館和漢古典籍貴重書解題(自然科学之部)』43-44頁 、京都・龍谷大学発行、1997年7月30日

〔家伝〕日用本草 八巻一冊(690.9-449-1)写字台本

元・呉瑞(瑞卿)編 明・呉鎮(世顕)校補 明嘉靖四年(序)跋刊(黄錠・黄銑) 毎半葉匡郭約18.9×12.7㎝


 当本には元・天暦二年(一三二九)の刊行自序、元・至正三年(一三四三)の再印序、明・嘉靖四年(一五二五)の陳企庵と呉鎮の重刊跋がある。また序文部分の第三〜五葉を欠くが、『医籍考』『経籍訪古志』によれば、第一〜四葉が嘉靖四年の李序、四〜七葉が至正三年の刊行序だったと推定できる。さらに巻八末葉に「歙西□(?)川黄錠黄銑刊」と読める刊記がある。

 以上の記述からすると、元代の新安海寧県で医学の官にあった呉瑞は、飲食物五百四十余品の効能・毒性等を八種八巻に収めた本書を一三二九年に刊行。この書は一三四三年にも再印されたが、約二百年を経て版木の半数近くが割れたりしていた。そこで六代目の呉景素は校正・重刊を始めたが果たせず、七代目の呉鎮(世顕)が遺志を継ぎ、歙西の黄錠・黄銑に刻版させ一五二五年に序跋刊したことになる。

 この新安の歙西では、黄鍍の刻版した『仁斎直指付遺方論』などが嘉靖二十九年(一五五〇)に序刊されており、その版本二点も写字台文庫に所蔵されている。同じ地で黄姓の刻版ゆえ、版式・字体は『家伝日用本草』とよく似る。これからも写字台文庫の当本は、一五二五年の序跋刊本と認められる。

 当版には『経籍訪古志』著録の多紀氏聿修堂本があり、いま東京国立博物館の所蔵となっている。また現在、中国大陸・台湾に同版の所蔵記録は見当らない。しかも本書の元版はすでになく、他には銭允治が収載品を百七十余品に節略した三巻本が明末の一六二〇年に『食物本草』と合刊されたにすぎない。この三巻本は慶安四年(一六五一)に和刻されたが、本書の旧姿を保った八巻本は当写字台本と東博本だけである。

 著者の呉瑞は字を瑞卿といい、代々の医家であった以外、詳しい伝がなくて分からない。

→各巻の画像