←戻る 真柳誠『龍谷大学大宮図書館和漢古典籍貴重書解題(自然科学之部)』49-50頁、京都・龍谷大学発行、1997年7月30日

陰虚本病 一巻一冊(690.9-278-1)写字台本

〔御薗意斎編〕 江戸〔前期〕刊 毎半葉匡郭25.4×17.4p

 当本一冊六葉は江戸前期の刊とみられる整版であるが、序跋・刊記等はない。その前版は後陽成天皇の命で慶長二年(一五九七)に大型木活字が新製され、それで刊印されたいわゆる慶長勅版である。慶長勅版の本書は現所在が不詳であるが、かつて小汀氏旧蔵書があり、図版等が『増補古活字版之研究』に収められている。これと当本とを比較すると、寸法・字体ともに同一であり、慶長勅版から整版に覆刻されたことが分かった。この整版も他に所蔵記録がなく、したがって写字台文庫の当本は記録上唯一の現存書である。

 小汀氏旧蔵書には、本書の編者が御薗意斎である旨の書き入れが見える。初代の意斎(一五五七〜一六一六)は常心とも称し、正親町天皇・後陽成天皇に仕えた針医だった。また本書は『格致余論』『医学正伝』などから、それぞれ針術に関する文章を抜粋・編集している。とすると慶長勅版の書き入れは信憑性が高いだろう。

 本書の第一〜三葉が書名とされる「陰虚本病」篇で、首行篇名下に『格致余論』から集めたと記す。『格致余論』は朱丹渓(一二八二〜一三五八)が一三四七年に著した医論書で、室町時代には明版が渡来していた。この「陰虚本病」篇は、『格致余論』の「陽有余陰不足論」や「相火論」などから文章を集めたらしいことが比較すると分かる。本書の第四〜五葉は「医学正伝抜書」と題される。『医学正伝』八巻は明の虞摶(一四三八〜?)が一五一五年に著した医学全書で、日本では室町末期から江戸中期によく読まれた。その巻一「医学或問」五十二条から、第五条前部と第二十三条の全文が本書に引用されている。本書の第六葉は末葉で、そのオモテのみに無題の文章があり、刺針の禁忌症を列記する。うち「五傷」に挙げる文章は『霊枢』が原出典だが、その他はよく分からない。

 当本はその堂々たる版面に慶長勅版の旧姿を十分に伝えており、その唯一の医書として価値が高い。

→各葉の画像