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平成14年2月16日(土)  茨城県庁三の丸庁舎
「水戸医学と現代漢方」 
―原南陽「叢桂亭醫亊小言」第7巻「叢桂亭蔵方」を中心に―

水府病院漢方診療部部長 五十嵐康美



【目的】

 原南陽「叢桂亭醫亊小言」巻之七「叢桂亭蔵方」58方の中から、浅田宗伯「勿誤薬室宝函口訣」に収載されている9方[甲字湯、乙字湯、翹玄湯、鍼砂湯、弄玉湯、巫神湯、肺癰湯、曼倩湯、九味檳榔湯(八味檳榔湯)]、叢桂亭の「約束処方」 丙字湯、丁字湯、さらに「勿誤薬室宝函口訣」収載の連珠飲(本間棗軒方)、以上、水戸医学の精華ともいうべき12方について、現代中医学の立場から、立方の意図(方意)、現代における利用価値について考察した。
 

1.甲字湯:{ヤマイダレ+於}血を治療する。茯苓1.2、桃仁0.7、芍薬0.7、牡丹皮0.4、桂枝0.6、甘草0.2、生姜0.2(以下、単位は「銭」)

婦人の病で{ヤマイダレ+於}血に属するものは10のうち、8,9割が月経停止し腰部に引きつり痛む。新旧腹痛し、または天気が良くも悪くも頭痛して頸がこる発作があるときは、虫積がなければ、すべて{ヤマイダレ+於}血に属する。ほかに、鍼をもちいて刺絡、出血することもよい。また、産後、小便不利となり、水腫となるものも{ヤマイダレ+於}血に属し、これを治療するのに効果がある。あるいは手足のひきつり痛みには附子を加えればよい。{ヤマイダレ+於}血結滞によって中風、偏枯、歴節風、{ヤマイダレ+徴}{ヤマイダレ+(暇-日)}、疝痛、脹満、麻木、冷痛、湿痺に、男女にかかわらず使用できる。附子、または烏頭を加え、塊のあるものは鼈甲を加え、腸癰には{艸+意}苡仁をくわえ、膿がすでにできているものには大黄を加える。
(1)金匱要略の桂枝茯苓丸(茯苓、桃仁、芍薬、牡丹皮、桂枝 各等量)に生姜・甘草を加えたものに相当するが、茯苓の比重が大きい。桂枝茯苓丸同様、{ヤマイダレ+於}血に用いられる。
 
(2)勿誤薬室宝函口訣には、「桂枝茯苓丸の証で、激する者に用いる」とある。茯苓の増量で利水滲湿・健脾化痰効果を高め、生姜で温中、甘草で益気すると同時に急迫する痛みに対応したと考えられる。

(3)演者はむしろ桂枝湯(桂枝、芍藥、甘草、生姜、大棗)の方意を併せることによって営衛を調和し、桂枝茯苓丸より総合的な応用範囲を持たせたと考える。

(4){ヤマイダレ+於} 血結滞による中風、偏枯、歴節風、{ヤマイダレ+徴}{ヤマイダレ+(暇-日)}、疝痛、脹満、麻木、冷痛、湿痺などに男女にかかわらず広く使用された。手足のひきつり痛みには附子・烏頭、塊のあるものは鼈甲、腸癰には{艸+意}苡仁、膿がすでにできているものには大黄を加えるなど、かなり自在な加減を行うのも特徴の一つである。
 

2.乙字湯:痔疾、脱肛、痛楚または下血腸風、陰部の痒痛するものを治す。柴胡0.7、黄{艸+今}0.7、升麻0.4、大黄0.4、甘草0.3、大棗0.4、生姜0.2

外台秘要の吾茎葉の煎汁、または煙草煎で洗ってもよいし、井華水を何度もそそいでもよい。諸種の瘡疥は、洗伝の薬を禁じている。下部の瘡疥はこれがもっともいけない。誤って枯薬で洗伝を行うと、治ってから鬱冒し、気癖のようになる。繊細で細かいことにこだわり憂い、心気もさだまらないようなものは長強に灸をすえる。腸風下血で長くこれを服用しても無効なものは、理中湯がよい。
(1)原南陽の創方では現在もっとも有名。唯一健康保険のエキス剤にも採用されている。

(2)[醫亊小言補正]では、小柴胡湯から半夏・人参を去り、升麻・大黄をくわえたものとしている。

(3)各種痔疾のほか、婦人の陰部痒痛にももちいられる。皮膚病内攻による神経症にもよい。

(4)柴胡・升麻で下向する脱肛をひきあげ、黄{艸+今}で清熱する。[勿誤薬室宝函口訣]には、升麻は犀角の代用で、柴胡とともに湿熱清解に用いているとある。

(5)大黄は加減して使用する。痔瘻は湿熱、痔核は{ヤマイダレ+於}血と解釈できるので、大黄は清熱通便のほか清熱燥湿・行血作用もあるため、合理的。
 

3.丙字湯:種々の淋証を治す。甘草0.6、山梔子0.4、沢瀉 0.2、当帰 0.4、地黄0.5、滑石0.5、黄{艸+今}0.5

血淋は阿膠を加えるか、乱髪霜を散服する。隠白・太鐘に6,7壮灸し、あるいは滑石礬甘散を間服する。数年たっても治らないものでは再造散(桂枝、防風、羌活、細辛、川{艸+弓}、生姜、党参、黄耆、附子、白芍、大棗、炙甘草)を与える。もし陰部が腫れて痛み、瘡疥を生じて漏れるものは、島藤丸を間服するのもよい。腫れて痛みが激しい場合には、忘憂湯(甘草の煎汁)でこれを洗う。
(1)[醫亊小言補正]竜胆瀉肝湯から竜胆・木通・車前子を去り、滑石を加えたもの。

(2)当帰・地黄で補血、黄{艸+今}で清熱燥湿、山梔子で清熱瀉火・涼血止血し、滑石・沢瀉で清熱、利水通淋する。比較的熱性の淋証で、血虚・血{ヤマイダレ+於}、出血を伴うようなもの、すなわち尿路感染症、血尿などに用いる。

(3)血淋には、今日猪苓湯合四物湯が現在よく用いられており、これに近いが、よりシンプルな構成。ただし強い熱証には適さない。
 

4.丁字湯:{サンズイ+辟}嚢病(現代でいう胃拡張)、慢性腹痛、宿水を吐き、食べると激しく痛む、胃から酸が逆流して{口+厄}逆するものを治す。牡蛎1.6、茯苓1.6、呉茱萸0.8、橘皮0.4、蒼朮 0.6、枳実 0.6、甘草0.2、生姜 0.2、人参0.3

生冷、粘滑、魚鳥肉、脂っこいもの、酒、餅などを慎む。普通に生活できればは一日量陳倉米2合で粥をつくり、飲水1合、薬1貼以下にとどめる。病のはげしいものは1日1合で粥を作り、4回にわけて食べる。焼き味噌、金山梔子、梅醤をもちいて食べる。そのほか、塩韮糟茄のようなものは食べさせない。菓子、蒸し餅などはいっさい禁じる。煎茶などはもってのほか。意地きたなくて禁を守れないものは治りにくい。{サンズイ+辟}嚢病は、朝起きが空腹なら痛みはなく、朝食後少し痛くなり、あるいは{口+曹}雑する。昼食後痛みは劇しく、夕食後はさらに激痛となる。これは胃が穀物を消化することができず、痛むのである。したがって、暮れに一日食べたものを吐きつくすと、痛みを忘れたかのように楽になる。吐く水が飲んだものに倍するものは昔反胃と称した。附子か烏頭を加え、あるいは工えん散を兼用するとよいことがある。また、赤丸(=茯苓、半夏、烏頭、細辛)を与える。全身に発疹するものはこの方剤を与えない。
(1)[醫亊小言補正]では延年茯苓飲(金匱の茯苓飲?=茯苓、蒼朮、人参、橘皮、生姜、枳実)に牡蛎・呉茱萸をくわえたもの。

(2)呉茱萸の温中散寒、降逆止嘔、疏肝理気作用と、牡蛎の収斂固渋、制酸止痛を加えたのは、巧みな加方である。

(3)茯苓飲は、本来痰飲・宿水をとり、現在、逆流性食道炎にしばしば用いられる。
 

5.翹玄湯:蛇盤瘰癧、頚筋が硬くこるのを治す。連翹1、玄参0.7、木通0.7、升麻0.3、羌活0.3、山梔子0.3、薫陸(=乳香)0.2、甘草0.2

上部の腫毒、発疔、麻疹がなおってのちの小瘡し、寒熱が結核に類似するようなものに用いてよい。
(1)瘰癧、上部腫毒というのは頚部のリンパ腺炎・腫張のことで、結核、梅毒、膠原病、悪性腫瘍までを含むものと思われる。[寄奇方記]には「婦人蛇盤瘰癧、頚筋へ凝痛も色もなく、こぶのようになって非常に硬い。この方を用いると、だんだん柔らかくなって、累々としているのがわかり、散る。10人中8,9は婦人」とある。

(2)連翹は清熱解毒、玄参は清熱養陰・利咽散結、清熱解毒・解表透疹、羌活は去除風湿・止痛、山梔子は清熱瀉火・涼血止血、乳香は活血止痛・消腫生肌にはたらき、全体として清熱消腫にはたらく。

(3)今日ほとんど使われることのない処方だが、ホジキン病、サルコイドーシス、悪性リンパ腫などに応用できるかもしれない。
 

6.巫神湯:婦人の血暈発熱あるいは振寒小便不利、上衝して、めまい、悪心、または嘔吐するもの、産後諸症。婦人の百病に、運用はさまざまである。茯苓1、蒼朮0.5、猪苓0.5、沢瀉0.5、桂枝0.5、乾姜0.4、黄連0.3、木香0.1

{ヤマイダレ+於}血、結痛に桃仁のたぐいを頻用してもさらに症状がはげしくなるものは攻めてはいけない。持重堅守すべきである。この方は熱入膀胱に最適。
(1)[醫亊小言補正]五苓散に乾姜・黄連・木香をくわえたもの。

(2)一般的に、女性の自律神経失調症で、行血剤を用いて悪化するような場合に用いる。よくわからない病気(怪病)では湿からせめてみる。

(3)湿を動かすには温めるのがよい。桂枝に乾姜を追加。黄連・木香(香連丸)は清熱止痢・行気止痛に働き、湿が熱化している状況にも対応しつつ、かつ湿をのぞくために行気する。実際にみられる婦人の不定愁訴には寒熱錯雑の症状が多く、寒熱が正反対の乾姜・黄連が同時に用いてられている。日本漢方ではむしろ女性の慢性膀胱炎などに用いられることが多い。

(4)女性の不定愁訴には{ヤマイダレ+於}血ばかりでなく、湿も考慮すべき。
 

7.鍼砂湯:虚悸短気、眩暈虚煩および黄胖するものを治す。鍼砂4.8、牡蠣1.2、茯苓1.2、桂枝0.4、人参0.2、蒼朮0.5、甘草0.1

この方は、いろいろに運用できる。もっぱら鎮静作用が主であり、神気不定や胸膈動悸、眩暈、または夜臥床時の不安、悪夢、夢精、大病後の眩暈、心煩、上衝耳鳴など。この外、心胸間に動悸し、種々の症状のあるものに用いる。その妙は鎮静作用にある。
(1)[醫亊小言補正]には苓桂朮甘湯に人参、牡蛎、鍼砂を加えたものとある。この病症は夏に多く見られる。もともと心下に塊があり、通常動悸が甚だしい人で、ときに塊が上衡する。気が上逆すると下部がしまらなくなり、下痢、小便不利、むくみなどがみられ、金匱にある支飲の状況となる。

(2)主薬の鍼砂(砂鉄)。もっぱら鍼砂・牡蛎の重鎮安神による鎮静作用を主体に構成され、神気不定や胸膈動悸、眩暈、または夜臥床時の不安、悪夢、夢精、大病後の眩暈、心煩、上衝耳鳴などに用いられた。

(3)原方の苓桂朮甘湯はもともと気が上衡して、めまいするものに用いられる。黄胖には今日の鉄欠乏性貧血も含まれるが、南陽は黄胖に鉄剤が有効であることも知っていた(叢桂偶記)。
 

8.弄玉湯:小児の疳証、黄痩腹痛、慢性下痢、または食欲不振のものを治す。大人でも、心下痞し、悪心、虚悸するものに使うことができる。茯苓1、桂枝0.5、蒼朮0.5、橘皮0.3、木香0.1、黄連0.1、甘草0.1。

悪心するものは烏梅をくわえ、冷のあるものは附子を加える。小児の疳癖は、爪をかみ、壁土、炭などの異食するものは黒瞳散を兼用する。ウナギをたべさせ、背腹に灸をする。症状の劇しいものは連日灸をする。疳眼または翳を生ずるものは鶏肝丸を間服する
(1)小児のいわゆる疳症:やせて腹痛があり、長期に下痢もあり、食欲がないもの。ヒステリー様の症状をしめすこともある。

(2)[醫亊小言補正]では、苓桂朮甘湯に橘皮・木香・黄連を加えたものとする。水飲をめぐらせるため、行気止痛の木香と理気化痰の橘皮など理気剤を加えたもの。黄連は心熱をとるために加えたものであろう。
 

9.九味檳榔湯:脚気、気血凝滞して腫をなすものを治す。檳榔1、紫蘇0.4、枳実0.4、橘皮0.5、桂枝0.5、大黄0.3〜0.5、木香0.2、生姜0.5

気血凝滞するものは、脚の八種に灸する。連日怠らずにやれば、よい。その灸法は病の軽重により加減する。委中をさ して瀉血するのもまたよい。
(1)[醫亊小言補正]厚朴七物湯より厚朴、甘草・大棗を去り、梹榔子、紫蘇、橘皮、木香を加えたもの。八味檳榔湯である。

(2)今日知られるのは原南陽より後の浅田宗伯方(檳榔、紫蘇、厚朴、橘皮、桂枝、大黄、木香、生姜、甘草)。枳実のかわりに厚朴、また南陽方では去っている甘草を加えたもの。浅田門では、いわゆる脚気様症候群(腫満、短気、速脈。自覚的には四肢厥冷、四肢関節・首腰の硬直感。他覚的には顔面浮腫、眼瞼浮腫、鼻尖光沢)に頻用される。

(3)枳実は苦寒、厚朴は苦辛温と異なり、枳実が破気散結、厚朴が行気除満、枳実が消積導滞に働くのに対し、厚朴は下気平喘という差があり、これらを考慮して使い分けるべき。

(4)矢数は、しばしば呉茱萸・茯苓を加えて用いる。
 

10.曼倩湯:陳旧性腹痛発作を治す。{サンズイ+辟}嚢、{口+曹}雑、食べたものを吐くものを治す。牡蛎粉1.5、柴胡0.8、芍藥0.7、枳実0.6、呉茱萸0.6、甘草0.3。

(1)丁字湯と同様の状況に使う(牡蛎、呉茱萸は共通)が、それぞれに適応あり。

(2)[醫亊小言補正]では、四逆散+牡蛎・呉茱萸としている。

(3)[勿誤薬室宝函口訣]では、脾の痛み、{サンズイ+辟}嚢で、腹裏拘急し、脇胸に水飲の停滞したものに用いるという。

(4)四逆散は解鬱、疏肝理脾に用いられるため、ストレスがからんで吐くものに、一方、茯苓飲は理気化痰、和胃降逆、健脾益気に用いられるので、水飲による嘔吐に適している。
 

11.肺癰湯:咳唾腥臭し、口から膿または米粒様のものを吐く。胸肋間が隠痛または背に徹していたみ、声枯れて気急、横になることのできないものを治す。甘草0.6,桔梗0.6、貝母0.5、{木+舌}楼根0.5、杏仁0.4、白芥子0.3、生姜0.2。

(1)この処方は、古方の桔梗白散(桔梗・貝母)を核とし、医学心悟の貝母{木+舌}楼散(貝母、{木+舌}楼、{木+舌}楼根、茯苓、橘紅、桔梗)にも近い。

(2)貝母で清熱化痰、潤肺止咳し、括楼根で生津潤燥、杏仁・白芥子は止咳平喘、桔梗は宣肺止咳の作用をもつ。

(3)抗生物質の発達した現在では、結核をふくめて感染性の肺疾患に使用することはない。しかし、肺癰にかぎらず、止咳化痰の方剤としての利用が期待できる。
 

(本間棗軒方)

12.連珠飲:(内科秘録巻之五、眩暈)諸出血後の虚悸眩暈で、唇、舌が白く割れるものを治す。
苓桂朮甘湯合四物湯(茯苓、桂枝、朮、甘草、地黄、当帰、川{艸+弓}、芍藥)

(1)[勿誤薬室宝函口訣]「血虚、眩暈、心下逆満、発熱自汗、婦人百病を治す」とある。すなわち、水分と血分の2つに病症があるものに用いらる。虚熱により発汗する。

(2)今日も比較的よく用いられる処方。更年期障害でのぼせのつよいケースに使う。逍遥散(柴胡、芍藥、当帰、白朮、茯苓、甘草、生姜、薄荷)とは柴胡をのぞいて共通の生薬も多く、柴胡の必要のない(肝鬱のない)ケースに適する。
 

【総括】

(1)鍼砂湯、弄玉湯、連珠飲の3方まで苓桂朮甘湯(茯苓、桂枝、朮、炙甘草)の加減方であることが特徴的といえる。

(2)一人の医師が時代を超えて生きる個性的な方剤を作り出すことはなかなか容易なことではない。叢桂亭蔵方の中で南陽の真のオリジナルといえるのは、乙字湯、丙字湯、翹玄湯、肺癰湯の4処方と考える。しかし、その他の処方も、個性的な経方の加減である。

(3)南陽の蔵方は、自ら考案し、効果を確かめてのち独立処方として記載され、かつ広く用いられたこと自体、処方の優秀性を示している。棗軒の連珠飲もしかりである。

(4)現代に生きる漢方医も、彼らの苦労をしのび、工夫を重ねて診療に精進すべきである。