Massie's Scotland:Jane

戦うジェイン

ジェイン・ウィルフォードは戦う女性である.身長は優に180cmあり,足はジャイアント馬場顔負け(足負け?)の16文もあろうかという大きさ.しかしジェインが戦う女性だと言ったのは容姿からではなく彼女の人生に対する姿勢からである.

日本にいたこともある英国外交官の娘として生れた彼女の目は幼いときから国外に向いていた.ジャーナリストとして行ったアンゴラで知合った夫と結婚し女児をもうけた.彼女にとって肌の色や言語の違いなどは結婚にあたって全く問題にならなかった.子供はなるべく小さなうちからなるべく沢山の種類の文化に接触させるべきで,そうすることによって未知の物に対する偏見が少なくなって民族間の対立抗争などという馬鹿げた出来事がなくなる,自分の生い立ちと人生から導き出した,それがジェインの持論だった.

その後夫は皮肉にも民族抗争であるアンゴラ内戦に巻きこまれて死亡.長女を連れて英国に帰ってからは小児科医に転身し,グラスゴー市内にある重症小児専門病棟で働いている.彼女の家で住込の家事手伝いとして働いているアンゴラ人のアントニアの誕生パーティの際,お互いの職業が同じなのでたまたまそのことに話が及んだ.

”僕は医者という職業の魅力を見失いかけてグラスゴーへ来ているのだけれど.ジェイン,君にとって医者という職業の何が魅力なの

”社会的な関わり合い(COMMITMENT)ね”

”でもジェイン,君は以前ジャーナリストをやっていたんだろ.ジャーナリストの方が社会的な関わり合いがより多い職業だろう.どうしてジャーナリストをやめて医者になんかなったんだい?”

”確かにジャーナリストも社会的な関わり合いがある職業よ.でもジャーナリストの場合には汚い関わり合いが多いの”

”例えば?”

”誰かしらの金銭的利益がからむとか,地位とか名誉とか”

”医者の場合はそういうことが少ないのかい”

”そうね,あったとしてもジャーナリストの場合と比較にならないくらい少ないわ.患者は治りたい,家族は治してもらいたい,医者はその期待に答えなくちゃならない.その意味でのCOMMITMENTね.ずっと動機が単純,純粋でしょ.だから医者の方がいいの.自分でもやっていて良かったと思うわ.”

”でもジェイン,あなたは毎日凄じく働いているみたいじゃないか.”

”そうよ.週100時間ぐらいかしら”

”よくもまあそんなに働けるものだね.僕も日本にいる時はその位働いていたけど,もう怖くてそんなに働けないよ.夜中の電話,当直,重症の救急.全部自分の責任になってくる.ストレスに耐えられないんだ.”

”Massie,あなたはいつから臨床医として働き始めたの?”

”25才からだよ”

”若い時から働き始めたから息切れしちゃったんじゃないの.あたしなんか40になって始めたからまだまだ元気よ.”

”女性に年を聞くのは失礼だとはわかっているけど,幾つなの”

”もう棺桶に片足突っ込んじゃっているわ.(英語では極めて類似した表現で墓場に足を一本という言い方をする)47よ”

と言ってジェインは屈託なく笑った.10才以上年下の若僧(?)が医者は疲れるとぼやいているのに,それを責める風でもなく,却って慰められてしまったし,週100時間労働を誇る風でもなかった.自分の年齢を意に介さないばかりか,かえって逆手にとって自分の活力の根拠にしてしまっているジェイン・ウィルフォード.前日当直で2時間しか寝られなかったと言いながら,夜中を過ぎても談論風発の中で楽しんでいる彼女のところから午前1時に辞し,眠気を覚えながら夜道を歩いている間,自分も日本へ帰ったらまた同じ商売をやる覚悟が決まりつつあった.

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