気前がよくなる時

研究室のハンサムボーイのデレックがアメリカに留学するとのことでお別れパーティがあった.深夜まで騒いでその帰り,自宅までタクシーに乗った.

”あのローレルプレイス5番地まで”
”アッハー,ローレルプレイスね”
”あのクロウ通り沿いの…”
”わかってるって.まかしときな.おれにゃ,地図は要らないんだ.ワッハッハ”

ロンドンのタクシーは運転手の試験が厳しくて,市内のどんな道でも知っているとの神話があるが,グラスゴーの運ちゃんはそれほどでもなくて,日本の運ちゃんと50歩100歩なのだ.大丈夫かなあ.

”寒くないか.暖房つけようか”
”大丈夫.ところであんた御機嫌だね.”
”そうさ.今日はレインジャーズが勝ったからね”
なるほどそういう訳か.グラスゴーレインジャーズはスコットランドの最強サッカーチームだ.この運ちゃんも祝勝会か何かやって一杯ひっかけてから仕事をしているんじゃないかなあ.

たちの悪い酔っ払いは少ないお国柄なのだが,酒気帯び程度の運転は日本より多いのではないだろうか.ビール1パイント(日本のほぼ中瓶一本に相当)までは取り締まりにあっても大丈夫(法の規制内)だとのこともあり,また高速道路では取り締まりがあるようだが,市街地では全くないことも酒気帯び運転の蔓延を助長している.ある程度の警告姿勢も警察には見られるが,他の犯罪の捜査でそこまで面倒見ていられないというあたりが実情なのではないだろうか.でもタクシーの客としては運転手が酔っ払っていちゃ困るんですよ.客死っていうと格好良く聞えるけど,酔っ払い運転のタクシーに乗って交通事故死じゃ情けないなあ.

と,そんな心配もものかわ,なんら迷う事なく車はわがフラットの前に.さすがに大見栄をきっただけのことはあるな.おっと料金はと,2ポンド70ペンスか,するてえチップとあわせて3ポンドちょうどでいいなと.いや待てよその金額の横に表示してある80ってのは…
”深夜割増し料金加算で3ポンド50だ”
  いけねえ,足りねえや.3ポンド50ペンスのチップを一割ちょっと足してええと….こちらもほろ酔い加減のうえに慣れないチップの計算なので,とっさに適切な金額が頭からも財布からも出てこない.すると 
”あっ3ポンドね.3ポンドでいいよ.3ポンドで” 
とあっけにとられて半分開いた僕の手のひらから1ポンド札3枚(スコットランドでは札なのだ!)だけ受取って,”ワッハッハ.cheerio(チーリオー:スコットランド方言で”じゃあね”位の意)”と言って走り去っていってしまった.

ひいきの野球チームが優勝した時に店の酒をただで振舞うような人は,日本にだけいるのではないのです.

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