医学文献翻訳断念の記録

2000年1月,大部の翻訳(神経内科の臨床の単行本)を引き受ける羽目になりましたが,いろいろ試行錯誤した結果,結局断りました.その悪戦苦闘の過程を紹介します.何らかのご参考になれば幸いです.

まずはじめに,なるべく能率良くと思って,いくつ方法を考えました.

I. まず,英文を読みながら日本語訳を読み上げる.これには二通り.

1.IC recorderで録音して,それをPCへ流す.
2.IBMのvia voiceのようなdictation専用の道具を使う.

1の方がコンピュータが手元になくても,何かの待ち時間の間に録音だけでもできるからいいかなとも思ったのですが・・・1,2いずれにしろウィンドウズマシンが必要(マック対応のIC recorderなんて聞いたことがない)私はマックしか持っていないから,1か2となれば誰かのウィンドウズマシンを借りてやることになります.

3.OCRと医学翻訳ソフトで下地になる訳を作り,それを校正する(かえって手間がかかりそうで憂鬱)

4.古典的に,英文を読みながら日本語を書いていく.

まず,1,2の方法はすぐにあきらめました. 理由は,

1)機器にそれなりのお金がかかる,

2)自分の声をきちんと認識しくれるかどうか不安

3)機械を訓練するまでの時間と手間

4)口頭で入れた文章を,また編集する手間を考えると,はじめからキーボードで打

ち込んだ方が早い

ですから,現時点では

4.古典的に,英文を読みながら日本語を書いていく.

という方法で仕事をスタートしました.しかし,

> 3.OCRと医学翻訳ソフトで下地になる訳を作り,それを校正する

というやり方も試みました.しかも資金ゼロで!! 特に,決まり切った術語をキーボードで入力したり,カットアンドペーストするのが面倒だからです.文章でなく,表になっていたりすると,ほんと,機械的な作業で嫌になりますので,そういう場合には機械翻訳がいいです.といっても高価な機械翻訳ソフトはとても買う気はしないので,ライフサイエンス辞書プロジェクトフリーウェアE TO Jを使ってみようと思います.術語を訳するだけですから,一般的な言葉は英語のまま残るため,

Effects of influenza vaccination of health-care workers on mortality of elderly people in long-term care: a randomised controlled trial

を訳すと

効果s of インフルエンザ ワクチン接種of 保健医療 workers on 死亡率 of高齢者 people in 長期 看護: a無作為化するd 制御するd 試行

のような文章になるわけですが,少なくとも決まり切った術語を繰り返し入力したりカットアンドペーストする必要はなくなるわけです.むちゃくちゃな日本語や癖のある日本語の文章を編集するより,かえって楽かもしれません.

商業版を含めてパソコン用の医学翻訳ソフトウエアは,

http://lsd.pharm.kyoto-u.ac.jp/OtherWWW-J.html

にまとめてリンクしてあります.(大阪医大のものなど,一部は閉鎖となっていますが)各ホームページでは,字数を限定したお試し翻訳などがありますので,その結果を比較検討されて購入なさってはどうでしょう.

(後日談)とまあ,その後一週間いろいろ試行錯誤をして,結局依頼元に差し戻しました.何しろ初めての経験なので,一週間をトライアル期間として,どのくらいの仕事量になるか,必死にやってみました.その結果,とても期日までに仕上げられないと判断して差し戻したのです.これからは臨床医が仕事の片手間で医学書を翻訳するような時代ではなく,術語は機械翻訳,文章はプロの翻訳家が校正,医者はとんでもない技術的な誤解が生じないかどうかチェックする.そういう分業体制を整えて,良質の翻訳書を出していく時代だということです.

完全に断りでなく,”差し戻し”というのは,どういう意味かは下記の出版社への手紙の引用を読んでいただければわかります.要するに,小さな出版社ほど,デジタル化や機械翻訳を活用すべきだという提案です.

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一旦引き受けておきながらお断りして申し訳ありません.期日の迫っている仕事であり,急いでやってみたのですが,膨大な仕事量なので不可能と判断しました.期日が進んでから投げ出すより,早めに撤退した方がご迷惑をかけずに済むと思いました.ただ,気まぐれで嫌になったわけではありません.この1週間懸命にやった結果,とても無理だと思ったのです.

明日,本日までの仕事(翻訳例と本文のデジタル化,つまりコンピュータのテキストファイル化)をMOでお送りします.今後の出版のご参考になればと存じます.

これは個人的な見解ですが,これからの翻訳はコンピュータを使って能率よくしないとコスト面からもスピード面からも,他社との競争に勝てないと思います.特に臨床医学書の翻訳は,ほとんどの場合,翻訳の専門家ではなく,臨床の医者が,仕事の合間にやるわけですから,なかなかはかどりません.だからなおさら省力化が要求されるわけです.

MOに入っているのはその省力化の原型です.つまり,ページをスキャナーにかけ,それをOCRソフトでテキストファイルにして,スペルチェックをかけてから,一部のテキストに関して,フリーウエアのソフトで専門用語だけ日本語にしたのです.しかしこれだけでも膨大な作業でした.MOに入っているこの作業はこの1週間,ほぼかかりきりでやったのです.

条件さえ整えば,この作業は数分でできるのです.つまり,翻訳の版権(というのでしょうか?)を取得する際に,原文のテキストファイル(つまり紙でなく,ワープロのファイルとして)を入手する約束を取り付け,そのファイルを機械翻訳にかけて日本語にすれば,ここまでの作業は数分でできるわけです.機械が訳した日本語を校正するのならば,むずかしい専門用語はすでに機械が訳してくれてあるわけですから,以後の日本語の校正は医者でなくてもできます.今は医学専門の機械翻訳もかなり賢く,安くなっています.10万円台前半で手に入りますから,個人で購入するのは無理としても,小さな出版社にとっても手頃な値段でしょう.

たとえ原文のテキストファイルが手に入らなくても,私がやったようにページをスキャナーにかけ,それをOCRソフトでテキストファイルにすれば,後は機械翻訳にかけられるのです.これからの貴社のためにも,ご検討いただければと存じます.
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