地下鉄は人を成熟させるか

グラスゴーには一本だけ環状線の地下鉄がある.ロンドンのtubeよりぐっと小型のオレンジ色の車両が環状線をぐるぐる回るので,Clockwork Orangeとの愛称がある.朝夕の通勤時にはごく短い時間に利用者が集中するので,日本の通勤電車が懐かしくなるくらいのすし詰めとなる.

さてその地下鉄のエスカレーターの乗り方だが,右側に立って,左側を歩く人を通す習慣は全くない.混雑時で乗客が多くてもみんな”おとなしく”,右左ばらばらになってじっと立っている.

あるスコットランド人とロンドンの地下鉄のエスカレーターに乗ったとき,彼は左側に立っていたので,後ろからどやされた.彼が本当にロンドンの風習を知らなかったのか,あるいは無視してわざと左側に立ったのかはわからない.

グラスゴーで左右ばらばらの理由はエスカレーター自体が短いからだろう.ロンドン方式が発生した理由はエスカレーターが長すぎて,先を急ぐ人間がストレスに耐えきれないから生まれた手段と思われる.

東京でも長いエスカレーター(例えば営団地下鉄千代田線の新お茶の水駅,JR東京駅の総武・横須賀線地下駅)では自然発生的に同様の風習が生まれつつあるが,どういう訳か左側に立って,右側を上っていくことが多い.東京とロンドンの相違の理由は不明である.車の左側通行は同じだし.右利きと左利きの比率の差でも説明は難しい.ちなみに大阪ではロンドンと同じである.

しかし東京のエスカレーターの風習はあくまで乗客による自主的なもので,お上による右に立てとか左に立てとかの公式の表示はない.鉄道会社側が積極的にこの風習を奨励してはいないからだ.エスカレーターを駆け上がって怪我でもされたら管理責任を問われるからだそうだ.まだまだ日本の社会というのは,幼稚園児とその先生の集団が優位なようだ.自分の意志で,自分の脚で上がったエスカレーターで,自分で転んで怪我をして,誰が鉄道会社を訴えられるものか.まあ,どこかの訴訟天国の国ならばそんなこともあるかもしれないが.(彼の合衆国では,濡れた猫を乾かすため電子レンジに猫を入れて死なせてしまった人が,説明書に”猫を乾かしてはいけない”と書いてなかったとして,会社を訴えて勝ったという話は本当だろうか?)

日本の社会はこれからどちらの方向に近づくのだろうか,自分の判断と行動に自分で責任を持つ成熟した大人の社会か,それとも訴訟多発の幼稚園児の社会か.自然発生的に生じたエスカレーターの列から判断して,私は前者と楽観したい.

グラスゴー日記目次へ