アンケート

”こんにちは”,私に呼びかけたのは帳面とボールペンを持った20代と思われる小柄な男性だった.風采の上がらない予備校生風で,御茶ノ水の駅頭で,”震災の支援のために”と言って,にたにた笑いながら金をせびる年齢不詳の人物を連想させた.

その時の私の姿と言えば,セントアンドリュースのゴルフキャップを被り,半ズボンに運動靴,ポロシャツの出で立ちで,夏の盛り,札幌は大通り公園の ベンチに座って子供達が大型の滑り台に興じているのをぼんやりと眺めていた.そんな私が格好のカモに見えたのだろうか.しかし,また何かの寄付かといって 金をせびるのか,と身構えるのも大人げない.まずはキャップを取って”こんにちは”と応じた.

”HBC(注:北海道放送だったっけ?アルファベットの略称なんて,やたらと使うもんじゃないな.これじゃ肝炎ウイルスと間違えられるぞ)の者ですが,アンケートを採っているのですが,あなたにとって青春時代の思い出の歌は何でしょうか?”

彼がいきなり放送局の略称を使ったところを見ると,私は内地から来た観光客ではなく,地元の人間と思われたらしい.それにしても金をせびるには適切 ではない質問だ.もしかして,こいつは,生活のために,言われるままに月並みなアンケートをとり,町中で冷たい視線を浴びながら歩き回らなければならない のかもしれない.その無益な努力に少しでも報いるために,そんなことだったら答えてやろうか.しかし,”青春時代”とは聞き捨てならない言葉だった.

歴史が不正の堆積(*1)であるとしたら,個々の人生は恥の堆積である.私の人生が例外であろうはずがない.青春とはすなわち,その恥の堆積の加速 度が最も顕著な時代のことである.青春の思い出の歌とは,恥部の象徴である.札幌の大通り公園で,真っ昼間から自分の恥部について赤の他人に語るのは,私 がアルツハイマー病になってからでよい.放送局の名前を出せば何でも喜んで答えてくれると決めつける態度も見え隠れして気にくわない.

さりとて,即座に回答を拒否するだけでは芸がないし,彼のノルマにも貢献できない.ついには金をせびるかどうかも判断できない.

君が代ですね”咄嗟に出た言葉だった.私にとって恥の堆積と最も関係の深い歌だ. 彼は戸惑った作り笑いをしながら礼を言って去っていった.私は嘘をつかずに済んだし,彼のノルマにも貢献した.金をせびるためのアンケートではないことも わかった.そして中年の私にとって何よりも喜ばしかったのは,セントアンドリュースのゴルフキャップの下にある頭髪は目立って薄くなろうとも,その下にあ る脳味噌には,まだこんな機転を利かせるぐらいの能力は残っているのだという,密やかな発見だった.

*1:笹本駿二 第二次大戦下のヨーロッパ 岩波書店 P7に,ヴォルテールの言葉として引用されているが,原典が不明である.ご存じの方は是非とも御教示いただきたい.

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