緑膿菌による市中肺炎

病院とは直接関係のない地域社会で起こる肺炎,いわゆる市中肺炎の診療は,病原菌の種類とその同定,鑑別診断,治療介入のタイミング,といった数々の点で,院内感染による肺炎とは大きく異なる.起炎菌の点では,市中肺炎では肺炎球菌が圧倒的に多く,それに次いで,インフルエンザ菌や,マイコプラズマを始めとする非定型性肺炎の頻度が高い[1][2] [3][4].院内感染性肺炎とは対照的に,緑膿菌は,市中肺炎では,たとえ高齢者の場合でも,通常,鑑別診断の中に含まれない[3].
緑膿菌による肺炎は,院内感染が圧倒的に多く[3],本例のように基礎疾患や危険因子なしに緑膿菌による肺炎が生じることは極めて稀である[3] [5].時に,レジオネラと同様に,加湿器の使用や発泡浴槽の使用が緑膿菌性肺炎の原因になることが知られているが,そのような原因が認められないことも多い[3] [5].市中肺炎では,起炎菌として,肺炎球菌,インフルエンザ菌,あるいは,Mycoplasma pneumoniae, Chlamydia pneumoniae, レジオネラといった非定型性肺炎の起炎菌を考え,緑膿菌は市中肺炎の起炎菌としては通常考慮されない[1][2] [3][4].喀痰のグラム染色からグラム陰性桿菌による肺炎を強く疑う場合を除いて,培養結果が判明する前に,肺炎の起因菌が緑膿菌と推測するのは極めて困難である.

一方,呼吸器系基礎疾患のない緑膿菌性市中肺炎の経過は,院内感染肺炎や呼吸器系の基礎疾患がある場合よりもむしろ急激で,多くは本例と同様に劇症の経過で死亡する[6] [7].Hendersonらは[6],基礎疾患のない緑膿菌性肺炎を2例報告しているが,いずれも本例と同様,来院時はすでにショック,著明な低酸素血症を示し,入院後数時間以内に死亡している.Hendersonらの例でも,生前に緑膿菌を疑うことはなく,いずれも本例と同様,死亡後の培養ではじめて判明した.1例は52歳の男性で,起炎菌としてレジオネラが疑われたが,治療に全く反応せず,入院後一時間で死亡している.剖検では,肺胞に血性の浸出液が充満し,両側副腎に出血が認められた.もう1例は27歳の女性で,起炎菌として肺炎桿菌が疑われた.この例も,昇圧剤,酸素投与に反応することなく,入院後10時間で死亡している.剖検では,やはり,肺胞に血性の浸出液が充満していた.いずれの経過も,極めて激烈で,感受性のあるゲンタマイシンが投与されていたにもかかわらず死亡している. Relloらの報告[7]でも緑膿菌性市中肺炎の予後は極めて悪く,集中治療を必要とした重症市中肺炎204例中,8例が緑膿菌性肺炎であり,そのうち7例が死亡したとしている.

基礎疾患のない緑膿菌性肺炎が,なぜ激烈な経過をとるのかは明らかではない.診断が困難で,治療が遅れることも一因であろうが,上記のHendersonらの二つの症例では,いずれも発症から36時間以内で死亡しており,他の肺炎と比べても,単に治療の遅れだけでは,その激烈な経過は説明できない.Hendersonらの症例1では,両側副腎に出血を認めたことから,髄膜炎菌によるWaterhouse-Friderichsen症候群[8]類似の病態の可能性も考えるべきだが,緑膿菌性肺炎全例に両側副腎出血が証明されているわけではない.

REFERENCES
1 青木 眞: 下気道感染症(肺炎). レジデントのための感染症診療マニュアル,医学書院,東京,pp211-224,2000
2 日本呼吸器学会市中肺炎診療ガイドライン作成委員会: 成人市中肺炎診療の基本的考え方. 日本呼吸器学会,2000
3 河野 茂、朝野和典: 高齢者の呼吸器感染症ー起炎菌からみた呼吸器感染症の変遷ー. 日内会誌 87:210-216,1998
4 中浜 力: 市中肺炎の外来マネジメントー現状に見る初診時鑑別診断の重要性ー. メディカル朝日 2003年9月号:12-14,2003
5 Rello J, Rodriguez R, Jubert P, Alvarez B: Severe community-acquired pneumonia in the elderly: epidemiology and prognosis. Study Group for Severe Community-Acquired Pneumonia.. Clin Infect Dis 23:723-728.,1996
6 Henderson A, Kelly W, Wright M: Fulminant primary Pseudomonas aeruginosa pneumonia and septicaemia in previously well adults.. Intensive Care Med 18:430-432.,1992
7 Rello J, Bodi M, Mariscal D, Navarro M, Diaz E, Gallego M, Valles J: Microbiological testing and outcome of patients with severe community-acquired pneumonia.. Chest 123:174-180.,2003
8 Hamilton D, Harris MD, Foweraker J, Gresham GA: Waterhouse-Friderichsen syndrome as a result of non-meningococcal infection. J Clin Pathol 57:208-9,2004

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