おとぎの国のマニュアル

あるメーリングリストで、ある施設で、救急外来患者全員に、心筋梗塞を、”見逃さない”ために(?)心電図を取るようにするとの議論があった。それに対する私の書き込み

1.人間不信の問題:この手の主張=自動思考(あたかも公理のような仮面を被った妄想)はよくお目にかかります.神経内科領域では,”「なぜ初診時にMRIをとらなかったのか?」と訴えられる”が、類似の自動思考です.認知行動療法(CBT)の面白さの一つに,自分の頭の中に生まれる自動思考にツッコミを入れる作業があります.

では,”検査しないと訴えられる”という自動思考にどうやってツッコミを入れるか?オーソドックスに,立場を変えるロールプレイと根拠を求める方式でやってみます.つまり,自分が患者の立場に立って,どうして検査をするのか?と尋ねてみるのです.さて,どう答えますか?自動思考に従えば,「あなたが私を訴えるかもしれないと思っているから,訴訟予防のためにやるのです」=「あなたは私を信用していない。だから私もあなたを信用しない」と答えることになります.これが”説明と同意”になりますか?なりませんよね.”すべては患者様のために”なんてスローガンは,たちどころに吹き飛んでしまいます.これでも、「検査しないと訴えられるから、検査するんだ」と主張しますか?

「検査しないと訴えられる」という自動思考の背景には、人間不信が根本にあります。人を相手にする医療では、人間不信は致命的です。致命的な欠陥にアプローチすることなくして、自動思考を受け入れると、こういうことになるのです。

ちなみに、「神の手」を求める患者側と、それに迎合するメディア+医療者側双方の行動の背景にも人間不信があります。
「神の手」と呼ばないで”を読むと、その認知の歪みが是正されます

2.この自動思考を野放しにすると、類似品が次々とやってきて手が付けられなくなります。心筋梗塞だけ見逃さなければいいのか?患者を差別していいのか?くも膜下出血の患者を助けなくていいのか?大動脈乖離で訴えられることは心配しなくていいのか?肺塞栓だって何とかしてもらいたい・・・・初診時に全例心電図ばかりではなく、全例MRIと腰椎穿刺と肺血流シンチと心エコーと・・・・これは、パニック障害そのものです。(人間の)パニック障害には認知行動療法は極めて有効ですが、組織性パニック障害にも有効かもしれません。

3.初診時に全例心電図を取ることによって訴訟リスクを軽減できる←真っ赤な嘘。というのは、次の理由。
○心筋梗塞に対する心電図の感度の問題
○その膨大な数の心電図を、その場で読影できる人材の確保の問題
○初診患者だけでいいの?再診患者を除外するのはおかしいんじゃないの?だって、再診患者の方が、何らかの基礎疾患を持って通っているにもかかわらず、冠動脈の評価が全員なされているわけではない。だから再診患者の方が心筋梗塞のリスクが高いはず。
これらの点について議論することは、生物統計の格好の勉強になり、面白いリサーチクェスチョンを立てる訓練にもなります。学生さん、研修医のみなさん、やってみてください。臨床研究の材料なんて、そこら中に転がっているのです。

4.医療現場でのゼロリスク探求症候群
リスクはゼロか100かのデジタルであるとの幻影には、医療者さえもしばしば惑わされます。ゼロリスクはありえないことを知識としては知っていても、与えられた状況、様々な制約の中でどうやって効率的にリスク低減を図るかを常に意識しないと、いつの間にか幻のゼロリスクを探求した結果、おとぎの国でしか成立しない手順書ができあがります。その手順書はおとぎの国専用ですから、現実世界では遵守されません。そうして事故が起こると、手順書が守られていなかったと言われて訴えられる。あれれ、これじゃあ、検査しないことで訴えられるんじゃなくて、おとぎの国の手順書が訴訟を生んでいることになりませんかね?

参考
MRIは訴訟予防にはならない
10億円プレーヤーに勝つ方法

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