組織も夢見るお払い箱

継続可能なsustainableという言葉が流行りのようだが,例によって天邪鬼の私は,この言葉がどうも面白くない.あなたの周りには,なくなってしまうと困るものより,居座ってもらって困るものの方が多くはないのか?

お払い箱を夢見て”で,教育とは,自分の仕事に誇りを持つ者が,その素晴らしい仕事の後継者を育て,自分を乗り越えていくまでに成長させて,自分がもう不要だという状況を作り上げることに他ならないことを明らかにした.

自らがお払い箱になる状況をアウトカムとして明示することの有用性は個人に限らない.組織を作り上げる際も,その組織が要らなくなって解散することを目的とすれば,限られた期間内に,誰が何をすればいいのかが明確になり,大変効率のいい仕事ができる.

分かりやすいモデルが,大災害の時のボランティア組織である.ボランティア組織のスタッフはそこに永住するわけではないから,いつかは解散しなければならない.被災地の住民が自分で生活を立て直す力を育てつつ,ボランティア組織への依存度を低くしていくという,難しい仕事を成し遂げるためにも,いつ,どういう形で,地元の組織に仕事を引き継ぎ,解散するかを,設立時に明確にしておく必要がある.そうでないと,ボランティア組織への依存度を長期間に渡って放置する結果,住民の自活力回復の機会を奪ってしまったり,逆に,不要になったのに,ボランティア組織が残存しているがために,被災地復興の邪魔になったり,ボランティア組織維持メンバーが,自分の本来の仕事になかなか戻れなかったりすることになってしまう.

このように,組織も,本来なら,組織そのものが不要になることを目標に活動すべきでなのに,やむなくそれがいつまでも存続する場合には,四十を越して生きる人間同様,存続による有害作用を常に意識し,組織人・組織外人が協同してその有害作用の低減に努めなければならない.

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