内科医は消えゆくのみ

経済財政諮問会議が「外科医でさえロボットで代用できるのだから,内科医なんかみんなお払い箱にして,仕事は全てAIとナース・プラクティショナーに『タスク・シフト』してしまえ.そうすればすれば医師の労働時間だけでなく医療費も削減できる.医者も納税者もみんな喜ぶ素晴らしい政策だ」と言ってきたら,誰が反論できるだろうか.少なくとも私は,その術を知らない.
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医ノベーション(5)名医のオペ 海を越えるか 遠隔手術、ロボが橋渡し 日経新聞 2019年10月29日
 引く手あまたの名医による手術をどこででも――。そんな未来に向け、医療技術が飛躍しようとしている。腕を自在に動かし、微細な作業もこなせるロボットが立役者だ。各地の病院に赴き、勤務先を離れられない名医の遠隔操作で手術を成功させることが期待されている。医療では最新のロボット技術やIT(情報技術)の活用が試みられ、名医の手法を現場にいる感覚で吸収できる仮想現実(VR)の導入も始まった。名医の技を各地へ、より多くの医者へと広げることは医師の不足や偏在という差し迫った問題の解決にもつながる。(後略)
過疎地の病院を都会から支援
 国立大病院で全国最多の病床数を誇る九州大学病院(福岡市)。10月上旬に手術室を訪れると「ピッ、ピッ、ピッ」と患者の脈拍を知らせる音が響き渡るなか、機械の白いアーム4本が小刻みに動いていた。アームはそれぞれ、患者の体に開けた小さな穴から食道へと入り込んでいる。「ダヴィンチ」という手術ロボで、がん化した箇所に施術する指示を出すのは近くに座る外科医だ。コンソールという、コックピットのような操作台で画面をのぞきながら、手と足で操作する。

 画面は体内の状況を3次元(3D)で鮮明に映している。メスや鉗子(かんし)の役割をもったアームが動くとき、奥行きや角度もきちんと分かる。手で執刀するときの触感がないことには慣れる必要がある一方、手ぶれを制御する機能はミリ単位での縫合などに効果を発揮する。
 いまはロボと執刀医が同じ手術室にいるが、将来は遠くのロボを動かす「遠隔手術」が実現するかもしれない。九州大学大学院の森正樹教授は、日本外科学会の理事長として臨床研究の指揮や指針作りに取り組む。「外科は厳しいイメージがあり、若手医師が選ばなくなりつつある。いま都会でも1カ月待ちの手術が10年後は2~3カ月待ちとなり、地方では手術できなくなる可能性すらある」と警鐘を鳴らす。
 名医のいる病院まで患者が赴いたり、病院を集約したりしないと人材を確保しづらい。こういった制約を打ち破るディスラプション(創造的破壊)の一つが遠隔手術だ。例えば離島の病院にダヴィンチを導入し、現場の医師がまず手術室にあるコンソールを操って基本的な手術をする。都市部の病院にある別のコンソールとも回線でつなぎ、難しい部分は「私が担当します」と操作主体を切り替えて手術してもらう。

コンソールという、コックピットのような操作台で画面をのぞきながら操作する(福岡市の九州大学病院)
 手術中に出血した場合などはすぐ止める必要があり、必ず患者のそばにも医師がいないといけない。それでも最低3~4人が1組で実施してきた手術を、現場と都市病院にそれぞれ1人ずつの計2人で対応できる可能性がある。
 最大の課題は通信の安定性だ。医師の操作とロボの動きに遅れが生じたり画像が乱れたりしては困るため「次世代通信規格の5Gより高度な技術が必要」(森教授)。国立大学どうしなら大容量で通信できる有線ネットワークがあり、これを全国の医療機関に拡大できないか模索する。
 もし手術中にトラブルが起きた場合、責任が現場なのか遠隔手術した医師なのか、あるいはロボやネットワーク環境なのか原因を探るための指針も整えないといけない。ダヴィンチなど手術支援システムは通信の安定と個人情報の保護を考え、同じ手術室内で完結するよう設計されている。異なる病院をつなぐには、責任の所在を明確にしたうえで、新たなソフトウエアを開発するようメーカーに依頼する必要がある。
 九州大学大学院の森正樹教授は「地方では手術できなくなる可能性すらある」と危機感を強める
 同病院の別グループは世界70カ国の医療施設と提携し、とくにアジア新興国での手術現場の映像を生中継してアドバイスしてきた。ロボットも海外に渡り、名医の技が海を越えて命を救うような日がいずれ来るかもしれない。

匠の技、VRで伝承
 VRを活用して名医の技を伝承する取り組みもある。米ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)の日本法人は今年から「アブレーション」という手技について学べるVR機器を全国の病院に貸し出している。この技は心臓が小刻みに通常より速く動いてしまう心房細動という症状に対し、血管にカテーテルを入れて心臓まで到達させて治療する。「少しずつカテーテルを進ませていく速度や手元の技術、同時にモニターを確認する際の注意点など高い技能が求められる」とJ&Jの服部健一郎シニアマネジャーは話す。
 記者もVRのヘッドセットを装着してみると、画面には実際の手術室が映っていた。目の前で医師が、患者の太もものつけ根あたりから静脈の血管にカテーテルを入れていく。やや右上に目を転じると心臓を3Dでグラフィック化したモニターがあり、カテーテルが到達した場所をはっきりと映す。
 VRは上を向けば天井、後ろを向けば壁などとあらゆる角度の光景がつながって再現される。あたかも手術室にいる感覚で、匠(たくみ)の技を吸収できるよう工夫されている。
 今回は弘前大学医学部付属病院の木村正臣准教授と済生会熊本病院(熊本市)の奥村謙最高技術顧問の手技という2パターンを用意した。心房細動の多くは肺静脈からの異常信号が原因で、カテーテルの先端から高周波電流を出して細胞の一部を焼く「焼灼(しょうしゃく)」をする。木村氏の場合はモニター上の心臓のグラフィックに「心臓の後ろ側にある食道」の位置を描き加えた。焼灼時に食道まで傷つけないようにするための配慮だ。モニターには圧力、出力、秒数の3要素も示してあり、それぞれを調整して焼灼の加減を操る。
 心房細動は、まだ症状に気づいていない人を含め国内約170万人の患者がいるといわれる。高齢化でさらに増えるとみられるが、不整脈の専門医は1000人超にとどまる。医師が多忙になるほど若手の指導に充てられる時間が限られるという課題もある。自ら学ぼうとする医師を助けるVRは、これから他の症例でもニーズが高まりそうだ。
 外科手術が急速に発展したのは19世紀前半のことだ。麻酔で患者の痛みをなくし、医師が体の各部へと冷静にメスを入れることができるようになり、手術の成功確率が高まって、多様な手法も生まれた。日本の華岡青洲が1804年、世界初とされる全身麻酔の手術に成功したのは医学史の金字塔だ。それから約200年。ロボット技術やITの急速な進歩により、高度な医療技術が一気に広がる新たな時代が近づく。

医師不足・偏在を技術で補う
 2025年には団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となり、医療ニーズが今以上に拡大する。ただ、日本の人口あたりの医師数は経済協力開発機構(OECD)が調査した加盟31カ国中28位と先進国で最低に近い。医師の偏在も深刻だ。厚生労働省が人口や年齢構成、医師の属性をもとに医療ニーズをどこまで満たせるかを算出した「医師偏在指標」によると首位の東京都は329、最下位の岩手県は169と大差がついた。全国を335の医療圏に分けた36年時点の将来予測では、約220地域で医師が必要数に届かず約2万4000人が不足する見込み。逆に約60地域は約4万2000人が過剰になるという。
 激務のイメージがある外科は地方などで不足が目立つ恐れがある。全国約4万人の外科医数は横ばい圏で推移しているが、平均年齢は上昇しつつある。「機械で医師の肉体的衰えを補っており、引退年齢が延びている」(九大の森教授)。現在は腹部を大きくは切らず内視鏡を挿入する腹腔(ふくくう)鏡手術が増えた。モニターで画像を拡大でき、やや視力が衰えても70歳程度まで外科医を続けられるようになった。
 政府は医師の偏在を是正する政策を打つが、それとともに新技術で補えるかどうかも注目される。ロボットが支援する手術に公的保険を適用する範囲は広がっており、12年に前立腺がんで可能になった。18年には食道がんや直腸がんなども加わって14種類の手術に適用されている。
 米インテュイティブ・サージカル社が供給してきたダヴィンチは19年に多くの技術の特許が期限切れになるとされる。これまで病院側のコストは初期投資で数億円、メンテナンスで年数千万円といわれてきたが、医療機器メーカーの新規参入で低下する可能性がある。将来的に遠隔手術も保険適用となった場合、ロボは各地に普及しそうだ。高齢化で高まる医療需要に、医師の負担を勘案しながらの対応が求められる。
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