失敗の本質:法医学版
ーこうして冤罪は作られるー
(このページの内容はいずれ,「戦後日本法医学史」として本にしたいとは思っているのだが,いつになることやら)

下山事件 山下事件 樺美智子さんの死因 

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ (Otto von Bismarck)
これは非常に有名な格言だが、実は意訳であり、ビスマルク本人の言葉はNur ein Idiot glaubt, aus den eigenen Erfahrungen zu lernen. Ich ziehe es vor, aus den Erfahrungen anderer zu lernen, um von vorneherein eigene Fehler zu vermeiden. 直訳すると「愚者だけが自分の経験から学ぶと信じている。私はむしろ、最初から自分の誤りを避けるため、他人の経験から学ぶのを好む」つまり、ビスマルクの元の発言にはGeschichte歴史という言葉が出てこない。これは誤訳ではないと私は思う.むしろ,時間という偉大な審査員の判定を受けた貴重な他人の経験を「歴史」の二文字で置き換えた訳者のセンスの良さには感心する。本ページのタイトル「失敗の本質」は、”失敗の本質―日本軍の組織論的研究(中公文庫)”からの借用である。

下記の事件は,いずれも真犯人が病気であるとする臨床医の判断がもっと尊重されれば,これほどまでに無駄な論争,裁判,冤罪リスクは回避できたはずだが,残念なことに,関係資料を見る限り,臨床医の判断はほとんど無視されている.死亡例の正しい診断は臨床医には任せられない.法医学者の意見のみが常に正しいというわけなのだろうか.

1.下山「事件」:
市井にありふれた,いわゆる『神経衰弱による自殺』(下田光造) 立位で機関車の前端に衝突=生体轢断(錫谷 徹)
古畑種基の業績については別途言及しているが、古畑と言えば下山事件である。自殺説・他殺説が入り乱れ、「謎の事件」とされて散々マスメディアに弄ばれてきたが、何のことはない、北陵クリック事件盲導犬刺傷事件と全く同様、真犯人は「病気」(下山事件の場合はうつ病による自殺)であり、他殺説はデマ以外の何物でもない.名探偵を気取り、人の死を飯の種にした記事と小説を売りまくったジャーナリスト・作家達による創作に過ぎない。事の顛末は「佐藤 一 下山事件全研究 インパクト出版会」に詳しいが,自殺の証拠の中核となる法医学者の意見としては,「錫谷 徹 死の法医学 下山事件再考 北海道大学図書刊行会」を読めば生態轢断,つまり自殺であることが一目瞭然である.本書(錫谷書)を読まずして下山事件を語る資格はない.なお,他殺論者はこの錫谷書を決して引用することはない.

「轢断したD51型蒸気機関車に付着した血痕・組織片の付着状況と,
D51型蒸気機関車の形態構造とをあわせて判断に加えると,下山総裁は立位(立った姿勢)で列車に遭遇し,立位で機関車の前端に衝突し,その後に線路上に倒れて轢断されたものと,ほとんど断定に近い確からしさをもって推定される.立位で機関車の前端に衝突したということは,いうまでもなく,そのときは生きていたということで,いわゆる生体轢断を意味する」(同書 P256)

なお,この錫谷書の記述はほとんど,下山事件研究会 (編集) 資料・下山事件 (1969年) (絶版)によると錫谷自身が書いている.1964年の時効成立の直後に,一部の有志によって,事件当時を知る人々がまだ生存中に,そして資料が散逸しないうちに,これらをまとめて後世に残そうという趣旨で
結成されたのが,下山事件研究会の趣旨で,その第一の事業として刊行されたのが,この資料・下山事件である.これには,それまで公表された公的資料の他に,個人の証言も新たに加えて公平正確に編集されており,法医学的考察にはほとんど事欠かないほど貴重な記録が収められている.(錫谷書 P221)

にもかかわらず,
他殺説を弄ぶジャーナリスト・作家達は,例によって「真相究明」という偽名で冤罪を創ろうとした。私がそう断言するのは、彼らが鑑定意見を引用する場合、「死後轢断」を主張した鑑定意見から、他殺説の材料に使えそうなところだけを恣意的に抜き出し、後の部分は全て無視しているからである。下山事件の場合にはメディアのでっち上げに警視庁が乗らなかったので冤罪は免れたが、北陵クリニック事件の場合にはメディア・法医学・警察・検察・裁判所の見事な協同作業によって冤罪が成立してしまった。

そもそも「生活反応」なるものの感度が100%だと考えること自体が間違っている。
生活反応 vital reactionsは受傷から死に至るまでの間に生じる生体反応だから、当然受傷から死亡時間までの時間に大きく影響される。刃物などの刺傷・切傷と一瞬にして死亡する轢断死体の傷口の生活反応が同じわけがない。教科書にも、列車による轢断の場合には、即死であるため、生活反応は極めてわずかである.

轢断その他列車による損傷のいずれにも出血がないということは,死体轢断か生体轢断のいずれかである.これだけではいずれと断定できない.たとえ生体轢断ではあっても,轢断により即死したか,列車に衝突して瞬間的に心拍動が停止した後に轢断された場合は,損傷に出血がないのは当然である.(
錫谷 上掲書 P230)

海外の法医学書にも下記のように同様の旨が明確に記されている。
As the death is instantaneous in run over cases, the vital reaction in the injuries will be minimum.(Nageshkumar G Rao. Chapter 10 Transportation injuries. P210, Textbook of Forensic Medicine and Toxicology, Jaypee Brothers Medica Publishers, New Delhi, India)

When the person is walking on the railroad, or defecating on the railway track, which is a common prractice in India, primary injuries are caused by contact with parts of the front engine. Secondary injuries are due to being thrown and run over. The injuries show very little vital reaction. (Anil Aggrawal. Chapter 18 Railway Accidents, Essentials of Forensic Medicine and Toxicology. Avichal Publishing Company, Delhi, India)

一方で,地道な仕事ではあるが,精神科医である下田光三(九州大学名誉教授,事件当時米子大学学長)によるうつ病の指摘も重要である.下田は,1949年7月6日の下山総裁変死の記事を見た時に自殺を直感し,医師国家試験委員会出席のために上京した7月12日に,なんと警視庁の捜査本部に立ち寄って,金原係長に面会し,関係資料の呈示まで受けて,後日,初老期うつ病との意見書を提出している.その時の下田のコメントには,医学者・科学者としての面目躍如たるものが感じられる.

「私はこの事件が,結局複雑怪奇な経緯を持つ他殺ということになるか,あるいは市井にありふれた,いわゆる『神経衰弱による自殺』と決定して,泰山鳴動ネズミ一匹に終わるかについては,何もいう資格を持たぬが,ただ乞い願うところは,担当各位が事の判定に当たって,今日までの行きがかりや,面子にとらわれることなく,髪の如き冷徹清浄な態度に終始されんことである」(佐藤 一 上掲書 P602)

2.山下事件:法医学者の面子を保つために作られた冤罪ニアミス.真犯人は特発性拡張型心筋症
山下事件の詳細については,当時弁護団事務局長だった小島周一氏の講演(小島周一 私の出会った事件から 神奈川ロージャーナル 2012;05: 79-93)と江川紹子 
冤罪の構図―「やったのはおまえだ」(現代教養文庫)に詳しい.特発性拡張型心筋症,それも診断が確定し医師から余命数年とまで言われていた重症例で,ワーファリンが投与されていた横浜市に住む山下ナミエさんが1984年3月23日の朝5時に布団の中で死亡しているのを夫が見つけました.突然死だったので,行政解剖となりましたが、解剖した横浜市立大学医学部法医学の稲村啓二助手が,(頸部ではなく)鎖骨付近の筋肉内出血の所見を根拠に,扼首による他殺と断定し,「極めて珍しい扼痕のない扼殺死体」として学会発表(*)までしてしまった(!)ため,夫の章さんが殺人の容疑で逮捕されました.

それからは,身に覚えがないとする章さんを前にして,お前が犯人でないのなら中学生の息子が犯人なんだろうから,息子を逮捕してやると言われ,お決まりの自白調書が作成され、公判では法医学者が4人(検察側:横浜市立大学 稲村啓二,東京大学 石山昱夫。弁護側 千葉大学 木村 康、藤田保健衛生大学 内藤道興)も登場したました.石山昱夫大先生が「この扼痕が見えない奴は明き盲だ」とばかりに,「扼痕のない扼殺死体」を学会報告した稲村さんを罵倒してしまった,検察側の法医学者の同士討ちがあったので,弁護側が勝てたわけですが,あの時も亡くなった奥さんの主治医が「拡張型心筋症でいつ突然死してもおかしくなかった」と証言していて,しかもワーファリンまで飲んでいたのに,前頚部筋肉内の出血を扼殺の動かぬ証拠として,扼殺にしちゃたのは,稲村,石山両氏に共通した誤診です.

こうして4年近くかかってようやく無罪が確定したが,死因は「ワーファリンに対する薬剤アレルギー」という,これまたあり得ない「病名」のオチがついています.
特発性拡張型心筋症で余命数年と言われていた患者が亡くなったというのに,死因に心筋症のしの字も出てこないなんて馬鹿げた話がどこの世界にあるもんかって,思うけれど,実際にあった話なんですな,これが.

*「殆ど皮膚に異常を認めなかった扼殺二例」 第53回日本法医学会関東地方会(
1984年10月27日 聖マリアンナ医科大学) 日本法医学雑誌85年2月号掲載.

下山事件にせよ,山下事件にせよ,
臨床を全く顧みることなく,法医学者だけで、何年も何十年もかけて無駄な論争が行われた.それは決して昔話ではない.21世紀になってからでも,肺炎で亡くなったのに,法医学者により肺水腫を見逃したと鑑定書を作成され,あやうく業務上過失致死で刑務所送りにされそうになった事例もある.

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