MRSA保菌者の診療拒否

98/10/20受付
はじめまして。私は、MRSAに感染した父のことで相談したいことがあります.

父は83歳で、今年の8月2日に脳梗塞で倒れ、入院しました。当初は右半分のマヒと言語障害がありましたが、比較的軽かったため、今では病室で歩けるようにもなり、話す言葉も少しずつわかるようになってきました。ところが、その病院でMRSAに感染してしまい、現在2人部屋で隔離されています。隔離されてからはすでに1ヶ月半以上たっていますが、いっこうにMRSAのほうは取れないようで、検査をしても陰性になりません。

父の状態は至って健康で、最初は熱が出たり、下痢が続いたりしましたが、現在は食事も全部食べられるほど元気で、熱も平熱です。本人はとても積極的な人間で、早くよくなりたいから、リハビリ専門の病院へ移って、ふつうの生活に戻りたいといっています。

でも、いくつかのリハビリ専門病院へ問い合わせをしたところ、「MRSAの患者は受け入れられない」と断られてしまいました。今の病院ではろくにリハビリもできず、MRSAのほうもぜんぜん治らず、どうにもならない状態です。このままでは、ただだらだらと入院の日々を繰り返すだけです。なんとか、MASA患者でもリハビリ専門病院で受け入れてくれるところはないのでしょうか。病院同士のマナーというのがあるのでしたら、教えていただけませんでしょうか。お忙しいところ、よろしくお願いいたします。

回答
お手紙ありがとうございました.私のホームページの”癩病患者の悲劇再び”を御覧になってのお手紙でしょうか?あなたが直面しているのはかなり困難な仕事です.というのは感染症に対する世の中の偏見との戦いになるからです.大切なお父様のためにそれなりのお覚悟が必要です.相手が医者だからと行って臆していてはいけません.そしてそれなりの勉強も必要です.以下,どういう方針で行動すべきかを書きます.

まず,お父様ご自身,熱もなく,食事も全部食べられるて,早くよくなりたいという気持ちがあるのですから,現在いる病院をいったん退院することをお考えください.抗生物質を無節操に使っている病院にいる限り,MRSAの保菌状態が続く可能性があります.汚い病院にずっといるより自宅に戻った方がずっと早くMRSAから解放されるでしょう.MRSA保菌状態の患者さんが在宅しても何ら恐れることはありません.抗生物質を乱用しない,一般家庭という場所で普通に生活すればMRSAが陰性になる確率が高くなります.MRSA保菌状態が何かとてつもなくおそろしい病気だという間違った考えを家族自身が持っているとしたら,まずその考えを改めなくてはなりません

その一方でMRSA保菌者の診療を拒否しているリハビリ病院に対して行動を起こしていく必要があります.その際の論旨は次の通りです.

1.MRSA保菌者だからといって,診療を拒否するのは,感染症患者に対する不当な差別であるばかりでなく,正当な理由なくして診療を拒絶することを禁じた医師法に違反している.

1)たとえば活動性のB型肝炎患者が脳卒中を起こしたとしよう.医療機関はB型肝炎患者だからといって入院を拒否できるのだろうか.もちろんできない.MRSA感染症はブドウ球菌感染症であって,B型肝炎ウイルス同様,院内感染コントロールの方法もよく知られており,特別な消毒薬や機械が必要なわけではない.どれも一般病院で十分対応可能な方策である.だから診療拒否には何ら合理的根拠はない.

2)患者は病院でMRSAに感染した(医原性の感染症).医原性の感染症患者を医療機関が拒否するというのは何たる無責任な話だろうか.

3)ましてやMRSA保菌者であって,MRSAによって活動性の症状があるわけではない.保菌者と活動性のMRSA患者は感染のリスクが全く異なるのに混同している.

現場の職員に抗議しても,直接の責任者に対してはなかなか声が届きません.私が提案するのは,以上の主旨で,施設の運営に当たる直接の責任者,そして施設の監督にあたる官庁に直接抗議の手紙を書くことです.

つまり,あなた自身の言葉として(患者家族の切実な訴えという点が何よりも大切です),リハビリ病院の院長,地域の医師会長,保健所長宛に直接手紙を書くのです.

以上の行動を展開していくにあたって,あなた自身も勉強しなくてはなりません.適切なテキストがあります.本屋に注文すれば誰でも買えます

改訂院内感染対策テキスト.へるす出版(日本感染症学会編集,厚生省医薬安全局安全対策課編集協力)本体価格 3500円

そんな大げさな話や畑違いの勉強は嫌だということでしたらそれでも結構です.ただしその場合にはお父様のリハビリはあきらめてください.それだけMRSAに対する偏見が強く,相当な覚悟がなければリハビリ病院に入院させることができないのです.

”内部調査”ではお役所が変わらないのと同様に,医療従事者に任せていても医療は変わりません.サービスの利用者が行動してはじめて変わるのです.

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