越路を想う

(三島郡三島町(さんとうぐんみしままち)から,大変美味しい漬物をいただいた方へのお返事に書いたものです)

日本海の海岸線が延々と続く越路での海と山の対比は,真冬の信越本線の旅で,直に感じることができます.直江津から犀潟を通り,柏崎までは,雪は舞うばかりで,新潟という言葉から受ける白い世界はそこにはありません.朝鮮半島から一直線に吹いてくる北西の強風が,雪を山へ運んでいってしまうからです.柏崎を過ぎると,列車も雪の運搬先に向かいます.

頂いた御品の産地,三島郡三島町やそのちょいと先の長岡が,風にとっての終着駅です.ここらあたりで雪も降ります.雪が舞うだけの海辺とは別の世界です.今でも故郷の冬に嫌悪感を示す父親に,今は雪自体が少なくなったし,道路も車も整備されたからと,父でも知っているはずの三和村の現状を話す私も,車窓から冬の三島町を見ると,父の気持ちがつくづくわかるのです.

そこでは,閉塞された世界が形成されます.その世界の中で醸成されるのは,おいしい漬物と,酒と,それから情念です.その情念によって,女は雪女となり,男は河合継之助となり,長岡は奥羽列藩同盟に加わった.田中角栄は,そういう閉ざされた情念の怖さを知っていたからこそ,上越新幹線,関越自動車道を作った.白い夜の底からトンネルを抜けて,冬の陽光の下で情念を溶かす道を作った.柏崎に原発を作ったのは,その後です.

親父は越後版三里塚闘争を避ける術を知っていましたが,その因果が娘にどのように報いるのでしょうか.親父が頑張ったのが仇となり,地元選挙民は東京に篭絡され,肝腎の情念を失ってしまったように見るのですが.

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